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【ミックスダウン編】ドラム

デジタルレコーディングにおけるミックスダウン、なんとなくやっている方も多いのではないでしょうか。打ち込み用音源が高音質化していく一方で、なぜ御自身のマスター音源が高音質にならないのかと日々ミックスダウンと戦っている方も多いと思われます。
ミックスダウンの基本的な要素が詰まったドラムから始めていきましょう。

アナログ時代との大きな違い

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デジタルレコーディングが当たり前になって、オープンリールなどのアナログレコーダーを回した経験がある方は多くないでしょう。アナログレコーディングとデジタルレコーディングでは決定的な違いがあります。それは視覚的に音を波形として見ることができ、更に部分的に移動できることです。DAWでは当たり前となってしまった機能が、実は音質に大きく貢献しています。

デジタルレコーディングの恩恵はマイキングから始まっている

後から波形を切ったりコピーしたり、少しだけ移動したりといった事が非常に困難だったアナログレコーディングでは、特にドラムなどの多数のマイクを使う場合、マイキングを完璧にしなければ位相の問題で音がおかしくなるため、相当な技術が求められていました。
しかしデジタルであれば、それらを問題視する必要はなく、どちらかと言えば知識や編集力で音質が決まります。
ちょっとここで、実際の波形を見てみましょう。

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DAW上でドラムトラックを意図的に作ったものです。実際のレコーディングでも有り得る位相のズレを再現してみました。
上からバスドラム、スネア、オーバーヘッド左、右の順に並べていますが、アタック部分が微妙にズレていることが分かると思います。バスドラムやスネアのようにオンマイクに入ってくる音と、オーバーヘッドに入ってくる音は距離が違うため、必ずズレます。音速は変動はあるものの、非常に遅いのです。おおよそ秒間340m程度しか進まないため、オンマイクとオフマイクの距離が1m違うだけで、1/340秒程度の差があります。セッションでは気にならない音の遅さが、精密なデジタルレコーディングでは大きな問題になります。

基準はオーバーヘッド

ドラムのミックスダウンにおいて基準とするトラックは、全体を集音したオーバーヘッドになります。2本でレコーディングしている場合は、どちらか一方に合わせます。キックやスネアのアタックを見つけ、それらをシンクロさせれば、オーバーヘッドの位相はマッチするはずです。さらに、そのオーバーヘッドにバスドラムやスネアを合わせて、位相問題を解決します。このようなミックスダウンの手法は、アナログではほぼ不可能です。

オーバーヘッド以外は可能な限りミュート

音声というものは、混ぜれば混ぜる程に位相が破壊されていきますので、不要な音はできる限りミュートするべきです。テンポの速いロック系の曲や、大半のポップスは、バスドラムが「どーん、どんどーん」と長いとカッコ悪いので、「とっ、ととっ」と短くしたほうが、より耳で聴いているドラムの音に近く、ビート感も出ます。後述のエフェクト処理を参考にしてください。タムは叩いた時だけミックスします。
ドラムのミックスでの基本的な考え方は、「オーバーヘッドでは捉えきれない音を必要に応じて足す」ということです。

バスドラムの基本的な処理

センターに位置し、高域から低域までレンジが広く、リズムを決める重要なトラックです。オーバーヘッドにはアタックしか入っていませんから、バスドラムのトラックで低域を補うわけですが、ハードロックやメタルといった激しいリズムでは、より短い音のほうが好まれます。音声で低域を表現するには、時間が必要です。短くなればなるほど、低域は減ります。
バスドラムの音の特性は、アタックが強く、サスティンが短いです。低域はサスティンで表現されますから、サスティン部分を持ち上げてあげれば低域が増えます。まずはこのプロセスから解説します。

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バスドラムのトラックの波形です。鋭いアタックに始まり、緩やかにサスティンが伸びていることが分かります。短い時間で波形の往復が多く見られる部分は高周波数帯域であり、比べてサスティン部分は緩やかな往復なので低周波数帯域です。
この段階の音では、アタック音は充分な音量がありますが、サスティン部分は音量が足りません。ですから、アタックの音量を下げ、サスティンの音量を上げれば、低域を増幅することができます。ここで皆さんご存知の「コンプレッサー」の登場です。

コンプレッサーの基本的な使い方

先ずはコンプレッサーの原理を理解しなければ、使いこなすことはできません。コンプレッサーはどのような道具かというと、「予測できない音量の変化に対して素早く音量を調節する」ものとなります。デジタルレコーディングにおいては、既に曲全体の波形が見えていますから、フェーダーのオートメーションで全て書いてしまっても良いのです。しかし、バスドラムのように「ほぼ毎回同じような音が出る」トラックに対してはコンプレッサーを適切に設定することにより、効率的にミックスダウンを進めることができます。代表的なパラメータを理解して、狙った音が作れるようになりましょう。

スレッショルド(dB):閾値を設定します。
レシオ(X:1):スレッショルドを超えた音量をどれくらい下げるのか設定します。
アタック(ms):スレッショルドを超える信号が入ってきた場合、設定された時間はコンプレッサーが作動しません。
リリース(ms):信号がスレッショルド以下になった場合、どれくらい時間をかけてコンプレッサーの作動を停止するか設定します。

まとめると、スレッショルドを超える信号が入力された場合に、アタックで設定された時間だけ待って、レシオで設定された比率に音量を下げ、スレッショルドを超えなくなれば、リリースで設定された時間をかけて動作を停止するという機能です。

こんな難しいものを、最初から完璧に扱える人はいませんのでご安心ください。バスドラムにおいては、演奏技術の差はあれど、だいたい同じような音がトラックには入っていますから、コンプレッサーの設定値は相場が決まっています。まずは何も考えずに下記の設定を試してみてください。

バスドラムのコンプレッサー参考設定値
1. レシオは4:1
2. アタックは最速
3. リリースは300ms
4. ゲインリダクションが-6dBくらいになるように設定
5. 全体の音量が下がるのでメイクアップゲインを上げる

このように設定すると、大きすぎるアタック音を1/4に下げ、その分全体の音量を上げることができます。ピークやRMSなどの検出方法を持ったコンプレッサーであれば、ピークを使用してください。
さてどのような音になったか見てみます。

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アタック感は残しつつ、サスティン部分が持ち上がりました。しかし全体が大きくなったことで、バスドラムが長くなってしまったようです。このままではカッコ悪いので、短く切ってあげましょう。次に使用するのはゲートというプロセッサです。一定の音量を下回ると、スムーズに音量をゼロにしてくれます。同じ音が続くバスドラムですから、フェーダーオートメーションで書き込むよりゲートを使うほうが効率的です。ゲートの使い方は簡単なので詳細は割愛させていただきますが、「カッコよく短い音」になれば良いのです。

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素早く立ち上がり、瞬間的に低域を表現し、その後ミュートするというカッコいいバスドラムができました。上のメモリは一つ分で50msです。だいたい150msで終わるバスドラムの完成です。この段階では音量の操作しか行っていませんが、コンプレッサーの使用により位相関係を崩さずにアタック(高域)の音量を下げ、サスティン(低域)が増えています。バスドラムはオーバーヘッドと位相関係を持っていますから、位相は維持しなければなりません。

EQは位相を歪ませる

EQ(イコライザー)は基本的に位相をずらして各帯域を増減させるプロセッサです。ドラムのようにお互いに位相関係を持ったトラックでは、通常のEQの使用は避けるべきです。これもまたアナログ時代との大きな違いでもあり、積極的に位相を維持できるデジタル処理において、わざわざEQで位相関係を崩すのはナンセンスです。ここで試験的に、ピーキングEQで1オクターブ幅で80Hz、10KHzを中心にそれぞれ6dBブーストしてみます。

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部分的に拡大してみると、数サンプルずれているのが分かります。この現象を位相歪み(英:phase distortion)と呼びます。せっかくオーバーヘッドと完全にシンクロしていたトラックが台無しです。EQを使えば使うほど、位相関係は破壊されていき、デジタルレコーディングの特長とも言える位相の完全維持が崩壊してしまいました。
この問題を解決すべく、各社から「リニア・フェイズ・イコライザー」というものがリリースされています。位相を維持しながらEQ処理が行える優れ物です。位相関係を持ったトラックにEQを使いたい場合は必ずリニアフェイズを選びましょう。

オーバーヘッドの処理

先ずは何も考えず、オーバーヘッドのトラックを左右どちらか一方に最大まで振って、ステレオ化してみてください。マイクの個体差によって、音量が異なる場合は、キックやスネアがそれぞれ同じ音量になるようにメーターを確認しながらフェーダーで調整します。
オーバーヘッドに期待する音はスネアのスナッピーを含む中域から、シンバル類の高域です。マイクへの振動で不要な低域は切り落としてしまいましょう。EQに搭載されたハイパスフィルタで100Hzくらいから下はカットします。もちろん、リニア・フェイズ・イコライザーを使用します。
そして、オーバーヘッド以外は全てミュートしたうえで、マスター出力に位相メーターを入れて位相を確認します。

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このようなメーターがほとんどのDAWには搭載されているはずです。(画像はStudioOne5のPhase Meter)
オーバーヘッドのトラックを再生すると、ノイズの様なものが表示され、メーター下部に「Corr」と書かれたバーグラフが動くのが分かります。このバーグラフは「Phase Correlation」(相関、相関係数)を意味するもので、この数値が0.5を下回るとアンチ・フェイズが発生していることになり、ステレオが崩れていることを意味します。
オーバーヘッドの音をよく聞きながら、この数値に注目してください。右クラッシュの時に0.5を下回るのであれば、右に振ったトラックのパンを少しずつセンターに寄せます。0.5を維持できるポイントを見つけたら、左側のパンも同じ量だけセンターに寄せます。パンの位置が決まったら、ボリュームを変更したり、EQが必要になった場合に備えて、この2つのオーバーヘッド・トラックはバスを作ってそこに送っておきましょう。

スネアの処理

オーバーヘッドとバスドラムだけでは、スネアの輪郭がハッキリしません。それを補完するためにスネアのトラックを作ります。近くにハイハットがあり、そのカブリがあるためバスドラムのようにゲートを使うことはできませんが、やはりコンプレッサーで強すぎるアタックを抑え込みます。慣れるまでは、バスドラムと同じ設定で問題ありません。リニアフェイズEQによるハイパス処理も忘れずに。

バスドラム、スネア、オーバーヘッドのバランス

ここまでくれば、ドラムの主要トラックは完成です。次の課題はバスドラム、スネア、オーバーヘッドの音量バランスです。これにもだいたいの目安があり、どうしても辿り着いてしまうバランスがあります。

バスドラム:ピークが-6dB付近
スネア:ピークが-6dB付近
オーバーヘッド:ピークが-12dB付近

上記のように各フェーダーを設定してみてください。よほど大きな失敗がなければ、これが基準となる音量バランスです。もう音も聴かなくてもバランスが取れてしまいます。

EQはここから

ドラム全体の音を聴き、シンバル類の高域が不足していたり、バスドラムのアタックが欲しい等のEQによる補整が必要な場合は、それぞれのトラックにリニアフェイズEQを使用してください。EQ後は音量が変化しますので、また上記基準値に合わせればバランスは崩れません。

タム

出現回数が少ないので、音が鳴る部分以外は全てミュートします。オーバーヘッドによって各タムの配置が決まっていますが、不自然にならなければハイタムやフロアタムを左右どちらか一方に振ったり、オーバーヘッドから聴こえるタム位置に合わせたり、楽曲に合わせて自由に配置して良いでしょう。考え方はバスドラムと同じで、コンプレッサーの設定も同じで問題ありません。チューニングによってはフロアタムはかなり長くなるため、ゲートで自動的に切るよりも、トラック側で波形をフェードアウトさせる等のほうが効率的です。

ドラムの基本的なミックスダウンについて解説させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。打ち込み用音源も、音源側のエフェクトを全てカットしてパラレルトラックに出力し、できるだけ生に近いところからミックスを行うことで、限界まで追い込むことが可能です。
ぜひチャレンジしてみてください。

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