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鋸山に行って来たよ-20

これまでのお話


私たちは今、日本寺、羅漢エリアにいる。ここにはたくさんの石仏があり、固定豊かな顔ぶれをちょいとご紹介。

木の根が石に絡みつく様が美しい。

あっ、これは失敬。
石仏を紹介するといったのに自然が作り出す美しさについ目が奪われてしまいました。

これはまた美しい、根が土にしっかりとしがみつく姿が丁度良い筋肉に恵まれた美しい腿のよう。

あぁ、またつい逸れてしまって・・・・・・それでは改めて

内なる世界への探求を試みる石仏さん

聖徳太子の石仏

すっと背を伸ばした立ち姿とその澄んだお顔から優しさが伝わってくる。

杖を支えに休む姿とその隣の小さな顔をなくした石仏

休むその姿があまりにもリアルで見つめているとこちらへと視線を返してきそうなほど。

そしてその先には多くの仏が祀ってあった。

波打つように窪みを帯びた岩の下に安置されている石仏群、まるで一つの作品のよう。

知識薄の状態で訪れた日本寺、どうしてこんなにも石仏があるんだろう。
一つ一つ彫師によって丹精を込めて作られた作品たちは座り方も立ち姿も姿勢も様々で、もちろん顔もすべて異なり表情豊か。そこに自然との調和が現れ、苔や木の根をあしらった姿もまた趣がある。

調べてみるとこれらは「東海千五百羅漢」と呼ばれる江戸時代後期に奉納された石仏群で、高雅愚伝禅師の発願で、上総桜井(現在の木更津市)の名工、大野甚五郎英令が1779(安永8)年〜1798(寛政10)年の21年間をかけて、門弟27人とともに生涯をかけて刻まれたもの。風食によってできた洞窟に安置され、今も修繕作業が続けられている。

ちなみに原料となった石材は、地元の金谷石ではなく、海路、伊豆から運ばれた伊豆石とのこと。

参考サイト;東京湾観光情報局


洞窟ごとに名前があり、その案内板には名と共にメッセージが添えられてある。

例えば維摩窟はこのような感じ。

石仏に力と意味を与えるこれらの言葉は見ていて、気持ちが良い。ここが人々に愛されている場所であることを教えられているように感じられるからだ。

階段を上ると道は二手に分かれたのでまずは左へと進もう。岩に開けられた穴を渡るには背を縮める必要があり、そんなちょっとしたことにもつい面白味を覚えて、写真を撮りあう。
それにしても自然に出来た形状とはどうしてこうも創造的な豊かさを与えてくれるんだろう。

階段手前には頭の上に両手をかけてリラックスしている石仏があり、たぁに同じポーズをリクエストしたら素直に応じてくれた。うまく真似してくれたけど、お腹のでっぱりまでは一緒にならないようにお互い気を付けようね。

その上には奥の院無漏窟があり、階段を上っている途中でたぁは言う。

「熱くなってきたからズボン変えたい」

彼は今、春秋用の長ズボンを履いている。熱くなった時のために互いに短パンをリュックに忍ばせている。

「ここで変えればいいじゃん」

ちょうどここには踊り場がある。

「えっ、ここで?」

「うん」

ちょっと気が引けている彼。

どうしてだろう。ここには私たち以外、誰もいないのに。

「神様、すみません」

彼は踊り場の後ろにいる石仏さんに一言伝えてから、ズボンを脱いだ。

あぁ、彼は人の気じゃなくて、ここにいる石仏さんたちを気にしていたのか。

そして彼はパンツ姿になった。

パンツ?

何気なく「ズボンここで変えればいいじゃん」って言ったけど、そうか、ズボンを変えるってことはパンツ姿にならないといけないんだよね。その事実、すっかり忘れていたよ。

ニュージーランド人の彼は長い月をかけて日本の文化と礼儀を重んじるようになった。
石仏さんに対する彼の行動は欧米人にありがちな大雑把さはなく、独自の文化と歴史に礼を持つ素敵な紳士の姿があったと思う。

偉いよ、たぁ。

日本人妻にそそのかされてパンツになったけど・・・・・・その気遣いに気づかないくてごめんね。

そそくさとショートパンツに履き替えたら、階段上におられる奥の院無漏窟を拝見させていただこう。

柵で守られた洞窟の奥にはいくつもの石仏さんが安置されていて、静かなエネルギーが流れていた。




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