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どう生きる?

文章作成でも、動画制作でも、SNS発信でも、何かを発信したら称賛されることもあれば、批判されることもあるわけで。

でも、多くは称賛も批判もされず、注目されることもなく大勢の中に埋もれる。
もしくは、頭の中で考えるだけで発信することなく埋もれていく。

発信をして、うまく話題になったり多くの人の目にとまってたくさんの賛同を得たときの高揚感はすごい。
たくさんの人に「いいね」してもらえて、同感してもらて、賛同してもらえて、自分の発信が誰かの役に立てたんだって、うれしくなる。

それと同時に、多くの人から批判される。

そりゃそうだ。
100人が100人、カレーが好きなわけではない。
たこ焼きが好きなわけではない。

批判はいいと思うんよね。
意見なんで100人いれば100通りあるわけで。
「私は、そうではなくこう思います」というのはあって当然。

ただ、よりよいものにするための建設的な批判にしてほしい。

何も発せず、物陰から石を投げつけるような批判ではなくて。

代案のない批判は好きじゃない。
議論が前に進まないからね。

で、発信をすると批判されること…
悩ましいし、悲しくなったり、やりきれなくなったり、多くの称賛をかき消すほどの破壊力があることも。

それが「そっちの意見もよくわかる」ものであれば迷うし悩むし

それが「ただの攻撃的否定」であれば傷つき、悲しくなる。

もう発信することをやめようかなと思ったり、自分が間違えていたのかと否定しそうになったりする。

でも、たくさんの賛同を得て、たくさんの批判を受けたその発信は、それだけ多くの人の心を揺さぶったってことだ。

それはなかなかできることではない。

狙ってやってもできない。
狙おうとすら思わない人や、目立った発信に石を投げるだけの人の方が多いだろう。

その発信が正しかったのか正しくなかったのか、やり方はよかったのか悪かったのかなんてのは、また考えよう。

すし屋で共用の醤油をぺろぺろするような、裏金作って脱税するような、そんな発信ではないんだから。

・賛否両論を巻き起こす発信ができたこと
・物陰から石を投げつけるような人にならなかったこと
・称賛にうぬぼれて自己中心的な考えにならなかったこと
・批判に折れて腐らなかったこと
・悩み、考え続けてきたこと

どれも、ほんの一握りの人しか体験することができない、貴重な経験

人生において、簡単に消化できてしまうような想いなんて、たいしたレベルアップにつながらない。

その想いを、今後の人生に活かせなくてもいい。
感情を動かし、悩み、考え続けてきたことがもう貴重な経験。

その経験をもとに、君はどう生きる?

願わくば、胸を張って、次のステージに飛び立ってほしい

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