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SHE IS MY NIKE

私はアメリカの私立校で教師をしている。
日本で教員をやったことはないのであまりはっきりと断言は出来ないが、時々
”日本ではやらないだろうな”
と思われる行動を取ることになることがある。
まぁ正しく言えばアメリカ国内でも ”やらないだろうな” と思われることが多い。

その筆頭が生徒と手を繋ぐ、ということで、以前もこんなことがあった。

昨日、我が校の弱小サッカー部の最後の試合を見に行った。
チームの半分は国外からの留学生で、9月に来たばかりの子もいるし、8年生で入学して来年卒業する子もいる。
私はホームゲームの時はなるべく試合を見に行くことにしているのだが、その大きな理由は留学生を応援するためだ。
現地の子供はお母さんやお父さんや、隣の家のおじさんまで応援に駆けつけるが、ロシアや中国やメキシコからの生徒たちには大人の応援はない。
なので彼らの母のような気持ちで名前が入った手作りのバナーやボードを持ち、私の姿が見えるように、声が聞こえるように応援をする。

昨日の試合はこの地区のチャンピオンを決めるもので、対戦相手の学校は前回の試合で6−1で負けた相手だ。
グラウンドでウォームアップをする生徒たちを見ていると、私の教室でおとなしくちょこんと座っているあの子やあの子と同じ人間とは思えないほどキビキビ動き、大きな声を出し合っている。

試合が始まると意外にも接戦で、夢中になって応援しているうちにもう後半戦の終わりになっていた。5時になりそうな時間の空気はちょっと冷たく、空もだんだん暗くなってきている。
結局は0−0のまま10分の延長になり、それでも決着がつかず、また10分の延長になった。
ここで点を入れないと、もう暗くて試合にならないだろう・・・そんな風に不安になって来た時に、転がって来たボールを巧みに操りながらゴール前に走り込み、横を向いたまま美しいシュートを放ったZ君のボールがキーパーの顔をかすめゴールに直撃した!

スローモーションで見たいくらい美しいシュートだった!

私も周りの観客もやんややんやの大騒ぎで、普段はあまり目立たないZ君の名前を皆んなで大合唱した。
いい気分で家路についた私は、夕飯を食べる前に”祝杯”と称してバーボンを三杯も飲んでしまった。
チームのみんなにもみくちゃにされ、彼の名前を知らなかった観客から名前を何度も叫ばれたZ君の照れた笑顔を思い浮かべながらちょっと涙も出た。

バーボンを飲み終わった頃、Z君からメッセージが届いた。

”先生、見に来てくれてありがとう!かっこいいところを見せられてよかった!先生が来てたからエクストラパワーで頑張ったんだ!先生がNIKE(ナイキ・ニケ、ギリシャ神話の勝利の女神)だよ!”

今朝、カフェテリアでの朝食時に私を見つけたZ君は駆け寄って来てこう告げた。

”先生、教室まで手を繋いで歩こうよ”

なぜ?と訊いたら、今日は大きな数学のテストが1時間目にあるらしい。

”先生はナイキだから、今日のテストにも勝ちたいからパワーを貰うために!”

Z君と教室まで向かう道すがら、いろんな生徒たちが声をかける。
昨日までZ君のことをよく知らない生徒も、もう彼の名前を知っていて、おめでとう、おめでとう、と手を叩く。
その度にZ君は私と繋いだ手を高く挙げて
”SHE IS MY NIKE!"(彼女が勝利の女神だ)とにっこりと笑い返す。

数学の教室に着くと両手で私の手を包んで ”ありがとう” と恭しく頭を下げ、皇女様にそうするように私の手の甲にキスをした。
周りの生徒も数学の教師もポカンとしてその様子を見るばかりで、誰も囃し立てたり笑ったり口笛を吹いたりしなかった。

教室を出ながら
”日本ではあり得ないだろうな” と笑い出したくなったと共に、
”他の先生ではあり得ないのだろうな” とちょっと奢るような気分でもあった。

シマフィー

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