「わたしのこと、ね?」

 土曜日は大雨だったから今日はゴルフだったのかなとおもいつつ
【きょうはゴルフなの?】
 なんとなくメールを打つ。日曜日。わたしはおもてを歩いている。晴れてはいるけれどたまにグレーの雲が日差しを遮り曇りになったり、ともすればポツポツと小雨が気まぐれに落ちてきたりもする。日傘が雨天兼用でよかったかもしれないとおもう。
【うん。ゴルフ】
 ややしてメールが届く。
【したいな】
 直人ともう2週間以上していない。したいなとか普通は女の方から積極的に打てる文字ではない。が、今さらわたしと直人にはそのような矜恃など全くない。本能のまま生きている。
【うん。きなよ】
 あまりにも短い返事にひどく喜んでいるわたしがいる。頬が緩み、パンツのゴムも緩んでいる。きなよ。直人はとてもお行儀のいい人間なので普通の人が『来いよ』と命令口調だと多少はムッとするけれど、直人に限っては真逆で『きなよ』の3文字だけでもうメロメロになってしまう。
 週末だけしかあわない関係が5年以上も続いている。けれどいつまで経っても会いたいなという気持ちはまるで色褪せない。心はもうすっかり情であることはわかっている。けれど体は違う。わたしは直人の体が好きなのだ。全部。
 歩いていたのはただの散歩だったため、急いでうちに戻り、車に乗りかえて直人のうちに車を走らせる。車が車検から戻ってきた。外車なのでなにかの部品がないといわれていて1ヶ月以上も弟の工場に居座っていた。弟は自営で車屋さんを営んでいる。(Instagram @rawgrind_unbound) カスタム車専門店。弟とはわりと仲が良い。まあ大人になってからだけれど。
 車は爽快に道路を走る。天気がひどく気まぐれで晴れたり、曇ったり、挙句雨が降ってきたりと忙しく、天気ではなく忙しいのはわたしもで、サングラスをかけたり、メガネにしたり、お茶を飲んだり、コンビニに寄ったりと天気以上に忙しく直人のうちには普段なら20分くらいで着くところをなんと1時間もかかってしまった。夕方の5時過ぎ。4月の半ばなのに、3月? のような気温の低さに肩をすくめる。とにかく寒かった。
 おじゃまします〜。と小声でいい、扉を開けるとぶわんという熱風がわたしの体を包み込む。暖房が常夏のよう効き過ぎている。そっと中に入ると直人はだらしのない顔をしだらしのない服装でこたつの中で寝そべっていた。隣にちょこんと座り、その横の顔を覗き込む。髪の毛が伸びたなとおもう。きっとまたゴルフでたくさん酒を煽ってきたのだろうと察しがつく。頬に手をのせ、なおちゃん……、とまったく色のついてない声で名前を呼ぶ。
「なおちゃん……、」
 今度はやや色がついた声で問いかける。体が、びくんと動き、やっと薄めを開けて、目だけで挨拶をする。『きたの? やあ』そんなふうに。
「ごめんなさい……。寝てたね」
 うん、と首だけでうなずく。なにか話だすかとおもいきや待ってももうなにも出てこない。
 しばらく黙っていた。ただ点いているテレビをぼんやりと観ているとやっと直人の体が垂直になる。そしてわたしの背後に腕を回す。別に触れてはいない。それでもなんだかドキッとする。
「寒いな。今日」
 ぼそっといい、ゴルフで体が冷えてさ、と続ける。
「どうだったの? 今日は」
「……ダメ……」
 いつものこたえだったからそれ以上は突っ込まないでおく。ここのところ、ダメ以外のスコアを聞いたことがない。
 わたしはそういえば、と前置きし、昨日は雨だったからゴルフが今日になったのかと質問をする。
 直人は首をよこにふり、昨日は仕事だったんだよと顔をしかめる。土曜出勤ってやつ。とさらにしかめる。
「そうなんだ。忙しいんだ。仕事」
 聞いたつもりだったけれど直人はもうなにも話さなくなった。会話が途切れる。部屋の中がだんだんと薄暗くなってゆく。また水の中にいるような感覚になり、エルニーニョ現象だとおもう。
 背後にあるはずの腕がわたしの顔を撫でる。びくっとし直人の方に顔を向ける。その目の先に薄い唇があり半開きになったその唇をわたしの唇が塞ぐ。あっ、と声を漏らしたのはわたしだったか直人だったか。ソファーにもたれたままわたしはいつの間にか裸になり直人の真ん中の聳立を上か下へ舐めだす。うなだれている直人は泥酔だけれどひどく気持ちが良さそうな声を出す。わたしはその声に嬉しくなる。裸のわたしはその聳立を自分でもち自分で中に入れる。体の真ん中に杭が刺さる。メキメキという音がしないでもない。まるで温泉が出るかなぁとおもいつつ掘るときに用いるボーリングのようだ。
 腰を前後に動かすたび繋がった部分から愛液が滲み出てくるのがわかる。くちゃくちゃといういやらしい擬音が部屋に鳴る。テレビの中では誰が盛大に笑っている。わたしは必死でしがみつく。もっとして、声に出す。このまま死んでもいいかもしれないとおもわせる直人の愛をひしひしと感じる。
「ごめん、もう無理だ」
 泥酔の上頭が痛いと泣きそうな声でいう直人を抱きしめ腕枕で抱かれている。
「いいよ。別に。いつものことでしょ? もうお酒飲んじゃダメだよ」
「……う、うん。わかってるんだけどな。つい、飲んじゃうんだよ。金曜日も飲み過ぎて吐いたし」
 そっかぁ、としかいえないわたしは本当に言葉が見つからない。なんでこんなにお酒を飲むんだろう。
 直人の腕の中はひどく心地がよく今にも舟を漕ぎそうになる。いい匂いがする。とても。落ち着く匂い。
「バファリン……、ある? 持ってる?」
「うん。あるよ。いつも持ってる」
「くれる?」
 うんいいよとわたしは布団の隣にあるバックを取り寄せポーチの中にあるバファリンを取り出しはいと渡す。パチンパチンと白い粒が2錠飛び出て直人はそれを口の中に入れ立ち上がり台所に向かう。
 寒いなとつぶやきジャージを着てまたこたつに戻る。わたしもカーディガンを羽織って直人の隣に座る。
「なんか効いてきた……みたい」
「な、訳ないでしょ? 今、飲んだぶんじゃない」
 あ、そっかといい直人は笑う。
「あのね」
「え?」
 たまに確認をしておこうという言葉をいおうとしたけれどやめる。わたしのこと好き? っていうなんというかめんどさい台詞。
「なんでもない」
「なに、それは。気になるよ」
「いいから。もう寝なさい」
 はーい、と直人は急に大きすぎる大人になり素直に目を閉じる。
「行くね」
 小声でそういい立ち上がる。着替えないと、ならない。
「なおちゃん、好きだよ」
 もう寝息を立てている直人に声をかける。好きかぁとおもう。改めて。また。好きなことになど理由はない。ただなんとなく好き。それだけでいいじゃないか。わたしはそういうふうにおもう。間違いではない。好きだから抱かれ好きだからあいたい。そこに理由などはない。
「またね」
 部屋はまだエルニーニョ現象のままだった。
 おもてに出ると冷たい夜気がわたしの頬を撫でてゆく。
「寒っ」
 夜空にはたくさんの星が煌々と輝いている。たくさんのダイアモンド。
 わたしは車に乗り込みエンジンをかける。
 FMラジオが流れ出す。

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