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釈迦降誕祭に思う

 日本では例年4月8日に行われる灌仏会=「花祭り」。ネパール南部のルンビニで釈迦が生まれたとされる日を祝う行事だ。しかし、東南アジアからインド、ネパール、スリランカにかけての上座部仏教地域では、仏滅紀元の暦を用い5月の満月の日としており、今年は5月26日だ。実は5月は釈迦誕生はもちろん、釈迦がインドのブッダガヤで悟りをひらいた月、またインドのクシナガラで入滅した月とも言われ、仏教にとってひじょうに重要な月となっている。


 20代後半にルンビニ、ブッダガヤ、クシナガラを訪れ、その後もタイやミャンマー、スリランカなど、アジア各地の仏教国へは足繁く通った。どの国も生活の中に仏教が溶け込んでおり、人々は気軽に寺院に参拝し、オレンジ色の袈裟に身を包んだ僧の姿を見かけることも珍しくない。何層もの伽藍が壮麗さを際立たせる寺院、熱帯の太陽に金色に輝く仏塔、堂内で微笑む釈迦像……特に宗教心のない僕でさえ、その様子に、宗教が人の生き方に強く影響を与えることを感じずにはいられないほど(他の宗教圏を訪れても同じようなことを思うけれど……)。

ルンビニ沐浴場

僕が訪れた1980年代末のルンビニ。釈迦が産湯を使ったとされる沐浴場。この辺りは現在、丹下健三のマスタープランに沿ってルンビニ聖園として整備されているという


 アジア仏教国の訪問先として、気に入っているのがラオス北部メコン川沿いのルアンパバーン。14~18世紀に栄華を極めたラーサーン王国の都として世界遺産登録されている観光地で、中心部には16世紀に建立されたワット・シェントーンをはじめとする多くの寺院と、フランス植民地時代に建てられたコロニアルな町並みが残る。世界的に知られた観光地だが、時の流れはとにかく穏やか。朝夕は地元の生活が感じられるマーケットを見て回り(東南アジアでは珍しいほど客引き、売り込みの声がない)、日中はのんびり散歩をしたりメコン川を眺めながらカフェでお茶を楽しんだり。何かを見なくては、何かをしなくては、といった気持ちを持つことなく、ゆったりと過ごせる町だ。

ラオスラテアート

ルアンパバーンのメコン川沿いのカフェで。ラテアートに釈迦が描かれるのがなんとも楽しい。


 そんなルアンパバーンの名物が、早朝、僧たちが列を作り町を歩く托鉢。町の人々は、食べ物を渡し、物欲、所有欲を捨てるといった功徳を積む。寺院の数が多いため、托鉢僧の列も次から次へと続く。ルアンパバーンに滞在している間は、眠そうな目をこすりながら最初に集まってくる小坊主さんの様子が見たくて(それが何とも愛らしい)、毎朝早起き。そして托鉢する姿をしばらく追いかけてから、朝ごはんを食べるという過ごし方をしていた。
 コロナ禍の中、托鉢の様子も様変わりしたと聞く。年配の僧は托鉢に参加せず、若い僧もマスク姿であったり、フェイスガードを付けたりしているとか。また町の人々もソーシャルディスタンスをとるため、2~3メートルの間隔をあけ、棒の先に袋に入れた供物を吊して托鉢僧に渡しているらしい。

ルアンパバーン托鉢前

ワットシェントーン脇から出発する前に列を整える托鉢僧たち。小坊主さんたちも多い

 まもなく釈迦降誕祭。ルアンパバーンでは例年通り、たくさんの人々が花を持って寺院に集まりお祈りするのだろうか? それとも違った方法で祝うのか? どうであれ、誕生を祝い、祈る姿に、お釈迦様は「きっといいことがあるよ」と、微笑むに違いない。

(初出:秋田魁新報2021年5月22日 土曜コラム『遠い風 近い風』)

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