第18話 一年生の力

高木と三浦が並んで練習を見ている。
普段は三浦がグランドに入り、選手から近い位置にいて必要に応じて指示を出す。なので二人が並んでることはとても珍しく、ウォーミングアップをしてる上級生の面々が驚いている。田代はニヤつきたくなる心境を抑えつつも『よしよしっ』と思っている。


「三浦、お前昨日見てどう思った?」
「はい、田代がそう言いたくなる気持ちがわかるくらいの選手が数名います」
「森、牧、知野…だったか?」
「はい、そいつらは間違いなくやれると思います」
「ん?『そいつらは』とはどういうことだ?田代から聞いたのは3人だぞ?」
「はい、自分もその3人に呆気にとられて気付いたのが練習の最後も最後だったので確信は持てませんが…一人…」
「ほう、どいつだ?」
「森の隣にいる…」
「……存在感ねぇな……」
「はい…森とキャッチボールしてたのですが、森に気を取られていたのもありましたが存在感は全然感じませんでした……でもキャッチングは本当に素晴らしいモノ持ってると思います」
「ポジションはわかるか?」
「いえ、そこまでは…」
「キャッチャー出身のお前が言うくらいだから結構なレベルなんだろうけど、まぁ何にせよ動きを見てからだな」
「はい、今日は見逃さないようにします」


無言になり選手の動きを注視する高木と三浦
選手たちはウォーミングアップからキャッチボールに移行しようとしている。


高木:確かにあの3人はグランドでの佇まいからして違うな。田代や三浦が言いたくなるのもよくわかる。あともう一人…桑原か。存在感はないけど、悪くない動きだな…

三浦:桑原…よくよく見ても動きそのものは秀でてるモノはあまり感じないが、あの3人とは少し違う感じがする…


キャッチボールがはじまると高木の目の色が変わる。昨日の三浦や田代と同じ反応だ。
その反応を見た三浦は表情には出さないが心の中ではニヤついている。
その反応はグランドに居る遠藤・田代を除く上級生全員同じだ。

たかがキャッチボール
されどキャッチボール

キャッチボール一つでこれだけ魅せられる高校生は日本にどれだけいるのか?
そんなハイレベルな選手が3人もいるが、そんなこと本人たちは知る由もなく淡々と練習を続ける。
それもそのはずで
克己と牧は昨日同様、まずはボールに慣れるように投げ合っている。
森は自身の身体の使い方と向き合いながら、ときに暴投気味のボールを放っては何度も確認をしている。
そんな森の相手をしているのが桑原だ。
森の投げる荒れ球を難なくキャッチして正確に相手の胸周辺に投げ返しているのを三浦は凝視していた。


「うまっ…」


思わず声が漏れ出てしまった。
何気なく捕っているように見えるが、それも桑原のハンドリングの良さによるモノだ。
特筆すべき点は森のまとまりはないが威力は抜群のボールの勢いに対して負けることなく(グローブが流されることなく)しっかりキャッチすることができている。
ショートバウンドの捕球は足が使えずハンドリング頼りになっているためそこは改善点だが、キャッチーとしての可能性を存分に秘めているのだが……なぜキャッチーミットではなく外野手用のグローブを使っているのか?
『これは後で確認しよう。できるなら……』と心に決めた三浦はグランドに行く前に高木に確認する。


「どうですか?アイツら?」
「ん?まぁこんなとこ(初戦負け常連の公立高校)にいる連中じゃないのは良くわかった」
「ですよね!」
「お前の言ってた桑原…だっけか?アイツも良さそうじゃねぇか」
「はい!」
「キャッチーやる気があるか聞いといてくれ」
「はい!」


そう言うと高木は沈黙した。
大卒から鶴崎高校に赴任してすぐ高木の下に就いて8年経つが、はじめて見る表情だ。
三浦は何かを察して、声を発することなく高木に向かって一礼をしてその場を後にしてグランドへ向かった。


➖➖グランド➖➖


一年生は昨日の練習でスゴいことはわかっているので驚く様子はないが、初めて見た上級生は自身の目を疑いたくなるほどの衝撃だ。

おい、何だアレ?
アイツら何者なんだ?
うちっていつから特待できた?
えっ、オレらってアイツらの面倒見るの?
どう(対応)したらいいんだ?

そわそわする上級生の面々…
その状況に遠藤は少し憤っているが、田代はほくそ笑んでいる。


「よしっ、バッティング練習だ!」


田代が声を上げてチームを引っ張る。
本来なら遠藤の役目だが、怪我により見学しているということと田代から『今日は俺に任せてチーム全体を見てくれ』と言われたことにより今日は最初の円陣以外は声を発していない。


「こうやって見てると、いろいろ見え方が違うモンだな…」
「そうだろ?」


遠藤がポロッと溢した言葉に返答したのは三浦だった。
突然のことに驚いて振り返る遠藤の表情に少し笑いながら三浦は続ける。


「グランドの中から見ることも大事だけどな、でもそれだけだと偏った見方になっちまうんだ。だから両方の目線で見ることが大事なんだ」


頷く遠藤
その視線の先にいるのは…

「集合!」


三浦がみんなを集める。


「これから2ヶ所(バッティング練習)をするが、今日はまず一年生に打ってもらう。春大(春季大会)が今週日曜日だから上級生は各ポジションについて試合のつもりで守るように」
「「「はい」」」
「一年生は好きなように打つこと、わかったな?!」
「「「はい」」」


其々自分のポジションに散らばり、バッティング練習がはじまる。


ッキン…
カキン!
ゴン…


なかなか快音連発とはいかない様子
大半の一年生が中学まで軟式球で高校から硬式球に変わったためまだ硬式球に慣れておらず、バットの芯を外すと今まで感じたことのない痛みに苦悶の表情を浮かべる。
シニア(中学生で硬式球を扱う野球リーグ)上がりの選手が4名(うち1人は森直人)いるが、そのうち2名はバッティングがあまり得意ではないようで良い当たりは少ない。


「さぁて、俺の番だ!」


牧が威勢良くバットを素振りをしている。
"お願いします"と言いながら帽子を取って一礼してバッティングゲージの中へ入る。
その初球…


カキーーーン!!!


痛烈な当たりが一二塁間を抜けていく。
これまで強い打球が多くなかった守備陣は度肝を抜かれる。


カキーーーン!!!


続いて右中間を真っ二つに破る当たり。
まぐれ当たりでないことを証明してみせるパフォーマンスを見せる。
"少しはアピールできてんだろ"と思いながら安打性の当たりを連発している最中、隣りのバッティングゲージがふと目に留まった。


カキーーーン!!


牧に負けじと快音を鳴らすのは森
バッティングは得意ではないと自称しているのだがそれでも持ってるポテンシャルは素晴らしく、牧同様快音を連発する。


カキーーーン!!


センターへの痛烈なライナーを放つ
その打球スピードに守備陣はついていけない。

なんなんだコイツら
バッティングも良いのかよ
えっ、オレらってアイツらの面倒本当に見るの?
どう(対応)したらいいんだマジで?!

戸惑いを隠せない上級生たち
ほくそ笑む田代
ブスっとした表情の遠藤


「「ありがとうございました!」」


牧と森のバッティング練習が終わる。
次の組は桑原と克己だ。


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