第13話

「まずはウォーミングアップからだ!」


キャプテン遠藤の声が響きわたる。


「だが、今日は本来ならオフ日だ。大会中だから特例として自主練日としている。だから俺と田代以外誰が来るかわからん!そして俺は怪我でいろいろ止められてる!」


この感じだと止めても止まらなそうではあるなぁと内心思う克己


「さっきも言ったが、練習自体は軽く流す程度にする!」
「「「はい」」」
「そこでだ!本来なら全員で一緒に行うウォーミングアップを行うのだが、今回は各自で好きにやってみろ!外野ならどこ使ってもいい。時間は今から20分。時間が経ったらココに集合すること、いいな?!」
「「「はい」」」
「よしっ!行ってこい!」


遠藤の言葉に押されるように、否、押し出させるように一斉に外野グランドへ向かう。 

おい、どうする?
何すりゃいいんだ?
とりあえずジョグか? 

キャプテンの指示にほとんどの選手が戸惑いザワつく…
彼らのほとんどは今までグランドに出ればメニューが決められて、そのメニュー以外のことをしたりメニューをこなすことができなければ怒られた。
怒られないためにもメニューを要望通りにこなすことや決められたこと以外をしないようになり、その繰り返しがいつしか『それだけやっていれば良い』と思うようになっていき、それ以上でもそれ以下でもなくなってしまっていたのだ。
なので今回のキャプテンの指示に戸惑ってしまっていたのだった。


「なぁお前、上潮田中(かみしおたちゅう)の知野だろ?」


ジョグをしていた克己の横を並走しながら陽気に声をかけてきた。


「俺は鶴崎中(つるさきちゅう)の牧ってんだ!お前んとこの野球部とは一度対戦したことあるけど覚えてるか?」


克己は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら思い出そうとするが思い出せない。
克己は人の名前を覚えることが大の苦手であった。


「ごめん、わからない。」
「マジか??」
「うん。」
「地区大会決勝であたった!俺、そのときの先発(投手)で5番!」
「んー、あぁ、あの左…」
「そうだよ!あの試合お前だけヒット打たれたんだよ!しかも3本!そのうち1本が決勝点!!」
「うん、思い出した。」
「かぁーっ、噂通りだなぁお前!」
「ん?噂??」
「野球センス抜群のクセにどこか抜けてるヤツ!」
「へぇー。」
「お前のことだぞ?」
「いや、それ俺じゃないよ。野球センス抜群とか、人違い。」
「えっ??」
「えっ??」


このタイミングでジョグを終わらせる克己。
そのままストレッチをする。
牧は不思議そうな顔をして茫然(ぼうぜん)とする。
クセがあることは聞いていたが、自分に苦汁を舐なめさせた相手がこれ程までにクセのある相手とは想像を超えていた。
これまでのやり取りだけでは疑問が残ったままで後味が悪い、と思った牧は自然と克己のストレッチに付き合う形で話の続きをすることとなった。


「俺さぁこれでも南海大附属(なんかいだいふぞく)と潮田学園(うしおだがくえん)、それと県外からもちょいちょい(野球)推薦や特待(とくたい)でオファーあったんだよ!」
「へぇー、スゴいね。」
「それ全部断ってココ(鶴崎高校)に来たんだよ!」
「どうして?」


「お前だよ」


ストレッチをしている克己の後方から声がした。
声の方を振り返ると180度の開脚しながらべったり上半身を地面に付けたまま話かけてきていた。


「俺は横浜一場シニアだから軟式とは関係ないんだけどな、友達が県大会出場したから観に行ったんだ。その日の第1試合に友達の試合で、第2試合がお前の試合だったんだよ。
そいつ(牧)の噂は聞いてたんだけど、まさか地区大会で負けるとは思ってなかったし、友達のチームと次当たるチーム同士の試合は見といて損はないだろうと思って見てたんだよ。」


そうだったのか、と驚く牧。
一方克己は『ふーん。』と思いながら関心の殆どは自身のストレッチに向けられていた。


「その試合と次の友達との試合でコイツ(克己)見て…って、お前、全然興味ないだろ?」
「聞いてはいるよ。」


『興味ないことを否定しないのな…』と思う牧と森。
話がひと段落したことを確認した克己は「じゃ」と一言言って走り去っていった。
置き去りの牧と森は互いに顔を見合わせて笑い合うしかなかった。


「お前、アイツどう思うよ?」
「ふざけたヤローだけど、それ以上におもしれー!」
「森、お前のメインポジションって確か…」
「あぁ、ショートだ。そういうお前は確か」
「おう、ピッチャーだ!二人共被ってんのな!!」
「まぁ俺はコンバートしても良いと考えてる」
「なんだよ!お前もかよ!」


牧は笑いながら森の肩に手を回す


「とはいえ、負ける気はねぇからな!アイツにも、お前にも!」
「当たり前だろ」


肩に回された手を払うようにどかしながら森は言う


「俺は甲子園しか見てねぇ。そのためにココに来た!」


語気ごきを強める森。


「当たり前ぇだ!」


二人は張り合うように走り出した。

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