アカシックレコード

「アカシックレコード」は永福町の路地裏にある小さなレコード屋だ。客はほとんどいない。少なくとも客の出入りしているのを見たことがない。日々の売り上げがきちんとあるのかも怪しいところだ。時々ノラ猫が退屈そうに「どれ、たまには顔でも出してやるか」といった風情で、のっそりとドアの隙間から入って行くのが確認できる程度である。いたずらに年季だけは費やしたらしい看板は西日に照らされ、刻まれているはずの屋号はほとんど判読することがかなわない。本当は何を売っている店なのかもわからない。だが「アカシックレコード」という名前で皆が呼ぶので、おそらくはレコード屋なのだろう。よくわからない。

店、というからには店員が最低ひとりはいてしかるべきだが、何しろ人の気配がまったくしないのだ。ひからびた梅干しに粉をまぶしたような老婆がいたという人もいたし、顔中ヒゲだらけにしたヒッピー風のサンダル履きの青年が、昭和時代の雑誌を読みながらあくびをしていたのを見た、という人もいた。その目撃証言は多岐に渡りつつも統一性が決定的に欠落しており、結局誰も「アカシックレコード」の店員が何者であるか、確かに把握できたものはいないのだった。

店に直接行ってみればいいではないかという向きもあるだろう。だが不思議なことに、思い立ってわざわざ店を訪ねた時に限って、「アカシックレコード」は臨時休業しているのが常だった。そして、その風に頼りなく揺れる臨時休業の札の存在によって、この店がまったくの無人でないことがわかるのだった。

この店がいつからあるのか、そしていつまで続くのか。何を売っていて、客はどのくらいあるのか。そもそも何の店なのか。それは誰にもわからない。おそらくあの猫にもわかるまい。「アカシックレコード」は永福町のうらぶれた路地裏にたたずみ、乾いた西日を浴びながらどうやら今日も営業を続けている。

やぶさかではありません!