引っ越し

引っ越し


丸一日かかって何度も車で往復して重い物を持って草臥れて ふと振り返ると

山の端!

昼と夜の境目 空と陸の端の青と紫とピンクが見えて

やまのはってどう書くか知ってる?

と言っても母は知らなかった

705前の廊下からは毎日草臥れかかった夕日が見える


車の中での会話

小さい時二人でよく行ったマルキョウの生簀覚えてる?

私がよく着ていた72のTシャツ、首元と袖口が黄色であとは青くって、胸元に72の数字とウインクしたウサギがプリントされているTシャツ覚えてる?

私が気に入ってたオレンジのミニモニのキャップは覚えてる?

生簀を母は完全に忘れていて、Tシャツとキャップは何となく覚えていたけれども

キャップを新幹線でなくしたと言ったら、保育園の頃私は新幹線に乗ってはいないと

山口の水族館にはおじいちゃんではなくパパが嫌々ながら連れて行ってくれたと

記憶が錯綜しているんじゃないかと

話していたら車は幾つもの曲がり角を曲がり海に近いマンションへ


新しい町には海風と潮の匂いがあった

前の町とは違って鈴虫はいないと思ったけど

夜には鳴いて前の家への道を思い出して

田んぼと下水道との間の小さい平家からは

特に何も見えないけどよく眠れることを思い出した


次の日昼まで寝ていたいのに母に叩き起こされて

ホームセンターに行ったり段ボールを片っ端から開けたり

昨日も今日も母はまだ帰らない片付けると言って、そのせいで昼ご飯が永遠に食べられず

冷蔵庫と洗濯機代を母が出すと言っといて出さず

こっそり舌打ちをしたり


私は海響館の夢を見ない

見るのはマルキョウの大水槽のことだけである

母がよく連れて行ってくれて

ベッドは丸一日では持って来れず布団が固くて眠れないと言ったら

母に叩き起こされて


お陰で部屋はすっかり片付いて

ありったけの日用品とチャリンコとを母はこっそりクレジットで買ってくれて

私がチャリンコに乗って帰ると台所に立ってお皿を洗っていて

ようやく帰ってくれる!時にはちゃんとご飯食べなさいよときっと私を睨んで

その後ろで日が暮れ始めていて

山の端ってどう書くか教えたの覚えてる?

と聞いたけど母は覚えていないと

その癖毎晩メールするのと次の日重たいベッドを持って来るのを忘れず

記憶が錯綜しているのではないかと

前の町と同様新しい町でも生簀と72のTシャツとミニモニのキャップは見当たらなくて

空がまた暗くなる

おとなだろ勇気を出せよ

メールに添付された曲が勝手に鳴って

振り返らずとも

暗くなった空にまぶたの裏に

青と紫とピンクのさざなみが見える


つまり今日こそ私は草臥れ過ぎて昼まで寝ていたのである!

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