第17話 高木監督

火曜日


新入生を含めた全体練習一日目


その少し前…


教員室の横の接客室
そこに遠藤と田代はいた。


「監督さん、遅いな」
「まぁ、もうすぐ来るだろ」
「ところで田代、監督さんに何を言うんだ?」
「前に少し話した一年生の通常全体練習参加から(場合によっては)試合に参加できるようにお願いするんだよ」
「あぁ!俺らの後輩の……ま、ま、牧だったか?アイツのことか?確かにアイツなら試合に出ても問題ないレベルだろうな!」
「そう、それを直談判するんだ」
「ふむ…なるほど!」
「夏の大会はもちろん、まもなくはじまる春季大会でのベンチ入りも、な」
「なるほど。うちとしては前代未聞だな!」
「そういうことだ」


ガラガラガラっ


「おう、待たせたな」


鶴崎野球部 監督 高木 59歳
現役時代のメインポジションはサード
しかし内野なら全般守ることができる
右投げ左打ち
大学卒業後は野球をプレーすることを断念して教員の道を選ぶ
高校の教員になってすぐに野球部のコーチに就任
5年後に当時監督だった大矢の後を継ぎ監督に就任
以降32年間、鶴崎高校野球部に監督として携わっている。
近年では成績不振を理由にOBなどから退任を迫られることもあるのだが、就任1年目でチームを甲子園に導いた実績もあり、今も尚指揮をとっている。
指導方針は近年では殆どコーチと選手任せだが、自身が指導する際は根性論が強い。


「で、どうした?」


着席と同時に自分の元を訪ねた理由を聞く。
表情は練習や試合のときとは違って穏やかだ。


「新入部員のことで少し相談があります」
「ほう…」


田代が目に強い意志を宿していることを感じ取った高木は表情を一変させる。
田代は臆することなく話しを続ける。


「今年の新入部員は例年とモノが違います。チームのため、また本人達のためにもすぐにでも上級練(上級生と一緒に練習すること)に参加させるべきと思い、それを伝えにきました!」
「お前、俺の方針はもちろん知ってるな?」
「はい、3年が引退するまで1年生は別メニューです」
「そうだ。それには意味がある。俺の信念と言ってもいい」
「はい」
「……キャプテン(遠藤)、お前はどう思う?」
「自分も昨日の練習を目の前で見て数人ですが良い選手がいると思いました」


ここで田代が続く


「自分はアイツらを中心に甲子園を目指したいと思います!」


普段冷静な田代だが、高木に向かって熱く言い放つ。
高木は"ほぅ"と小さくつぶやく。
熱く語る田代の珍しさと隣りでうんうんと頷いてる遠藤(これはいつもの光景だが)
それらが高木の心を動かしたのは言うまでもない。


「……遠藤、田代。お前達の気持ちは充分伝わった。とにかく今日は今まで通り別メニューにする。そのとき俺の目で確認して判断する。もちろん三浦にも確認は取る…ってことでどうだ?」
「はい!!ありがとうございます!!」


田代は元気に応え、遠藤はうんうんと頷いている。


「そしたらさっさと練習行け。遅れるぞ。」
「「はい!失礼します!!」」


二人は高木を残して、足早に部室へ向かう


「アイツらがそこまで気にする新入生か…そしてこのタイミングで、か………ふむ、面白そうではあるな。」


接客室に残った高木は物思いに耽(ふけ)るような視線のまま、しばらく考え込む。
高木はこれまで就任1年目を除き、世代が変わるまで1年生を起用することはなかった。
実力が同じなら学年が低い方を積極的に起用するのが当たり前の高校野球にあって、この頑ななまでの偏った選手起用はOB会、父母会ら後援会の面々も煮湯を飲まされてきた。


「三浦、ちょっといいか」
「はい!」


➖➖グランド➖➖


部室前


遠藤と田代を中心に半円になって集合
全学年が揃うのは今日がはじめてのための措置だ。


「今日から全員が揃って練習することになる。うちは基本的に一年と上級生で分かれて練習することになっている。一年練(一年生練習)には二年から指導員を2人付ける。堤、石井、任せたぞ!」

「「はい」」

「とはいってもウォーミングアップからトスまでは同じメニューだからまったくお前らのこと見てないわけじゃないから、まぁサボるなら上手くやることな。」


田代はそう笑いながら話すが、殆どの部員は『サボれねぇーだろ』と心の中でツッコミを入れた。
田代の目の奥は笑っておらず、上級生はこれまでの経験から理解しているし、察知できた一部の一年生は身が引き締まるように背筋を伸ばした。


「よしっ!ウォーミングアップだ!!」

「「「「「おーーー!!!」」」」」


一斉に声を上げ、全員外野に走り出す。
克己にとって本当の意味での高校野球がはじまった。

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