「Love Never Dies」を観てみました。

 オペラ座の怪人に、続編があるそうな。
「Love Never Dies」(以下「LND」)。
 愛は死なない。
「死んだと思っていたファントムは生きていた!」みたいなとこからついたタイトルなんでしょう。
 オペラ座の元々の演出では、ラストは「ファントムこの後、死ぬんじゃね?」という描かれ方だったということでしょうか。

「LND」は、まずロンドンで公演がスタートしてるんですが、これがまあ評判が悪かったらしい。
 何じゃありゃとオペラ座ファンを激怒させてしまい、わりとあっという間に上演終了。
 で、メルボルンで、歌詞や、演出や、細かい設定を変えて上演したところ、これがまあまあ評判がよかったそうで、現在ディスクに収められて販売されているのもこのバージョンのようです。

 というわけで、観てみました。
 いきなりディスクを買うのはおっかなかったので、レンタルで。

 結論から言うと、思ったよりは酷くなかったけれど、一度観れば充分。 
 ディスクを買うほどではなかったなという感じです。レンタルで正解。
 以後いろいろ感想を記します。
 ネタバレはそこまで多くはないと思います。


■俳優について

 オリジナル・オーストラリアキャストのファントムは、ベン・ルイス。

 この人、普通に見たら、かなりの美形です。
 彫りの深い目元がとても魅力的で、ファントム役が舞い込むのも納得の雰囲気を醸し出している人です。
 なのに、仮面をつけたら、どういうわけか、頬骨と顎ばかり気になるんですよね…。何故だ。仮面の作り方が悪いの?

 歌は、とても上手いです。
 いろんな人がファントムを演じてきたんだと思いますけど、この人のファントムは、かなりクオリティが高いと思います。
 歴代のファントムの中でも、かなりの上位に食い込む仕上がりです。
 ただ、非常にエモーショナルに歌い上げるラミンに比べると、歌い方に少し抑制が効いてる感じ。声を張ってるときでもそう感じてしまうので、これはもう好みの問題なのかもしれません。

 というわけで、欠点があるとすればそれは、「ラミンじゃない」ってことかな。あと、顎。
 無茶言うなと自分でも思います。無い物ねだりなのも解ってます。
 どうせこの世には、ラミンファントム以上のファントムなんて、居ないんだしさ。

 でも、ベン・ルイスも含めて、この作品の俳優さんたちは、皆さんとても良かったと思います。
 クリスは可憐だったし、ラウルも、良くも悪くもラウルらしさがあり、メグは健気で、マダムもファントムへの入れ込みっぷりがヤバい。
 メグは、デイジー・メイウッドより、今作のシャロン・ミラーチップのほうが私は好きですね。

 まあ、役者が良くても、それだけで良い作品になるとは限らない。
 ということで、中身に少々触れます。


■ストーリーについて

 物語の舞台は、オペラ座の地下での別れから十年後のアメリカです。
 ここにファントムがどうやら逃げ延びて、経済的にはやっぱりそこそこ成功してます。実に逆境に強い男です。
 そこに、少々没落気味の子爵家の夫人であるクリスティーンが、歌のオファーを受け、家族で渡米してきます。
 もう一度クリスに自分の音楽を歌わせたいファントム。
 ファントムと関わりを持って欲しくないラウル。
 やっぱり悩み多きクリスティーン。
 ジリー母娘も絡んで、さあどうなる。
 と、これが、あらすじです。

 私は、「オペラ座の怪人」を、25周年記念公演版で観てます。
 で、この公演の演出は、今までの「オペラ座の怪人」とは、随分演出が違っているらしい。それでも非常に高いクオリティなのですが、今思えばその演出の多くは、この「LND」に繋げやすくするためのものだったのかもしれないですね。

 25周年記念の「オペラ座の怪人」では、ファントムはクリスのためなら何でもする男だったし、そのためにクリスのことをずっと見続けようとしてたし、ファントムとクリスは、別れる瞬間に愛を確かめ合っていたし、ラウルが自信に溢れていたのは敗北を知らないからだったし、ファントムの音楽の源泉はクリスへの思いだったし、クリスティーンも、ただあっちふらふらこっちふらふらしてたわけではなく、その揺れ動き方には説得力がありました。

 私は、これらを観た後だったので、「LND」のストーリーには、そこまで大きな違和感を抱かずに済みました。
 殆どの設定に関しては「ああ、そうだろうねぇ」という感じです。
 だから、私にとっては、物語の方向性が問題なんじゃないんですよ。
 それを表現するための、音楽が問題なんです。


■劇中歌について

 結局、「LND」が酷評を喰らう羽目になった諸悪の根源は、「Beneath a Moonless Sky」という曲にあるような気がしてます。
 これ、ファントムとクリスのデュエット曲なんですけど。

 歌詞が、生々しすぎるんです。
 身も蓋もない言い方をすると、「ベッドの中の実況中継」みたいな歌詞になってしまってる。
 一線越えるなとは言いませんが、それを、いきなりあんなあけすけに言わなくてもいいじゃないですか。

「オペラ座の怪人」の歌の歌詞は、イギリス人の作詞家が書いていますが、「LND」の歌の歌詞は、アメリカ人の作詞家が書いています。
 どうしてアメリカ人は、恋愛や体の関係の表現が、ああも開けっぴろげなんでしょうか。
 情緒ってもんがないんですよ。
 もう少し婉曲表現の美しさを知って欲しい。

 歌詞だけじゃないです。
 それを歌うためのメロディが、はっきり言って、良くない。
 何あのメロドラマBGM。
 ロイドウェバーは、サラ・ブライトマンがいないとポンコツなの?

 メグ・ジリーの歌う曲のメロディがいまいちなのは、まだいいんです。
 オペラ座から十年後のアメリカ人が好むような明るい猥雑な魅力の曲にする必要があったのに加えて、「メグ・ジリーに対する思いを音楽にしたんなら、こんなもんだろ」と思えるので、設定上そこは構わないんです。
 だけど、この一曲だけは、それこそ、聴いた人を切なさに泣かせて、魂を鎖で締め上げて鷲掴みにするくらいの名曲であってほしかった。
 クリスとの愛の思い出を歌い上げる曲なんだから。

 あの曲だけは、歌詞の手直し程度じゃなくて、一曲まるごと別の曲に差し替えたほうがいいとすら思います。
 逆に言うと、あのシーンのあの曲が非の打ち所のない名曲だったら、それだけでこの作品の評価は、かなり違ったものになったかもしれないという気すら、してるんですよね。


■結論

 その他、ストーリーとか、ラストシーンの描き方とか、細かい演出にも、幾つか言いたいことはあるんですが、ネタバレに抵触するので割愛。
 というわけで、全体のざっくりした感想は、
「ファントムが可哀相過ぎて、どうにかしてやりたかった気持ちは解るし、その方向性も理解できなくはないが、もう少し美しい曲を使って、美しい描き方をしてほしい」
 です。

 この作品に関しては、考察はしません。
 全部ストレートに描いてあるんだもん。
 後々、解釈違いを生じさせたくなかったのかもしれませんけど、あれじゃあまりに奥行きが足りません。

 この作品を見るなら、事前に「オペラ座の怪人」の「25周年記念公演版」を視聴しておいた方がいいです。
 ロイドウェバーは、「この作品単体でも成立するように作った」と言っていますが、観ておいた方がいいと思います。
 ただし、それ以前のオペラ座の演出では、両者の間の齟齬が大きすぎて拒否反応に繋がる可能性があるので、あくまでも、25周年記念公演版か、あの演出プランを忠実に採用している舞台の事前の視聴をおすすめします。
 そして、やっぱりファントムはラミンが至高。

■余談

「やっぱりファントムはラミン」と思った勢いで、ネットに転がっていた、ロンドンキャストのLNDを、メルボルン版視聴の数日後に、観てみました。
 歌詞の変更前部分は、色々調べる必要もあって、ちょっと大変でした。

 で、内容はというと。
 ラミンのファントムとシエラのクリスティーンでも、ダメ感が漂う仕上がりだった…。
 いやむしろ、この二人だったからこそ、余計にそれ以外の粗が悪目立ちしたんでしょうか。
 あれは、ストーリーの是非を棚上げして考えても、酷評致し方なし。
「オペラ座の怪人」の素晴らしさを再確認することができるという意味では、一見の価値があるかもしれません。

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