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黒田東彦日銀総裁の「良い講演」

日本銀行総裁の黒田東彦氏が、米国・コロンビア大学において講演(*1)を行いました。2022年4月27日・28日に金融政策決定会合が開催されるため、円安が進む中、金融政策に変更があるのではないか?と注目を集めています。
一部の経済系新聞では「悪い円安」と喧伝し、金融政策引締への圧力を強めている、と僕は見ています。
そのような中、黒田総裁が米国の講演で、次のようにご発言されました。

日本でも当面のインフレ率は、エネル ギー価格の上昇を主因に2%程度となる可能性がありますが、そのマグニチ ュード、拡がり、そして背後にある経済状況は米国と大きく異なっており、 日本銀行は、「物価安定の目標」の安定的な実現に向けて、現在の強力な金融緩和を粘り強く続けていく必要がある

(*1)

「悪い円安」や金融政策の引締(YCCの上下幅の拡大や利上など)、為替介入などについて取り上げている経済に詳しそうな新聞の記事(*2)もありましたが、黒田日銀総裁のご発言(*1)を見る限りは、金融緩和を継続すると思われます。
ここからは黒田日銀総裁の講演資料を見て、大事だと思った点を取り上げます。

米国と比較した日本の経済・物価動向

日本の人口当たりのコロナ感染者数は米国の 1/4 程度、死者数は米国の 1/13 程度と、かなり低い水準

(*1)
黒田日銀総裁講演資料(*1, 図表1)

日本のGDPも、基調として持ち直していますが、米国に比べると改善ペースは緩慢なものにとどまっており、依然として感染症前の水準を2%強下回っています。こうしたGDPの違いは、主として個人消費の動きの違いから生じています

(*1)
黒田日銀総裁講演資料(*1, 図表2)

黒田日銀総裁の講演資料を見ると、日本は、新型コロナ禍の前から、2019年10月に消費税率が8%から10%に引き上げられた影響もあり、実質GDPと個人消費が落ち込んでいたことも見て取れます。
米国は、大規模な財政支出を行い、経済活動の再開を進めたことから、経済が回復していると思われます。対して日本は、小出しの財政支出や行動規制によって経済活動を下押しさせたこと、消費増税の影響があり、GDPと個人消費が落ち込んでいたところに、新型コロナ禍とロシアによるウクライナ侵略が追い打ちをかけました。財務省・岸田文雄政権の遅くて小規模な財政政策や負担増の議論がマイナスの影響を与えている懸念もあります。

日米の労働需給を見ても、日米の違いが良くわかります。

黒田日銀総裁講演資料(*1, 図表3)

日米の消費者物価を見ると、日米の差異が大きいことが分かります。
日本はGDPギャップが約17兆円(2021年10-12月期 内閣府推計 ▲3.1%)残り、財務省・岸田文雄政権の政策対応が不十分な日本は、消費や労働需給の改善が弱く、企業物価指数は10%弱と高まっていますが、価格転嫁できるほど需要が旺盛ではないため、消費者物価指数の伸びは、米国と比べて弱いものです。

黒田日銀総裁講演資料(*1, 図表4)

資源価格高騰の影響についても触れています。

資源の輸入国である日本経済にとって、資源価格の上昇は、家計の実質所得の減少や企業収益の悪化を通じて、景気の下押し要因として作用します。

(*1)

資源価格の高騰と、円安を関連付けて、金融政策の引き締め圧力を高めようとする残念な声が聞かれますが、黒田日銀総裁が指摘するように、
1.家計の実質所得の減少
2.企業収益の悪化
3. 1,2 を通じた景気の下押し(筆者追記:雇用環境の悪化)
が懸念されます。
家計の実質所得は、消費税を減税することや、給付金で対応可能です。
企業収益の悪化は、財務省・政府・日銀のマクロ経済政策で、総需要拡大を行うことで軽減し、経済安定化を行うことができます。

日本銀行の金融政策の役割

黒田日銀総裁は次のように述べています。

日本の経済情勢を踏まえると、引き続き、金融緩和で経済活動をしっかりとサポートすることが必要であり、適切です。
[中略]
経済全体の需給ギャップは、依然としてマイナスであり、景気の過熱を懸念すべき状況にもありません(図表6)。また、当面予想される資源価格上昇を通じた交易利得の減少は、所得の減少を通じて、国内需要に下押しの影響を与えます。したがって、金融政策の果たすべき役割は、緩和的な金融環境を提供することであり、それによって感染症の下押し圧力が残る日本経済の本格回復を後押しするということです。

(*1)
黒田日銀総裁講演資料(*1, 図表6)

黒田日銀総裁のお考えに賛成です。
黒田日銀総裁は、財務省ご出身で、過去に、増税を先送りして金利が急騰する「どえらいリスク」について発言(*3)し、消費増税を後押ししたことで知られます。
その影響を受けてか、自民党総裁選の際には、デフレ脱却まで消費増税はしない、と発言(*4) していた安倍晋三総理(当時)が、民自公の三党合意で決めた消費税率の8%への引き上げを2013年10月1日に決定した旨の会見を行いました。
日銀は2016年の総括的な検証(*5)の中で、原油価格の下落に加えて、消費増税による影響が、物価目標2%の未達成の要因である、と述べています。

(*5, P.2)

日本の物価と賃金の図表10を見ると、日本銀行が引締め的な金融政策を続けていた「デフレ維持元の金融政策」を行っていた頃(1995年~2012年)を見ると、消費者物価指数(除く生鮮)が停滞し、その感はベースアップ分がごくわずかです。
悪夢と言われた民主党政権・白川方明日銀の時代が終わった2013年以降は弱いながらも物価上昇とベースアップ分が復活しました。
旧日銀の金融政策は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」とは、ほど遠いものであったことが分かります。

黒田日銀総裁講演資料(*1, 図表10)

黒田日銀総裁は、金融政策について、至極まっとうな発言をされています。

日本では、需給ギャップがマイナスで、物価面でも安定的な2%目標の実現には依然として距離があります。このため、今回のようなコスト・プッシュ・ショックに直面しても、他の海外中銀と異なり、日本銀行は、経済の安定を優先するか、物価の安定を優先するかという、トレードオフに直面していません。現下の状況で、日本銀行が果たすべき役割はきわめて明確です。現在のイールドカーブ・コントロールを軸とする金融緩和を粘り強く継続することで、コロナ禍からの景気の回復をしっかりと支え、賃金と物価がともに緩やかに上昇していく好循環の形成を促していく、ということです。

(*1)

そして、日本の人口減少や労働参加率などを挙げて、政府・財務省の対応を促し、日銀が金融緩和で支援していくことを述べておられるようです。

2020 年代は、「時間当たりの生産性」を引き上げていくことが、これまで以上に重要になります。この点では、労働市場の一層の流動化に加え、人的資本投資がカギを握ると考えています。
[中略]
日本銀行としても、間接的ではありますが、緩和的な金融環境の提供を通じて、人的資本投資の積極化に向けた取り組みを後押ししていきます

(*1)

日本経済を分析し、金融緩和の手綱を緩めない中央銀行総裁、世界で通用するレベルに達している、と思います。
(黒田日銀総裁よりも前が、ひどすぎた、ということはありますが)

参照情報

(*1) 日本における物価変動と金融政策の役割 [ 米国・コロンビア大学における講演の邦訳 ] (2022.04.22, 日本銀行)
https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2022/data/ko220423a1.pdf

(*2) 円安への対処、悩む日銀 介入なら政策修正で協力か
(2022.04.23, 日本経済新聞 編集委員 清水功哉 )
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD218WW0R20C22A4000000

(*3)
 黒田総裁、消費税先送りは「どえらいリスク」 点検会合で発言: 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS06038_W3A900C1EE8000

(*4) 総裁選 候補者に聞く、 安倍晋三 氏
https://youtu.be/nE71ZdPZt-I

(*5)
 目で見る金融緩和の「総括的な検証」と「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」 (2016.09.21, 日本銀行)
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160921c.pdf



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