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あのレモンケーキを思う海底

レモンケーキ、と聞いてあなたはどんなケーキを想像しただろうか。

夫の母親はイタリアからの移民で、イタリアの味を大切に継承しており、普段のお呼ばれにはパスタとメインのコースの後にはイタリアンなデザートが出る。
その中の一つがレモンチェッロケーキだ。レモンレモンしている。(*アメリカ東在住です)

料理上手な彼女が作るレモンケーキにはレモン汁がたくさん入っており、その上にかけられたちょっとザラザラしたクリームにもレモンチェッロというレモンのリキュールが入っており、追い討ちをかけるようにその上にレモンチェッロをさらに振りかけて食べる。
夫家族にとってのレモンケーキは、レモンの香りに包まれたアルコールたっぷりのロールケーキのようなものだ。

昭和の子供な私にとってのレモンケーキはもちろんあれだ。
あなたも昭和な子供が大きくなった人ならばわかるであろう、あのレモンケーキ。

お中元とか手土産とかでしか我が家では目にすることはなかった。自宅用に買うなんて人間は皆無だろうと思うほど、レモンケーキは普段バクバク食べるようなものでも、家でお母さんが作るものでもない。ましてやそこら辺のスーパーでシラっと売ってあるものでもない。

レモン色の薄い包紙に両端をキュッとキャンディーのようにねじり上げられ、箱にキッチリと並んで詰められていたあれだ。
ちょうどレモンの果実ほどの大きさで形もそのままレモンだ。

一つだけ祖母や叔母に手渡され、ゆっくりと紙を開くとレモンの香りがする。
正直にいうと香り自体はあまり覚えていないが、時代背景を思うと人工的なレモンの香りだったのではなかろうか。
実際に出てきたケーキに塗られていた硬いアイシングのような、レモン味のチョコレートのような、固いフォンダンのような”外側”は美しい黄色に染まり、艶々といかにも人工的だった。
現在のように原料やオーガニックや無着色なんかにこだわるようなものではなかっただろうと想像する。

だけれどもそのレモンケーキはバターとレモンの香りがたっぷりでふかふかな(ふわふわなど弱っちいものではない)カステラともスポンジケーキとも異なるしっかりとした生地で、上をガッチリと固めるレモン味の何かと一緒に一口かじると

自分はお嬢様になったのではないか

と錯覚するほどに、非日常な甘い幸せを感じるものであった。

☆🍋☆

そんなレモンケーキを海底に這いつくばって生き物を観察するたびに思い出す。

私たちがよく訪れるカリブ海の小さな島の海底で、私は”顔馴染み”の生き物を探すのが好きだ。
もちろん見たことがないような生き物に遭遇すると咥えたレギュレーター越しに声が聞こえるほどの大声で喜ぶが、ダイビング中にレアモノと出会うことは頻繁にはない。

顔馴染みの連中はいつものように生きるために食べ、生存競争に挑み、時には敗れ、時にはまるで遊んでいるかのような、そしてこちらに興味があるようなそぶりさえ見せる。

そんな顔馴染みの中のレモンな魚。レモン色でレモンな形のイサキ。

英名はFrench Grunt、学名は Haemulon flavolineatum、イサキの仲間

1匹でウロウロしていたり、時には仲間と群れていたり。

私の15年モノの貧素なデジカメでは鮮やかな色はわからないだろうが、あのレモンケーキのような人工的なレモン色を見るたびに甘いレモン味を思い出す。

レモンケーキたくさん

ダイビングを終える時間が迫ると、陸に上がったらレモンケーキが食べたいなぁ、と思いながらブクブクしている。

もちろんカリブの島には私をお嬢様にしてくれるレモンケーキはないので、現地のお菓子 フェスティバルのレモン味 をおやつにする。

来るたびにいろんな種類を買ってます笑 これがないとここに来た気がしない

ご覧の通り、この辺りのレモンは緑色だ。面白いことにメキシコではレモンは緑、ライムは黄色、なのだそう。(アメリカでは逆)

海は青く、潮風に混じる人工的なレモンの匂いと味に、あのレモンケーキと幼少を過ごした土地の海辺と、じいちゃんやばあちゃんやひろむくんやゆりこ姉ちゃんや、ゆったりとした時間や、いやしんごろだった自分なんかを想っている。

あなたもレモンケーキが食べたくなったじゃろう?

シマフィー


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