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器を満たしていく

「小さい時代の器に入り切る喜怒哀楽を体験することによって、感性も磨かれていく。」

これは私の師匠である大熊進子が、著書で語っていることです。

(大島清・大熊進子・岩井正浩(2002)『わらべうたが子どもを救う—教育の原点は「言葉みがき」』健康ジャーナル社)

それに関連して、進子先生がたびたび語っていた言葉があります。

〝泣いてもアメ玉一個でまた笑えるならいいじゃない。〟

泣かせない子育てをしようとして、子どもから体験の機会を奪わないこと。

とはいえ勿論、泣かせろというわけじゃないのです。「その子どもが受け止められる悲しみかどうか」アメ玉一つで回復できる悲しみの程度かどうか、大人が見極めてあげるのが重要だということ。

とても示唆に富んだ言葉ですよね。
あと、(ここからは私の解釈を含みますが、)〝器にはいる喜怒哀楽〟という、この場合の喜怒哀楽は感情という意味だけに留まらず「さまざまなもので満たすべし」というメッセージになっているのだと思います。

あれはダメ…これはダメ…と取り除いていくだけでは、子ども時代が空っぽになってしまう。
貴方ならば、器を、どんなもので満たしてあげたいですか?

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物の豊かさを否定するだけでは、心の豊かさを実現したことにはならない。

確かに、ふさわしくないものは取り除くべきでしょう。

資本主義の問題点がだいぶ分かってきたと思われますから、「購買意欲で人を支配することは、決して豊かさには結びつかないのだ」という考え方に、子育て界隈ではすでに多くの人が賛同している印象を受けます。

しかし、なんというか、私はそれが「物質的な商業主義の排除」というだけで停滞している気もします。

物の豊かさよりも心の豊かさを、という考え方には、もちろん私も賛成ですが……。
物の豊かさを否定するだけでは、心の豊かさを実現したことにはならない。
器から取り除くだけでは、満たしたことにはなりません。

「これは良くない🙅‍♀️」は割とみんなが言いやすいことなのですが、「これが良い!🙆‍♀️」は言うのには大人も自信が必要なんですよね。

おそらく、大人たちの自信がぐらついているんだと思うのです。
何で満たしたらいいか、分からない、自信をもって言えない。

『とりのぞく活動も大事だけれど、満たしていく活動にこそ、もっと積極的になるべし』

自信をもて、と。そう言われているように、最近、私はよく感じます。

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コダーイメソッドではうた選び(教材選び)を重要視しています。


コダーイメソッド(俗にそう言うだけで正式名称はないのですが…)とは、音楽教育の分野において、ハンガリーの音楽家であるコダーイ・ゾルターンとそのお弟子さんたちが発信しつづけてきた理論です。
子どもの人格形成期について深く論じているため、音楽だけでなく幅広い分野に当てはまる、教育哲学のようでもあります。

コダーイ・ゾルターンは民謡やわらべうたを収集・分析し、『(どの国の子どもも)母国語のわらべうたが、子どもの学習の最初のステップである』と説きました。

(学習とはお勉強のことではなく、自分で何かをつかみとろうとする能動的な意欲全般のこと。
聴く力、注目力、関心の高まりをうながすことが、自分で自分の生き方をつかみとることに繋がるのだ、ということですね。)

まずは母国語の歌……と私たちも、わらべうたの会でよく言っていますが、これって外国語のうたを禁止しているわけではないのです。

やるなと言っているわけじゃない、流れと順番があるということ、そして『ふさわしいうたを豊富に用意する』ことが大事だというのが、あくまでも考え方の基本です。

ふさわしいものを選ぶためには、育ちのレベルと課題を把握するべし、という理論が唱えられています。把握のためには細かく項目も上げられており、判断の道筋をつけてくれています。

目の前の子どもをよく見て、今の育ち、求めに合ったものを選ぶこと。

禁止する、という意識よりも、「良いものをたくさん与えよう」という意識がそこには強く存在します。それには子どもにとっての身近な大人が、常に良いものをストックしていないといけませんから、豊富なストックをもつ大人を育てるという観点もあります。

つまりは、豊かな大人となって子どもに関与してほしい、という……訴えであり導きが、そもそものコダーイ先生の理念ではないかと、私は思いました。

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豊かな大人を増やしていこう

教育に何を用いるかは、それぞれのセンスだと思います。わらべうただけで育つとは決して言いません。その他の芸術教育も、お話や本も、森で遊んだり星を見たりする体験も必要です。

しかし、何であれ、子ども時代という器を満たしていくことが感性の始まり、その後に子ども自らが人格形成をしていくために大人が関与するべきことです。

何もやらなければ、それは放置でしょう。放置ではない子育てをしたい、という願いをおそらく漠然と多くの方がもっているこの時代に、「こんなに楽しいものがあるよ」と差し出せる人間でありたい。ワクワクしている私を見せていくことが、今の私の目標です。

……これはあくまで私が考えたことであって、正しくないかもしれませんが。

よく、コダーイ先生のことを教えると「難しそう」「怒られそう(?)」という感想をもたれるので、今回はこういう文章を書きました。

やっぱりそれは私の伝え方がまだまだ拙いからで、もう少しみんなに親しみをもってもらえたらなぁ、と思っています。そのために、少しずつ身近なセンテンスを取り上げて、地道にちょっとずつ伝えていくつもりです

(なんで怒られそうって思うのかね(笑)。豊かな大人を増やしていくって、むしろすごく優しい観点だと思うんだけどね。)

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次回は歌の紹介(できたら録音つき!)を載せたり、今後できればポッドキャスト配信などもしたいと考えております。

ぜひ応援してください! フォロー、いいね♡付けなどよろしくお願いします。

わらべうたに興味をもってもらうこと、学んでいる方に少しでもお役に立つこと、
お互いの中にある何かしらの感性を響きあわせることが出来ましたら、とても嬉しいです✨



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