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刑事ドラマで「復讐」を動機に殺人を犯す犯人は軸がぶれている

 皆さんはこんなシーンをご覧になったことはないでしょうか。

犯人「あいつは、◯◯を殺したんだ!!」

探偵「故人は復讐なんて望んでいませんよ」

犯人「うわあああああ!!」


 はい、探偵の言ういわゆる「綺麗事」というやつです。
 意外にもこれが嫌い、納得がいかないという人は多いのでは無いでしょうか。

 しかし、探偵の立場に立ってみましょう。現在の日本においてたとえ動機が復讐であってもこれは殺人罪として当然に罰せられる行為です。そしてこのような重大な犯罪を犯した犯人に対しては探偵は事件を解決する、という立場にいる以上咎めなければならないわけです。

 もっとも、ここで
「貴方のしたことは犯罪です。いかなる事情があっても殺人は禁止されています」

なんて言うのは悪手です。

「復讐の対象は時効で罪に問われなかった」などと犯人は日本の法律に文句を言うことは間違いないでしょう。探偵は別に法律の専門家ではないですし、そういうことを議論したいわけでは無く、さっさと逮捕してヒロインが「悲しい事件ね」と呟く場面まで持って行きたいわけですから、わざわざ犯人がぶつぶつ反論してきそうな咎め方は避けたいわけです。

 そういう意味では「故人は復讐を望んでいなかった」というのは実に犯人にとって言い返しにくい咎め方です。

 まず故人の意見をその場で確認することは不可能なので、極限状態の犯人は反論する余裕がない、というのはあります。それに、犯人には多少は殺人という禁忌を犯したという後ろめたさ(これは復讐対象に対する後ろめたさというより、社会規範に違反した後ろめたさ)があるため、それをほどよく刺激するにはこれ以上の言葉は無いでしょう。

 読者の中には、「でも明確に故人が復讐を望んでいた場合もあるだろ」「もはや復讐対象を人としてみていなくて開き直ってる場合もあるだろ」と考える方もいるかもしれません。

 しかしながら、このような犯人に当たってしまった場合、探偵は「故人は望んでいなかった」などの綺麗事は言っていないはずです。なぜならこの台詞は犯人の準備したトリックを全て暴き、最後に精神的にトドメを刺すための方便に過ぎず、それが通用しなさそうだとあらかじめ分かっているならばあえて言う必要はないからです。


 そうであるとすれば、むしろ探偵が「故人は望んでいなかった」と言っておけば事件は無事解決になるだろうな、と思わせる隙を与えてしまっている犯人側に問題があるのではないでしょうか。

 犯人は長年の恨みを抱えた上で、綿密な計画を立て、殺人を侵さなければならないという心理的な障壁を越えて、またばれると死刑になるかもしれないという危険を侵して、実行行為に移るわけです。そして計画を立てている間に出費もあるでしょうし、時間も消費しています。自分はこの時間にお金を稼ぐこともできるのに何をやっているのだろう、と思う瞬間が1秒もない訳がないのです。そうした中で、当然犯人は復讐を故人が望んでいたかどうか、という疑問について一度は検討し、それでも復讐をするという選択を選んだわけです。

 それにも関わらず、ぽっと休暇にやってきた探偵にトリックをすべて暴かれ、あまり事情も知らないくせに「故人は望んでいなかった」と言われて泣き崩れる。そんなことがあって良いのでしょうか。

 結局、犯人はなぜ、誰のために復讐するのか、という部分を明確にしない状態で殺人を実行してしまったからこんなことになるのです。犯人はパトカーの中で、でもなんでぽっと出で、推理力だけは高いけどそれ以外は聖人君子とは言いがたいような奴に道徳面で説教されなきゃならないのだ、と思い、後からムカついているに違いありません。でも、一瞬でも、この「なぜ復讐するのか」という明確な軸がぶれてしまったからこのような状況に陥ってしまっているわけです。

 犯人は殺人の前に、これが誰のための復讐であるか再検討すべきだったのです。

 
 そもそも復讐はどういうものなのか確認しましょう。
 日本における仇討ちは中世の武士階級の台頭以来、その血族意識から起こった風俗として広くみられるようになり、江戸幕府によって法制化されたとされています。武家の当主が殺された場合は嫡子が仇討ちをしなければ家督を継げない、なんてこともあったようです。
 そうだとすれば仇討ちは殺された父のため、というよりは自分の社会的地位のために行われていた、と考えるわけです。

 話を現在に戻しましょう。私が考えるに復讐は誰のために行われるべきなのでしょうか。それは間違いなく「自分」のためです。

 歴史的経緯を見ても故人の個人的意思のために復讐がされたというよりは生きている人の名誉や地位のために行われたと言っていいでしょう。
 また、死んだら人間はどうなるのかはわかりませんが、死後に故人が新たに現世に影響を与えることはありません。そうだとすれば復讐は「遺された自分がすっきりとした朝を迎えるため」になされるものというべきです。

 そうだとすれば、「故人は復讐なんか望んでない」と言われて泣き崩れる犯人は所詮は自分のために殺人を犯しているのにその原因を殺された故人に転嫁していたことに他ならないんですよね。

 ですからやっぱり私は綺麗事を言う探偵よりかはそれに泣き崩れてしまう犯人の方がもっと凶弾されて然るべきだと思うのです。

 もっと「自分のための復讐」だと胸を張って言えよ、と。

 もっと軸をもって復讐しろと。

 


 


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