第12話

「ようこそ我が野球部へ!」


部室の前に半円を描くように並ぶ新入生たちのど真ん中に向かい合う形で、一際体格の良い男が発した。


「俺は鶴崎野球部キャプテンの遠藤だ!」


新入部員たちは思わず苦虫をつぶしたような表情を浮かべる。
キャプテンの声の大きさと距離感があっていないのだ。


「以後よろしく!!」


新入部員は耳を覆いたくなる気持ちを抑えるのに精一杯だ。


「なんだ?返事をしないとか、元気がないのか?今日はグランドで軽く汗流す予定だったけど、声出しからさせるかぁ??」


そういうやいなや
新入部員は示し合わせたかのように揃って『よろしくお願いします!』と、あいさつを返す。
これに遠藤は納得の表情を浮かべる。


「よーしっ!じゃあグランドまで走っていけーー!!ダッシュだーー!!」


総勢20名の新入部員
『はい!』と返事をしてグランドに向かって走り出す。
一塁側ベンチ前集合なぁ、と後ろから響いてくる声に耳を傾けながら走る。
走りながら克己は
"そういえばこの間練習を見学したときは見かけなかったな"と思いながら、集団の中団のやや後ろを走る。
入部までの間に"ある程度"のトレーニングを行ってきたのでこれくらい何の問題もない克己だが、後ろの方から息が切れる呼吸音が耳に入ってきた。
ちらっと目で確認すると克己より後ろを走る4人はとても苦しそうに走ってる。
"大丈夫かな?"と思いながら前を向き直すと克己の直前を走る数名も少し辛そうにしてる。
ようするに辛そうにしてる連中が克己を挟むようにして走っているということだ。
距離にして100〜150メートル
そのうち30メートルほどの急勾配になっている坂道を走ることになるが『たったこれくらい』で辛そうにしてる連中がいることに少々驚いていた。

部室前に到着

先頭集団の5〜6名は何ら問題なさそうにしている。もちろん克己も問題ない。
それ以外の10数名は疲労度は違えど息を切らしている。
そんな彼らの後ろ姿を少し心配そうに見つめる克己。
そういえば、とキャプテンの姿を確認しようと後ろを振り返るとキャプテンはゆっくり歩いてこちらに向かっている。
少し足を引き摺ってるように見える…


「あいつちょっと足やっちまってんだよ」


部室側から声が聞こえ、一斉に振り返る。
そこには練習着を着た先輩らしき人が部室の扉を開けた状態で立っていた 


「あっ、俺は副キャプテンの田代な」

……

「ち、ちわーーーっす!」


突然の出来事に一瞬沈黙してしまった一同だが、すぐさまあいさつをした。
先程キャプテンの遠藤に言われたことを思い返したからだ。
一同背筋がピーンと伸びる。


「そんなにかしこまらなくていいよ、うちの野球部はそこまで(上下関係など)厳しいわけじゃないから。アイツが例外なだけだから。」


と、手指の代わりにアゴを動かして"アイツ"を指す
その先にはこちらへ向かって悠然と歩いているキャプテンの姿があった。


「ちょっとばかし脳筋なのがたまにキズだけどそれがアイツの良いとこでもあるし、何よりうちの野球部(の空気感)には必要だから」


そう苦笑いしながら話す田代
過去には甲子園出場経験はあるものの、ここ数年は一回戦を突破できずにいる…
それでも過去に甲子園に出場した経験から世間は《古豪》と称する。
これまでの鶴崎野球部OBのほとんどは周囲のプレッシャーから押し潰されたり、投げ出してしまうこともあり、まとまりに欠け、それによって負けてしまうことも多かった。

…負け癖

一言で表すとそういうことだが、その一言が一度纏わり付くとなかなか取り除けない。
これは本来なら個人個人でどうにかなる問題ではない!だから払拭するのは困難を極める…
しかしそれに立ち向かう…否、仁王立ちしたのがキャプテンの遠藤だった。
猪突猛進で多少空気が読めないところもあるが、様々なことに臆さずに自分の意思で行動する。
それにより監督・コーチと衝突することもあるがゆえに試合に出場できなかったことも多々あったが、自分達の世代が最上級生になったときに遠藤のキャプテン就任を拒むモノは誰一人としていなかった。
だからといってすぐに勝ち続けることができるほど甘い世界じゃないのが高校野球。
しかも強豪ひしめく神奈川県。
シードを獲得すれば別だが、シードを獲得できないと初戦から強豪校と対戦する可能性もある。


「今回久し振りに春大本戦(春の県大)に出れるのにアイツ怪我して試合に間に合うか微妙でさぁ。かといって放っておくと隠れて何しでかすかわからないから…だから本来なら2年生がお前らに付いていろいろやってもらうんだけど、今回は特別にアイツってことだ。」


一年生の面倒をみる、というより
一年生がキャプテンを見張っておく、という方が正しいんだろうとその場で察した全員。


「まぁ、、、よろしく頼むわ!」


そう言うと田代はその場から離れる。
離れ際に遠藤と軽く対話をしていた。
"まとめ役"としてだけなら遠藤より田代の方が向いている。
しかし田代にはない空気感を遠藤は持っている。その場の空気を一掃できるくらいのモノを…
いくら負け癖が付いてるとはいえ、ただ指を咥えているわけではない!と言わんばかりの雰囲気を携えて遠藤は言う


「よしっ、はじめるぞっ!!」

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