ゴリラやサルの研究から見えてくる,身体を同調させる場所づくり─山極壽一 (霊長類学者/京都大学 総長)

京都大学平田晃久研究室と京都の建築学生,新建築社で,建築学生のための拠点づくり「北大路プロジェクト」をスタートさせました.その思考を広げるため,学生によるさまざまな専門家へのインタビューを行い,連載として紹介します.
今回は霊長類学者で京都大学総長の山極寿一さんにお話を伺いました.ゴリラやサルの研究から人間の家族や共同体の起源に迫る山極さんのアプローチと,「北大路プロジェクト」でのコミュニティのあり方を絡めながら議論していきます.インタビューの聞き手は,平田晃久さん(京都大学 准教授),大須賀嵩幸さん,志藤拓巳さん,吉永和真さん(京都大学 平田研究室M2),坂野雅樹さん,関川圭基さん,武田まりのさん(同M1),善岡亮太さん(同研究生). ※所属はインタビュー時.(編)


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目次
●集団の大きさとコミュニケーションの種類
●五感で繋がる身体
●集団のための場をつくるということ


京都大学本部棟にて行われたインタビューの様子.左から志藤さん,山極さん.
撮影:坂野雅樹/平田研究室
※所属はインタビュー時.

集団の大きさとコミュニケーションの種類

──山極さんは長年ゴリラやサルについて研究されていますが,その研究から人間や家族の起源のどのような側面が明らかになってきたのでしょうか.

山極 人間の社会は,「家族」と「共同体」という二重構造から成り立っていて,これは他の動物には見られない特徴です.

「家族」は互いに見返りを求めない集団ですが,「共同体」は何かをもらったらお返しをしなければならない互酬性の関係の上に成り立つ集団で,それぞれ生成原理が異なります.人間だけがこのふたつの集団を両立させることができたのは,他人に共感し,同情する能力が優れていたからでしょう.ゴリラやサルの集団はそれぞれが自分の利益を守りたいという動機から成り立っていますが,人間は相手の気持ちや事情を考えることで,「家族」の枠を超えて「共同体」の利益までをも優先して行動することができます.

また,人間は「家族」や「共同体」に強い帰属意識を持っています.ゴリラやサルは直接顔と顔を突き合わせるコミュニケーションによって集団をつくるので,一度離れると完全に切り離されてしまいます.一方で,人間は頭で結び付いているため,一度離れた集団に帰ってくることが可能となります.他者との差異を認め,さまざまなコミュニティを渡り歩くことができるのも人間だけなのです.

志藤 「北大路プロジェクト」は建築学生のシェアハウスをつくるプロジェクトですが,元もと他人だった人たちが集まって暮らすあり方は「家族」と「共同体」の中間にあるように思えます.この集団が疑似家族的な繋がりを持つことは可能なのでしょうか.

山極 そう思いますね.
人は寝起きを共にするとお互いに無防備な部分をさらすことになりますが,それは他人との信頼を高め,身体を同調させることに繋がるのです.

集団の規模によってコミュニケーションの種類が異なるということがゴリラやサルの観察や人間の脳の研究を通じて分かってきていて,10〜15人くらいの規模ではそういった同調のもとで共鳴し合う集団をつくることができます.つまり,少し前の時代の10数人規模の大家族で暮らしていた頃は,共鳴集団で身体と心をひとつにしていたわけです.そのひとつ上のサイズは30〜50人の集団で,これは誰かがいなくなれば気付くことができ,服装や文化などのモードを共有できるレベルの集団です.学校のひとクラスがまさにそのくらいの人数で,だからこそ先生が全体をコントロールできるのです.

さらにその上は150人くらいの集団で,人類学ではこれが無条件に信頼し合える人の数の上限だと考えられています.移住生活をしていた狩猟採集民は大体この規模の集団で暮らしていて,皆が一致して移動することができました.ところが,現代のマンションやオフィスビルは,人間の集団のサイズを無視し効率重視でつくられているため,人間関係を反映しているとは言いがたいのです.

住まいを考える際には,「家族」と「共同体」というふたつの枠でのコミュニケーションを意識してみるとよいのではないでしょうか.

インタビューの様子.左から平田さん,関川さん.
撮影:坂野雅樹/平田研究室
※所属はインタビュー時.

五感で繋がる身体

──今日,SNSの普及などによって共同体のあり方は変化してきているように思いますが,山極さんは実際に人が集まることにはどのような意味があるとお考えですか.

山極 SNSなどのICT技術はわれわれの生活にかなり入り込んできていて,もはや言葉と同じレベルで手放せないものになっています.
遠くの人と手軽に連絡を取り合うことができるのは魅力的ですが,私たちはそれを身体を使って繋がり合うコミュニケーションと同じものだと錯覚しがちです.

私は,人と会うことによって身体的な繋がりがつくられるのだと思っています.
実際に人と会うことによってつくられるのであり,そのためには何か接着剤となるものが必要となりますが,言葉はもちろん,五感に訴えかけるものすべてが接着剤となり得ます.絵を眺めるでも,耳で音楽を聴くでも,料理を食べて味わうでも,一緒に肌でスポーツをするでもよいのです.

また,五感のうち,共有しづらい感覚である嗅覚,味覚,触覚を共有しようとすることはお互いの信頼関係を育むことにも繋がります.
衣食住はまさにそういった感覚の世界に属する話で,着ることは触覚,食べることは味覚,住むことは五感のすべてで味わえる.それが暮らしの本質というものでしょう.

ただ気を付けておきたいのは,われわれはやはり視覚と聴覚優位の世界を生きていて,SNSは共有しやすい視覚と聴覚の世界を延長することでここまでの広がりを見せているということです.その取り込み方に失敗すると,他の3つの感覚でつくられている信頼を育む空間は崩壊していきます.
今実際に,「家族」や「共同体」は段々と意味をなさなくなってきていますよね.せっかくシェアハウスをつくるのですから,個人的な領域とも言える味覚,嗅覚,触覚の世界を共有する暮らしのあり方を考えてみてほしいですね.


集団のための場をつくるということ

──「北大路プロジェクト」では,シェアハウスであり建築学生の拠点となるような,人が集まる場をつくろうとしています.集団のための場所として,どのような仕掛けをつくることが大切だとお考えですか.

山極 これまで述べてきたように,集団の大きさを考慮し,そこでの五感を用いた体験を誘うような場づくりが重要だと思います.
その点で日本の家屋は参考になる点が多く,食堂が居間になったり,居間が寝室になったり,建具を取り払って大きな広間を用意したりと,人が集まる場所をどう演出するかという考えが随所にちりばめられていました.板張りの床の上に暮らしていたことも興味深く,石やコンクリートの床とは異なり,板張りの床は振動で他人の動きや気配を感じることができます.木の上で眠るゴリラは少し体が揺れるだけで仲間にも振動が伝わるので,皆が共鳴するように眠ります.それとどこか通じるような,誰かと一緒にいるということを意識させてくれる仕組みが日本家屋にはあったのです.

関川 「北大路プロジェクト」でも個室は3畳程度の板の壁を張った簡素なもので,部屋の前を人が通ればその人の音や気配が感じられるようになっています.一方で共有部分は広く,外から来た人たちとの交流の場になることを考えていますが,お話を聞いているとこの家全体が野生のジャングルのような様相を帯びるようにも思えてきます.

山極 ゴリラやサルは気持ちのよい場所や安眠できそうな場所を棲家に選んでいるわけですが,そこには集団の合意が必要です.それは人間も同じで,暮らしの重要な要素である衣食住のうち,衣と食は自分で選べるのに対し,住はいろんな人の合意の上で選ぶという点がおもしろいと思います.

棟上げ式という風習では,家の境界がはっきりとできる前の構造体と屋根だけを付けた段階で餅を撒くわけですが,それは近所の人に家の構造を開陳して見せることでその「共同体」に入っていこうとする行為だったのです.
そもそも家というものはその家の主だけでつくるものではなく,棟梁の指示のもとに屋根や左官の職人たちが知恵を寄せ合って工夫を凝らして建ち上がり,近所の人たちに合意してもらって街並みに溶け込んでいくものでした.しかし今日のマンションはすっかり閉鎖的になり,中で何が起こっているかは想像もできません.そこには住人と,設計する人がいるだけで,それは人びとがつくる家ではないのではないかと思ってしまうのです.

平田 学生たちが自分たちの場を自分の手で設計する「北大路プロジェクト」は,かつて多くの人が介在して家をつくってきたやり方に通じるものがあります.造形だけを無時間的につくるのではなく,ワークショップを開いたりして設計過程の中に時間性を取り込むことのおもしろさは,学生の彼らも感じているところです.ワークショップを開いたり,撤去工事後の様子を見ながら議論していくことで,設計過程の中に時間性を取り込むことを考えています.

山極 議論しながら進めていくやり方は,京都という街に合っていると思います.京都では,異なる業種・ルーツ・熟練度の人たちが自分の分野に誇りを持ちながら,お互いに境界を越えて付き合うことが昔からできている.そんな街の雰囲気を味わいながら,自分たちの取り組みに繋げてほしいですね.どんなものができるか楽しみです.

一同 本日はありがとうございました.
(2017年8月1日,京都大学本部棟にて 文責:平田研究室)




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北大路ハウス
所在地 京都府京都市北区紫竹上梅ノ木町28
最寄駅 地下鉄烏丸線「北大路駅」徒歩10分/市バス「上堀川」下車3分
連絡先 kitaoji.house@japan-architect.co.jp



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