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ラオス旅行記#2『温かいホテルのスタッフと僕らのおばあちゃん』

窓から差し込む朝日がまぶしい。ルアンパバーンで迎える初めての朝だ。ここに来るまでの疲労で頭がボーっとするが、気を引き締めて起き上がる。

朝食の時間は午前8時。僕たち4人は重い瞼をこすりながらホテルのテラスへと向かった。

僕らが宿泊したホテルはワンサワットホテル(Vangsavath Hotel)という。町の中心部から少しばかり距離があるが、旅行代理店の人が言うにはそこそこのグレードらしい。初めてホテルを訪れたときは、顔が面長な女将が優しい笑顔で僕たちを出迎えてくれた。彼女は発音がきれいなのでコミュニケーションをとりやすい。きっと彼女の穏やかな性格が英語の発音にも表れているのだろう。ほかのスタッフも全員が親切で、困ったら何でも聞けと言ってくれるから心強かった。

僕にとって特に印象深かったのは女将のお母さんである。女将のお母さんは白髪混じりの頭で、ホテル内をいつも裸足で歩いていた。僕と顔を合わせると、いつもanything else?(なんか質問あるんか?)と言って気遣ってくれたので、僕はそれに答えていつもノーと返していた。

優しく気遣ってくれる女将のお母さんのことを、僕たちはanything else ばあさんと呼んで慕っていた。(以下、面倒なのでA.Eばあさんと記述することにする。)A.Eばあさんとは朝食の時によく会話をした。彼女は持ち前の世話好きな性格から、僕らにラオ語の挨拶を教えてくれた。

サヴァーディー 「おはよう、こんにちは」
コーブチャイ 「ありがとう」

といったようにだ。中学校の英語の授業のように、僕たちはA.Eばあさんの後に続いてラオ語の挨拶を反復練習した。

A.Eばあさんから発音の許しをいただくと、今度は僕たちが日本語の挨拶を教える側になった。

僕たちは彼女に「おはようございます」を教えた。だが、この発音が意外と難しいようで、彼女は習得に苦労していた。たしかに僕もラオ語の「サヴァーディー」よりも、日本語の「おはようございます」の方が使う母音の種類が多くて複雑な発音だと思う。日本語って難しい。

A.Eばあさんは「おはよーごーざいまっ」となんとか日本語の挨拶を習得していた。日本語の挨拶を形だけでも習得できたのはすごいことなので、僕たちはこれ以上の手直しを加えない。本当は、「本日はお日柄もよく、、、」といった丁寧な表現を教えようと思ったのだけど。

それにしても、A.Eばあさんの学習意欲に僕はつくづく感心してしまった。頑張って習得した「おはよーごーざいまっ」のフレーズをなんとしても忘れないように、彼女はひたすら口で唱えていた。僕たちが教えてからはホテル内を歩き回ってずっと唱え続けている。その時ばかりは決まり文句のanything else? (まだまだ食い物あるで!食わんのか?)も口からは出てこなかった。

暗記の方法に単語カードや赤シートを使って覚える方法があるが、本来は口で唱える方法が暗記の本質に近いのかもしれない。遥か昔のまだ文字がない時代は、こうやって唱えるようにして言葉を覚えていたのだろう。僕も文字に書き留めることはやめて、口ずさみながら言葉を覚えよう。

次の日の朝、僕らは重い瞼をこすりながら朝食を食べにテラスへと向かう。A.Eばあさんはいつも通りanything else?と尋ねてくれる。僕はここで「おはようございます」と言ってみた。A.Eばあさんはハッとしたように目を丸くして頭を抱え、「忘れてもうた。」と小声で呟いた。そしてラオ語で挨拶を返してきたが、今度は僕もラオ語を思い出せない。

のどかな町にある小さなホテルで、今日もラオ語と日本語の授業が始まる。    


これからの可能性に賭けてくださいますと幸いです。