人魚姫が残った〜テニス全豪オープン2023〜

 年が明けて、冬本番に突入する日本。さぶいさぶいと呪文のように唱えながら、あちーあちーの大合唱響く真夏の南半球、テニスシーズン開幕を告げる1年最初のグランドスラム全豪オープンを眺めるのが我が家の恒例。今年は前半雨が続いたり、涼しい日も多かったようで。

 女子は、アザレンカさんの健闘がうれしかったな。同郷で同じく国旗も国名も出ない国のサバレンカさん、パワーだけじゃない、技も磨いての優勝、お見事でした。準優勝は、もともとロシア人、いまはカザフスタン国籍の「笑わない」美少女リバキナちゃん。ウクライナ侵攻が始まって、まもなく1年。みんな、心から笑える日が一日も早く来ますように。心から願わずにいられない。

 男子。19歳の世界ナンバーワン、アルカラス、去年「やればできる子」全開で久々に大活躍の地元キリオス、ケガで欠場は残念なり。でも、長男チームメドベージェフ、ルブレフ、ハチャノフ、チチパス、ケガや不調から戻ったズべレフ、ベレッティーニ、次男チームはティアフォーにシャポバロフにオジェくんシナーくんルードくんノリーくんコルダくん、末っ子ルーネくん、などなど、気がつけば芋づる式に新星多数。めでたい。

 昨秋のフェデラーの引退で3人となった神々チーム。まずは不屈の燃える闘魂アンディ・マレー。初戦ベレッティーニ戦4時間49分、2回戦コキナシス戦5時間45分、連続フルセットの死闘を勝ち切り、この時点で「もうマレー優勝でよし」。引退を示唆した涙の会見に驚愕したのはちょうど4年前の全豪開幕前。地べたを這うように、それでも空を仰ぐことをあきらめなかった35歳は、現在ランキング61位。3回戦で力尽きるも誇りと悔しさを胸にメルボルン・パークを後にした。「未来を見ている。いまはまだ振り返る時じゃない」。カモン、アンディ。全仏はスキップするかな。ウィンブルドンで、また。

 初めて見たのは2005年の全仏。無尽蔵のスタミナで赤土の上を走りまくり、拾って拾って拾いまくって挙句その体勢からウィナー打てるんかい! と世界中がのけぞったあの夏からまもなく18年。36歳になったラファエル・ナダルは、慢性的な足のケガに悩まされながら去年は全豪全仏を制し、健在をアピール。連覇を目指した今回の全豪だったが、アメリカの伏兵マクドナルドにストレートで敗れ2回戦で姿を消すこととなった。試合途中に故障発生はアンラッキーだったけれど、いままで何度もあったパターン、故障→お休み→復帰→故障前より強くなっててみんなびびる、というのがさすがに厳しくなってきたかも、と思わせる力ない負けっぷり。どちらかと言えばいつも気丈に試合を見守る奥さんのマリアさんが、痛みに顔をしかめ、思うようにプレイできないナダルの姿を見ながらファミリーボックスで思わず涙ぐんでいたのも印象的だった。盟友フェデラーの引退、息子の誕生。深まっていく一方で容赦無く奪っていく人生のショットに、謙虚で努力家のクレイキングはどんなリターンを返すのだろう。連覇、そしてもはや前人未到なんて言葉ではとても表しきれない15回目の優勝が懸かるローランギャロスまで、3ヶ月ちょい。

 たとえばマレーの強さは「つまづいてばっかいた」というところにあって、期待されながらなかなか結果が出せずにもがき苦しんでやっと頂点に立った苦労人なので、再び転がり落ちても、試合中のあのテンションさながら「ざけんなバーロー!!!」と泥だらけでも這い上がる姿をある意味安心して応援し、「またマレーがわあわあひいひい言ってるよ」と見守ることができる。でもフェデラーもそうだったが、ナダルも最初からポテンシャルを遺憾なく発揮し、高いレベルで結果を出し続け、「基本的に優勝ばっかしてきた」人なので、マレーのように下部大会からやり直すみたいなことはできないだろうし想豫できない。私はいまでもナダルが負けると軽くショックを受ける。グランドスラムで90%近い勝率、特に全仏では112勝3敗勝率97%。要するに負けたとこをほとんど見たことないのだ。勝っても負けてもお祭りのレイバーカップを最後の花道に選んだフェデラーはほんとうに賢い人だったとつくづく思う。ナダルはフェデラーほどスタイリストではないので、最後まで戦ってケリをつけると思うけれど、ああ今年の全仏、どうなる、どうなる。

 神々チーム最後のひとりは、フェデラーのように優雅でもなく、ナダルのような力強さもなく、マレーのようにエモーショナルでもなく。でも1年前に石もて追われた大会で、くるしい場面もあったけれど終わってみれば盤石、誰もが納得の戴冠。そして世界ナンバーワンへ返り咲き。ノバク・ジョコビッチ35歳。ワクチン接種拒否により閉ざされたたくさんの扉。それでも恐れずに失うことを選択した人。恋のために声と引き換えに足を手に入れた人魚姫の勇敢さにも似て。おかえりなさい、チャンピオン。

 世相同様、テニス界の1年後もなんて予想しづらい。ともあれ今年も長い長いシーズンが始まった。去るも残るも、生き方であってほしいと願いつつ、みんな元気で、どうか元気で。

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