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この心地良さは何度も観たくなる。映画『街の上で』

『愛がなんだ』(2019年)、『アイネクライネナハトムジーク』(2019年)、『his』(2020年)、『あの頃』(2021年)などコンスタントに新作映画を撮り続けている今泉力哉監督の新作『街の上で』が、4月9日から公開されている。本来は2020年の5月に公開される予定だったが、新型コロナウイルス感染症の影響によって延期しており、ようやく公開を迎えることができた作品だ。下北沢を舞台に一人の青年の日常と女性達との出会いを描いた物語で、『愛がなんだ』にも出演していた若葉竜也が主演をつとめている。物語は若葉竜也演じる荒川青が、彼女に振られるところから始まる。

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これまでの今泉作品同様、登場人物達の会話が作品のキモなのだが、今作は会話が特に面白い。お互い誤解していたり、意味を履き違えたりと、どこかズレてる会話はまるでコントのよう。劇中何度もニヤニヤしたし、何度か声を挙げて笑う場面もあった。とりとめのない内容なのにずっと聞いていられるのも魅力の一つだ。例えるなら、カフェや居酒屋で隣の席の客の会話が聞いてしまっている時のような感覚。押し付けるのではなくかといって取っ付きにくい訳でもない適度な距離感も心地良い。他でも挙げられていたが、ホン・サンス監督作品に通じる雰囲気を感じた。(インタビューによると、アキ・カウリスマキ監督やジャームッシュ監督を意識したとのこと。確かに!)

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これまでの今泉監督の作品の中でも一際コミカルといえる本作。その理由として、共同脚本家である大橋裕之の存在が挙げられるだろう。大橋裕之は1コマ漫画からストーリ漫画など幅広い作品を手掛ける漫画家だ。オフビートな展開に可笑しさと切なさが同居したような作風が特徴的で、昨年公開し話題を読んだアニメ映画『音楽』や、現在公開中の『ゾッキ』の原作者でもある。漫画を読んだことなくても名前やイラストを目にしたことはある人も多いのではないだろうか。今最も注目されてる漫画家といっても過言ではないだろう。

こちらのインタビューによると、今泉監督が書いた脚本を大橋さんがチェックしていたとのこと。特に大橋さんの影響を感じたのが、後半の登場人物達が一堂に集結する場面のエピソード。この場面を今泉監督はカットしようと思っていたが、大橋さんが面白いからとカットを止めたということらしい。結果的にその場面は物語のハイライトともいえるくらい面白い場面になっている。(ちなみに今泉監督はその場面がコントっぽくなることを懸念してカットしようと考えたのだとか。確かにコントっぽい雰囲気ではあるが、役者陣の自然な演技と佇まいでコントという程コミカルに傾倒してない点も述べておきたい)

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本作の魅力を際立たせているキャストについても語りたい。まず主演の荒川青を演じた若葉竜也。今泉監督作品では『愛がなんだ』に続いての出演になるが、『愛がなんだ』に登場したナカハラのスピンオフかと思うくらいほんわかした受け身の青年を演じている。そして青が出会う女性達。青の元カノ雪を演じた穂志もえか、青が通う古本屋の店員、田辺を演じた古川琴音。ふとしたことから青と仲良くなるイハを演じた中田青渚、青に自分の映画の主演をお願いする萩原みのりなど、どの女性陣もキャラが立っていて個性豊か。どのキャストも映画に溶け込んだかのように作品にハマっている。個人的に青とイハの関係性が切なくて良い。古川琴音の不思議なキャラクターや『37セカンズ』(2020年)、『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)など話題作への出演が続いている萩原みのりにも注目だろう。

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そして本作は街映画である点にも注目したい。そもそも本作は、下北沢映画祭に関わりがあった今泉監督が、下北沢を舞台に何か映画を撮って欲しいと言われたのが製作のキッカケとのこと。再開発が進み、変わりゆく下北沢という街と対比して描かれるのは、変わらない人と人の在り方。劇中に登場する古着屋、古本屋、BAR、LIVEハウス、カフェ…どれをとっても昔から変わらない人と人との直接的な繋がりがある。古本を手に取る描写は、筆者もあの手触りの感覚を思い出し、久し振りに古本屋を訪れてみたくなった。デジタルではなくアナログ的だからこそ感じられる人の暖かみ。それが本作の雰囲気、引いては魅力にもなっているのだろう。そして、そこには変わってしまうモノに対しての一抹の寂しさも感じ取れるのだ。

映画『街の上で』は全国で公開中。拡大公開も決まったとのことで、気になる方は是非劇場でチェックすることをお薦めしたい。


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