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【本】あなたに起こる、優しい奇蹟~浅田次郎さんの短編集「鉄道員」

年末年の瀬、さらにはクリスマスシーズンだからでしょうか、12月に入ってから「あの花が咲く丘で、また君に出会えたら」に始まり、百田尚樹さんの「輝く夜」につながり、こちらの作品を読みつつ思い出したのが今回の「鉄道員」です。

1995年発表と言うことですから、今から約30年前!といいながらも、そこは希代の名手、浅田次郎さんですので時代を超えて愛される名作となっています。この短編集からは複数の作品が映像化されるなど、傑作揃い。私も何回読んだか分からないくらい、大好きな作品です。今回は「輝く夜」がきっかけとなり、こちらの作品を振り返っていきたいと思います。


まずは収録作品を確認していきます。そして太字の作品について語っていきたいと思います。また、毎度となりますが、若干ネタバレとなる内容を含んでおります。未見・未読の方におかれましては、ぜひともご鑑賞後にお読みください。

収録作品の確認です

収録作品
・ 鉄道員(ぽっぽや)(『小説すばる』1995年11月号)
・ ラブ・レター(『オール讀物』1996年3月号)
・ 悪魔(『オール讀物』1995年11月号)
・ 角筈にて(『小説すばる』1996年9月号)
・ 伽羅(『小説すばる』1996年11月号)
・ うらぼんえ(『小説すばる』1996年5月号)
・ ろくでなしのサンタ(『小説新潮』1997年1月号)
・ オリヲン座からの招待状(『小説すばる』1997年1月号)

wikipediaより

鉄道員

主人公の佐藤乙松は北海道にある廃止寸前のローカル線幌舞駅の駅長。鉄道一筋に生きてきた彼も定年退職の年を迎え、彼が働くこの駅も路線も廃止の時を迎えようとしていた。彼は生まれたばかりの一人娘を病気で失い、また妻にも先立たれ、孤独な生活を送っていた。雪の正月、彼のもとに女の子が現れる。

wikipediaより(改編あり)

やっぱり表題作の「鉄道員」は素晴らしい!そして何より映画も良かったです。高倉健さんが雪の中で空を見つめて立ち尽くす冒頭の姿で即「号泣」でした(笑)。何も言わず、ただ空を見つめるお芝居だけで泣かせてしまう健さん!しかも久方ぶりに東映映画へ帰ってきた、ということで東映も相当力を入れて作られており、数々の原作にはないエピソードもまた私としてはとても堪能できました(志村けんさんの名演も)。奥さん役の大竹しのぶさんはもちろん上手ですし、相棒役の小林稔侍さんと健さんの息の合った「じゃれ合い」もまた観ていて微笑ましかったですね。原作に負けず劣らず素晴らしい作品でした。

これもひとえに原作の素晴らしさゆえの快挙。原作はもっとこじんまりしており、厳しい寒さの中、寡黙に仕事をこなす初老の鉄道マンの「矜恃」のようなものが伝わってきます。それより何より、乙松さんが可哀想すぎるんですよ、本当に。仕事一筋に生きてきて、妻や娘に先立たれ、そして退職と同時に廃線。そんな「生き方下手」な乙松さんに訪れる、奇蹟の数々・・・。何度でも読み返したくなる逸品です。

ラブ・レター

虚偽の疑惑でリストラされた高野は 歌舞伎町にあるゲームセンターで働いている。そんなある日、その吾郎のもとへ「死亡通知書」が届く。死んだのは、妻・高野白蘭。1年前に偽装結婚した、顔さえ知らない中国人売春婦だった。その手紙を握り、吾郎は、未だ見ぬ妻の遺体を引き取りに房総・千倉を目指す。

wikipediaより

こちらもドラマや映画など、複数の映像作品となった作品です。アウトローな生き方をしている主人公が、紙切れだけの妻に会うために、組の若い衆と共に旅をするロードムービー形式の物語です。本人としては不運(とだけで片づけられないですが)にも、人生のレールから外れてしまい、厭世的に生きているわけですが、ラストに「妻」からの手紙のシーンでは思わず・・・という流れ。ちなみにこの若い衆もまた「いい味」を出しており、このあたりも登場人物全員に気配りをされている浅田さんらしさ溢れる描写が非常に好感を与えてくれます。きっと今読む方が、このストーリーで泣ける気がします。

オリヲン座からの招待状

昭和30年代の京都。小さな映画館「オリヲン座」の館主、松蔵が病に倒れる。弟子の留吉と館主の妻トヨは亡き松蔵の意思を継ぎ、劇場を守る決意を固める。ふたりは貧しさに耐え、劇場を守り続けたが、やがて……。夫に先立たれた映画館の女主人が、夫の弟子、留吉とともに映画館を守り続け、留吉に看取られて亡くなるまでを静かに描いた感動作。

映画ナタリーより抜粋

ここまで幾重にも胸を揺さぶられ、十分に涙を流してきたラストがこちらの作品でした。映画館を舞台にした男女の物語。正直、映画にするほどなのかな?というくらいの小品ですが、私は割と好きな作品です。昭和30年代という時代ゆえの息苦しさ、男女の貞節というのでしょうか、そうした周囲の眼もありつつ、自分に正直に生きる主人公と、彼女に心を寄せる男の心の機微が描かれています。そしてこの短編集全体が締めくくられる・・・というラストを飾るにぴったりの作品です。

うらぼんえ

「死者が帰ってくる」といわれるお盆にちなんだ幻想的な物語。ちえ子は、夫・邦男の祖父の新盆に出るため、邦男の実家にやって来た。が、実は邦男には愛人がいて妊娠までさせており、2人の仲は冷えきっていた。身よりのないちえ子に邦男の親族は離婚を迫る。その時…。

テレビドラマデータベースより

個人的には「鉄道員」と同じくらい好きな作品です。ちえ子さんが健気で不憫すぎるんです、前半戦。旦那は若い子に手を出して、さらに子どもまで。そして旦那の親族たちには離縁を迫られ、本当に肩身の狭い思いをする。なんでこんなに辛い目に・・・というときに、いつもちえ子さんを助けてくれた正義のヒーロー、ちえ子さんのおじいちゃんが登場!という流れ。ここから先はぜひとも本編を読んで堪能して欲しいです。ちなみに私はどうしても宮本輝さんの「幻の光」に似た印象を持ったため、その映画で主人公を演じた江角マキコさんをイメージして読んでいました(ドラマ版の清水美沙さんも良かったですけどね)。

角筈にて

エリートの道を歩んできた貫井恭一が役員昇進を目前にして挫折する。彼の身の上を案じる部下たちと酒を飲んでの帰り、若いころに通いつめた角筈のゴールデン街に1人、立ち寄る。恭一は人ごみの中に「父」を見かけ、慌てて追いかけるが、見失ってしまう。これをきっかけに恭一はそれまでの自分を振り返り始める。そしてブラジルに旅立つ日。成田に向かう途中で立ち寄った新宿・花園神社の境内で、遂に父と出会う恭一。その父の姿は…。

テレ東・BSテレ東より抜粋

もちろん「鉄道員」も素晴らしいのですが、もし個人的No.1を選ぶとしたら「角筈にて」かな・・・いや、「鉄道員」かな・・・と、選べないくらい大好きなのがこちらの作品です。まず、父子関係というテーマに弱いというのがあります。さらには奥さんとのなれそめ含めて、ここにもサプライズがあ
り、そんな幾重にも仕掛けられている「浅田マジック」にやられた、という感じです。

結果的に恭一を置いて家を出てしまう、恭一の父は道義的には許されるものではないでしょうが、彼にも事情があり、そのあたりの父子の「和解」も見所ですし、父に認められたい、褒めてもらいたいために、さらには父に帰ってきてもらいたいために、歯を食いしばってどんなことにも耐えてきた主人公の恭一が、父の前で子どもに返るシーンも傑作です。

さらには一応、仕事をしている身としては、結果的に「左遷」となるわけですが、部下たちから相当慕われていたと思われる様子や、彼らによる助けをきっぱり断るシーンなどは「仕事人間」しての矜恃のようなものを感じ、そうしたところもこの作品を大好きな理由なのかもしれません。

ちなみにテレビドラマ版も観たことがありますが、主演の西田敏行さん、そしてお相手役の竹下景子さん、そして義理の兄役の橋爪功さん、さらにお父さん役が柄本明さん・・・という芸達者揃いで、「やるな、テレ東!」とテレ東の本気を感じましたね(笑)。


泣かせの達人、浅田次郎さんの技が光るタイムレスな作品集

百田尚樹さんの「輝く夜」の回でも少し触れましたが、今回のシリーズは端的に言うと「幽霊譚」。同じファンタジーでも、主人公と関わりのあるすでに現世を旅立った者たちからの贈り物とでもいいますか、今を懸命に生きる者たちへ送るメッセージを伝えるというようなものがテーマになっているように思います。見出しにも書きましたが、本当に「タイムレス」なテーマであり、今の時代にこそ、改めて読み直したい作品であるように思います。

もちろん、こんな奇蹟話は現実の世界では起こらない、のかもしれません。それでも、どこかでそうしたことが起こりうるかもしれないし、どこかで偶然がもたらす奇蹟ってあることかもしれませんよね。もし仮に、現実でなくても、百田さんや浅田さん、そのほかにもたくさんの小説家さんたちによって、こうした素晴らしい作品がいくつも生まれ、私たちを楽しませてくれます。

そう、こうした想像力こそ、私たちに与えられたギフトなんだと思うんです。想像する、共感する、そして力をもらう・・・。もし一人一人が1%ずつでも人に優しくなれたら、きっと今よりもう少しだけ、より良い世界になれるように思います。これは募金活動や親切運動をするといったようなことではなく「気持ち」の部分。こうした本や映画を観ることで、少しだけでも人への温かさを持つことができたら・・・と。

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