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2006年、初めて世界とつながったあの日のこと。

「晩飯、焼きそばだったわ!じゃあね(・ω・)ノシ」

これは、2006年に初めてインターネットで友人とつながった日に送ったメッセージである。

取るに足らない、なんとも平凡なやり取り。けれども、17年以上経った今でも、この日のことは強烈な原体験としてハッキリと覚えている。

そんな、「インターネット老人」に片足を突っ込んでいる30歳の僕が体験した、インターネットとの出会いについて書いてみたいと思う。


この記事は インターネット老人会 Advent Calendar 2023 の19日目の記事です。


中二、はじめて手に入れたパソコン

はじめて自分のパソコンを手に入れたのは中二の頃だった。

当時はクラスの中でも、自分のパソコンを持っている生徒は数えるほどしかおらず、持っている方がレアなそんな存在だった。たまにパソコンを持っている友人の家に遊びに行っては、インターネットを使わせてもらって遊んだりしていた。

そうして過ごしていると、当然芽生えてくる気持ちがある。「自分のパソコンがほしい」。そこからは、とにかく家でパソコンが欲しいアピールをし、説得材料になればと、学校の定期テストも上位3%に入るくらいになるまで勉強をした。

家庭は裕福ではなかったものの、「パソコンがほしい」とずっとねだっていた自分を見るに見かねて、ついに、ある日父親がパソコンを買ってきた。けれど、手にしていたのは家電量販店の紙袋ではない。聞くと、新聞に記載されていた市役所のお下がりのノートパソコン(29,800円)を買ってきたのだという。

市役所のお下がりパソコンは、当時のパソコンとしてもスペックはお世辞にも使いやすいとは言えなかった。そもそも「ノートパソコン」と呼んでもいいのか怪しいくらいに筐体が分厚く、重い。起動も遅く、すべての動作がもっさりして、あらゆるマウスの動きが止まって見えた。

それでも、「自分専用のパソコンがある」という状態がたまらなく嬉しかった。

手に入れた数日後、早速インターネットを契約してもらった。LANケーブルを接続し、Internet Explorerで馴染みのある「Yahoo!」を立ち上げてみる。ゆとり世代なので、インターネット自体は、学校のパソコン教室でもちろん使ったことはある。けれど、自宅のパソコンから見るインターネットにはなんのアクセス制限もかかっておらず、もちろんペアレンタルコントロールもない。

学校で見るインターネットと、家で見るインターネットは全く別の顔をしていた。

後に、パソコンのスタートボタンを押して、ホーム画面が起動するまでに10分以上かかることに嫌気が差し、なんとか最新型のFMVに買い替えてもらうことになる。

こうして、僕のインターネットライフがはじまった。

「見る」だけじゃないインターネット

そこからの日々は、学校から帰宅すると、寝るまでとにかくインターネットにどっぷり浸かる日々。

……というわけでもなかった。

やっていたことといえば、契約していたプロバイダが運営するポータルサイトやYahoo関連のページ、その他ニュースサイトなどをなんとなく気が向いたときに見るという程度。

おおよそインターネットを手に入れたばかりの中学生とは思えない、極めて節度のある使い方をしていた。

当時はYouTubeもそんなに流行っていなかったし、ニコニコ動画もまだまだ黎明期と呼べる頃。アンダーグラウンドなサイトの存在も知る由もなく、田舎の中学生だった自分は、正直なところインターネットの楽しみをあまり見出せていなかった。

またもう一つ、パソコンを置いてあるのが家族全員が集まるリビングであり、自分がどんなサイトを閲覧しているかが常に筒抜けの状態というのも影響していたように思う。そんな状況では、当然いかがわしいサイトなど見る気も起きなかった。

⚫︎

そうしてしばらく経ったある日、なんとなく教室で会話をしているときに、同じクラスの一部の友人がなにやら家でインターネットで集まって遊んでいるらしいという情報を掴んだ。

「インターネットで?」
「あの、Yahooニュースとかが見れる、あの?」
「インターネットに集まる、ってどういうこと?」

聞いたときは、疑問しか浮かばなかった。
当時の僕にとっては、インターネットは「何かを見る」ものであり、友人と集ったり遊んだりできる場所、という認識が一切なかったからだ。

その友人に直接話を聞いてみると、すでにインターネットをバリバリ使いこなしているらしい。自分の「ブログ」というものを持っており、文章を書いたり、写真を投稿したりしているというではないか。「ブログ」?、なんだそれは。聞いたことないぞ!

結局、インターネットを使いこなしている友人は他にもいて、だいたい3人くらいいるようだった。みんなすでに共通の話題としてインターネットで遊んでおり、リテラシーは周りと比べても数歩先に進んでいるようだった。

一方、自分はまだまだ圧倒的インターネット初心者である。
リアルの友人とインターネット上でやり取りしたことはおろか、自らの意思でウェブ上になにかをアップロードするという経験ももちろんない。

だからこそ、未知なるインターネットの使い方にとてもワクワクした。
そして、「クラスの中の選ばれし数名だけが、夜な夜な時間を決めて集まり、何かをしている」、というその状況がたまらなく魅力的に思えた。

19時、集合は「あいあいパスワードチャット」

噂を聞いた数日後、もう居ても立っても居られなくなり、その集まりを主催している友人に声をかけ自分も参加させてもらうことになった。

聞くと、それは「あいあいパスワードチャット」というサイトで行われているとのこと。ここで人生で初めて、「チャット」というものを知ることになる。

デザインは変わったような気がするが、2023年現在も「あいあいパスワードチャット」は健在だった!

チャットのサイトにアクセスし、それぞれ自分の名前と、みんなで決めたパスワードを入力すれば、同じようにアクセスした人だけがいるチャットの部屋に入れるという。普段は3人でやっているとのことで、自分も含めて4人で部屋を立てようという話になった。

名前も、本名ではなくハンドルネームというものをつけるのが慣例であることもここで知った。本名以外で、なにか自分だとわかるあだ名みたいなものをつけるといいらしい。芸名をつけるようでなんとなくこそばゆい感じがしたが、それすらもワクワクした。

基本的な情報を教えてもらったあとは、実際に4人の共通のパスワードを決め、その日の19時にあいあいパスワードチャットで待ち合わせることになった。

昼休みに会話をしていたのだが、当然、それ以降はチャットのことが気がかりで授業や部活はまったく手につかない。どんなハンドルネームにしようか。というか、何を話そうか。上の空もいいところである。「夜、クラスの4人しかしらないチャットに集まる」、この事実に興奮しないわけがなかった。

部活が終わり、文字通り自宅に走って帰宅し、風呂も入らずに急いでリビングのPCを開く。18時50分。よし、間に合った……。

ブラウザの検索窓に「あいあいパスワードチャット」と入力し、検索結果に出てくるサイトにアクセスする。待ち合わせ時刻の19時ぴったりに、事前にみんなで決めたパスワードとハンドルネーム、メールアドレスを入力する。

恐る恐る「チャットに参加する」をクリックすると、「管理人> NBAさん、来てくれてありがとう。」の文字が表示された。

ハンドルネームについて、どんなものがよいか半日考えていたが、結局しっくりくるものは思い浮かばず、とりあえず当時好きだったバスケットボールの「NBA」と入力してみたのである。NBAはリーグだし、1人の人間が背負うにはあまりに大きい。

「ホントにこれで合ってるのか…?」と半信半疑になりながらしばらく待っていると、「管理人> XXXさん、来てくれてありがとう。」と同じようなログが出力され、別の友人が部屋に入ってきた。それはまた一人、二人と増え、ぞろぞろとみんなが集まってきた。そして、誰かがおもむろに会話をはじめる。

NBAってだれ?

たしか、そんな第一声だったように思う。たしかに、「NBA」はハンドルネームにしてはあまりに特定の個人には結びつきづらい。まずは、「NBA」を名乗っているのが自分であることを釈明するところから始まった。無事納得してもらい、ようやく4人全員のハンドルネームがリアルの存在と合致し、会話が始まる。

もう、この時点で「一体、なんなんだこれは!!!!」と思った。

これまで、インターネットで情報を閲覧したり、親どうしの携帯電話を借りてメールアドレスを交換し、友人同士でメールをしたりしたことはあった。

けれど、そうしたやり取りとはまったく違う。「別の場所にいる友人らと、いままさにパソコンを介して会話している」という、なんとも形容しがたい不思議な感覚。こんなことは味わったことがない。

あまりに新鮮で、とにかくめちゃくちゃ楽しかった。世界で初めて電話した人や、世界で初めてメールを送った人もこんな気分だったのかな、とふと思った。

やり取りする内容は普段の学校での会話と変わらない。今日の部活のこと。明日の体育の授業のこと。今リビングで流れているテレビ番組のこと。

普通に会話を楽しみながらも、「そういえば、今これを知ってるのはクラスでも俺ら4人だけなんだよな……」と頭をよぎり、興奮すると同時に、なんだか悪いことをしているような気分にもなったりした。

そうして夢中でやり取りをしていると、20時近くになり、すぐ後ろのダイニングから夕食に呼ばれた。リビングとダイニングは隣接しており、料理中の匂いはずっと届いてきていた。今夜は焼きそばだ。

なにかに夢中になっているときに、食事に呼ばれることほど冷めることもない。ほぼ出かけていた舌打ちをグッと飲み込む。

呼びかけを無視してそのままチャットを続けたかったが、よくよく考えれば、部活を終えて帰宅し、しばらく時間が経っていたのでめちゃくちゃ腹が空いている。

まだチャットで遊びたい気持ちと、今すぐにでも焼きそばを食べたい気持ちが葛藤し、接戦の末、ギリギリ後者が勝った。(本当に)断腸の思いで、その日はそこで退室することにした。

そこで別れ際に送ったのが、冒頭のメッセージだ。おそらく、各家庭の夕食の話になり、それぞれ発表する流れになっていたのだろう。

「晩飯、焼きそばだったわ!じゃあね(・ω・)ノシ」


これは2006年のころなので、いまから約17年も前のこと。それでも、あの日の高揚感と、焼きそばの味ははっきり覚えている。

パソコンを手に入れ、インターネットで世界のあらゆる情報にアクセスすることはできるようになっていたが、本当の意味で「世界とつながった」という感覚を味わえたのがこの瞬間がはじめてだったように思う。

これが、1993年生まれ、現在30歳の自分がインターネットと出会ったときの話。