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カメラを構えずにはいられないたった一つの理由 〜スマホ時代のこの世の中に〜

「なんで一眼レフ持ってるの?」

カメラを初めて手にしてから早2年。一番よく聞かれる質問だ。
そしてこの質問には十中八九このフレーズが付いてくる。

「スマホでも十分綺麗に撮れるのに。」…と。

写真を生業としている写真家やカメラマンならば、まず返すのは簡単だろう。各々の信念こそあれど、究極的には「生きるため」だ。
ファインダー越しの世界を切り取り、「作品」や「商品」として表現することで、対価を受け取っている。

しかし、趣味や副業でカメラを手にしている人は違う。
極端なことを言えば、その人たちにとってカメラとは「無くても生きてはいけるもの」なのだ。

カメラを本格的に勉強するようになってから、沢山の写真家・カメラマンの人と出会ってきたが、写真だけで生活している人はほんの一握りで、多くの人は趣味あるいは副業といった形でカメラを携えている。

では、何故、「カメラが無くても生きてはいける人たち」は、こうもカメラに魅せられるのだろう。

私自身、去年から今年にかけて、それなりの額をカメラ機材に投じてきた。社会人2年目のサラリーマンが1つの趣味に使うにしては、100万円はいささか多すぎる自覚もある笑。

それにも関わらず、今までずっとこの問いに対する明確な答えが得られずにいたのである。

昨年は幸運にも、沢山の撮影機会に恵まれたが、それはあくまで「頼まれた」ものと「その撮影自体に興味・関心があった」ものであって、私がカメラを構える根本的な理由にはなり得なかったように思う。

だが、そうモヤモヤしていた私の心に、きっかけを与えてくれる出来事があった。

SONY α7Ⅲ + Leica Summaron 35mm f3.5

カメラ仲間であるぽんずさんから譲ってもらったミラーレス一眼と、マップカメラで一目惚れしたLeicaのレンズが、私の元へやって来たのだ。

購入に踏み切った動機としてはとても単純で、「万が一の時のサブ機が欲しかったから。そして、軽くて持ち運べればスナップ写真が撮りやすく、勉強になるから。」という、カメラマンならば大多数が同意してくれるだろう、ありふれた理由。

だが、このカメラとレンズとの出会いが、私の写真に対する純粋な気持ちに気づくきっかけをくれた。

このカメラを持ち歩きながら、道を歩く。
景色を眺める。

レンズ越しに見た世界は、とても鮮やかで優しかった。
何故だかわからないが、ただ、美しいと思った。

そこでふと気づいたのだ。

私は、私が生きた世界を、「覚えておきたい」のだと。

今見ている景色の持つ空気、雰囲気。
隣にいる人の表情。
ふと立ち寄った喫茶店で出てきた、湯気の揺らめく一杯の珈琲。

スマートフォンを取り出してシャッターを切る方が遥かに早く、簡単だ。
しかし、「スマホを取り出す」という行為は、どうしたって日常の延長にしかならない。

黒く光り、ともすると無骨とすら言われかねない機体を掲げ、自分の心が揺れ動いた瞬間を、ガラスの瞬きの中に収める。

その一手間が、たまらなく愛おしいのだと。

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M.RYOHTA

こんにちは、カメラ紳士です。
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