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第二進化(物理): 文字と文明

 アフリカで生まれて世界各地に広がった言語的人類は、6万年以上もの間、文字を持たずに過ごした。現代でも、文字を読めずに暮らしている人は多い。文字はヒトが生きていくうえで必需品ではないのだ。

 アフリカのサン族の洞窟絵画には、動物の姿を線画のように単純化したものもあるが、文字には発展しなかった。ヨーロッパのラスコー壁画も、文字を生み出してはいない。文字は壁画から生まれたわけではない。

 文字は、今から5000年前にメソポタミア地方で生まれた。なぜか?

 メソポタミア地方は、ゴンドワナ大陸がユーラシア大陸と衝突したあと、両大陸の間の海に土砂がたまって生まれた土地だ。標高図をみると、驚くほどに平坦で水利のよい肥沃な土地が延々と続いていることがはっきりとわかる。南北1000km、東西200~400kmにわたって、丘ひとつない大平原が広がる。

アラビア半島がユーラシア大陸と衝突して、間の海に土砂が堆積してメソポタミアが生まれた。



 この地で農耕が始まったのが、いまから9000年前。なんの防壁もない平原で、豊かな生産力をめぐって権力と支配の抗争を経て、やがて王朝が生まれた。王朝は、ヒトの感覚能力や記憶能力を超える広大な土地を支配するために、個々人の記憶を総合し共有するためのシステムを必要とした。これが文字を発明するにあたっての要求だったのであろう。
 
 文字は、ヒトの認識能力を超えた広大な平原を、時空間を超えて支配しようとする王朝の意思で作り出されたのだ。伝搬距離が限られ、1秒もしないうちに消える音声に比べて、粘土や紙に書き記されて容易には劣化しないところに文字の絶大な力がある。


楔形文字を練習した跡(エルミタージュ美術館所蔵)


 文法は発生も獲得も自然発生的だったが、文字は発生も獲得も人為的だ。つまり、王朝が必要としたから文字は発明されたし、個人が文字列の読み書きを身につけるには学校や塾という教育制度が不可欠なのだ。

 古代は官僚と神官が文字を独占していたので、一般民衆は文字の存在すら知らなかったし、たとえそれを目にしたとしても、音声に復元できなかった。

 

文字が文明を生みだした


 第二進化は文字だ。文字のおかげで音節は消えなくなり、言語情報が時空間を超えて伝達するようになった。それまでヒトの知識は、その人が死ぬと、取り出せなくなったが、文字化されることで、持ち主が死んでも、他の人がアクセスして取り出せるようになった。文字は、先人の知恵を後の世代の読み手に残した。

  こうして文明現象がおきる。僕の定義では、文明とは「文字情報のおかげで、知識や技術が世代を超えて連続的に発展すること」である。先人の知識を受け継ぎ、先人の経験知に学び、先人の到達地点から出発して、改良、発展させることができる。記録された成功や失敗、発見や考察は、後の世代が仮想現実的に自分の記憶にすることができる。こうして知識や技術の急激な発展と進化がおきた。これが文明である。

  今日、文明とは「現代文明」や「文明社会」という言葉で、我々を取り巻いている制度や製品の技術的発展を指す。しかしそれは、制度やモノそれ自体が文明なのではなく、その制度やモノを発明し、改良してきた先人たちの知的営為、学習と努力こそが文明なのである。いわゆる「物質文明」というのは、知的部分を考慮しない物質面だけの議論である。

  あなたは文明を受け継ぎ発展させますか。それとも文明の成果を享受するだけにしますか。今を生きる我々は、どのように文明に関わるのかが問われている。

 


トップ画像は、パキスタンのパンジャブ地方を流れる川。実に豊かな水量である。

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