おいしい日本酒との出会い

私は当初、日本酒が大嫌いだった。甘ったるくてベタベタして悪酔いする。決定的だったのは、大学入学したての時の歓迎会。日本酒コップ一気飲みをやらされ、当然ながらゲーゲー吐いた。目が回ってグラングラン。「ポン酒」はもう飲まないぞ!と心に決めた。

私が日本酒の旨さに目覚めたのは阪神淡路大震災。当時は真冬。暖がとれなかったため、薪になるものはないかと町中を歩いていたところ、酒蔵が倒壊していた。申し訳ないけれど、薪に使わせてもらえないかとそこにいた人に声をかけた。すると、コンクリートの建物に手招きされた。

薪にしたいなんて言ったから怒って殴られるんじゃないか、とおっかなびっくり入ったら、「ボランティアか?搾りたてを飲ませてやろう」と言われた。その時口にした飲み物に衝撃を受けた。果物ジュースのように豊潤で、それでいて切れもよい。いくら飲んでも飲み飽きしないおいしさ。

こんなうまい飲み物がこの世にあったとは!と、まさしく衝撃を受けた。その人は上司と掛け合ってくれ、薪にしてよい、という了承を得てくれた。さらに小さな小瓶に3本、その搾りたてを分けてくれた。それをボランティアの連中に分けると、みんな目を丸くして驚いた。「なんだこれ!おいしい!」

衝撃の上に衝撃だったのは、こんなうまい飲み物が、大メーカーに桶ごと売られて、混ぜられて、あの不味いお酒になると教えられたこと。なんてもったいない!なんでこんなにおいしいお酒をどうやったらあんなにクソ不味くできるのか?不思議で不思議で仕方なかった。

震災が落ち着いたら、この酒蔵からお酒を買おう!と、被災者やボランティアの間で話していたのだけれど、翌年、倒産したと聞いた。やはり木造酒蔵が倒壊した負担に耐え切れなかったらしい。もうあんなにおいしい飲み物に出会えなくなったのか、ととても残念に思った。

しばらくして、友人が「日本酒を飲もう」と誘ってくれた。その友人にも、被災地に来た時にあのおいしい飲み物を飲んでもらっていた。その時の衝撃が忘れられなくて、友人はおいしい日本酒探しを続けていたらしい。その時出会ったのが、秋鹿の「能勢山田錦」。ちょっぴりスパークリングな酒。

当時、日本酒なんか不味いから飲みたくない!という女性が多かったのだけれど、「これはおいしい」というのがその能勢山田錦だった。特に人気だったのは、やはり秋鹿の「槽口直汲」を2年保冷庫で寝かせたもの。軽く炭酸が入っているがまろやかで、女性も「これならいくらでも飲める!」と大好評。

その後もおいしい日本酒探しを続けていると、いろいろ見つかってきた。上原酒造の「亀亀覇」、滋賀のお酒の「琵琶の舞」、久保田の「万寿」「碧寿」「紅寿」、福禄寿酒造「一白水成」、などなど。

友人が「夏子の酒」という漫画を見つけてきた。それを読んだら、大学の授業で習うよりも日本酒のことが理解できた(先生方に失礼)。当時の日本酒業界の様々な問題も、そのマンガからいろいろ感じ取ることができた。

すごくおいしかったのに、その後不味くなってしまったお酒もある。名前を出すのは控えるが、奈良のそのお酒はクセというクセがないという特徴がある、とても面白くておいしいお酒だった。好んで近所の酒屋から買っていたのだけれど、ある日、味が変わった。味が芳醇になったのだけど、クセが強かった。

その後も買い続けたのだけれど、元のクセのない味に戻らない。酒屋に「何が起きたのか?もう買わない」と言ったら、酒蔵の人が来て、説明してくれた。経営者と杜氏がケンカして、杜氏が辞めてしまったのだという。それで味が変わったのだという説明だった。味が変わったそのタイミングで。

いろんな居酒屋で並ぶようになり、なんならコンビニでも買えるようになった。ああ、灘や伏見の日本酒の大メーカーをマネして、桶買いとかして増量するようになったんだな、と見当がついた。味がすっかり変わってしまったそのお酒は、もう買わなくなった。すると、そのうち見かけなくなってしまった。

もう一つ、今の職場に移ってから「岩手のこの酒がうまい」と教えられたものがあった。1瓶2400円と安くはないが、確かにうまい!友人にも「これおいしいよ!」と勧めていたら、そのうち評判になった。それと同時に不味くなった。不味くなったと思ったら、コンビニでも売られるようになった。

おいしいお酒で評判をとり、販路を広げて大量販売。だけど桶買いなどして酒を混ぜたりするから不味くなる。奈良と岩手のそのお酒は、そうしたルートをたどってしまったらしい。私はどちらも買わなくなった。そのうち、あまり見かけなくなってしまった。

日本酒は本来、とてもおいしい飲み物。だけど、混ぜると不味くなる。どの瓶を飲んでも同じ味になるようにするには、「不味い味」に合わせて味を調整することになるためらしい。当時は、大メーカーのやり方が正解だと思われていたので、そのやり方を踏襲してしまったのだろう。

今も生き残る日本酒メーカーは、日本酒は特定の銘柄を大量生産するのに向かない飲み物なのだ、ということを知っているし、何より、おいしい日本酒を知っている消費者も、大量生産に向かないことを理解している人が増えた。

三重県にもおいしいお酒がたくさん増えた。ただ、日本酒用に冷蔵庫を備えていない酒屋からは買わないようにしている。スーパーなどで並んでいる銘柄は、大量生産品の可能性が高いので、私は手を出さないようにしている。日本酒用の冷蔵庫を備えている酒屋で買うと、失敗が少ない。

私は自分でもよくわからないのだけれど、醸造アルコール入りが苦手。飲むと胃に届いた時に「どすん」ときて、「あ、悪酔いするタイプだ」と分かる。ポン酒一気飲みさせられた時に体が醸造アルコールを嫌うようになったのだろうか?ともかく悪酔いすることが多いので苦手。

そのことを言うと、醸造アルコールを製造しているメーカーの方から「そんなはずはない、純粋なアルコールだから、悪酔いするはずがない」と言われた。その人の言うことはその通りなのだろうけれど、なぜか悪酔いすることが多く、胃に「どすん」と来るのでわかる。後でラベルを見ると「やはり」となる。

でもたまに、体に合うことがある。久保田の「千寿」は醸造アルコール入りだけどおいしいと評判のお酒。でも私は苦手なことがほとんど。ところがある時に飲んだ「千寿」は「どすん」がこない。珍しいな、と思って聞いたら、1年ほど部屋の隅でほったらかしにしていたらしい。

そういう珍しいことはあるのだけれど、8,9割がた、醸造アルコール入りは私は合わないので、飲まないことにしている。ただし、口当たりがよいので、私も味は好き。お酒に強い人は醸造アルコール入りもおすすめ。あくまで私個人は酒に弱くて苦手、というだけなのでその点はご注意いただきたい。

出張に行くと、聞いたことのない銘柄のお酒を買って、家でたまに試飲するのが楽しみ。でも、お酒にめっぽう弱いので、お猪口1杯が精いっぱい。だからなかなかなくならない。毎日飲まず、たまにだから余計に減らない。そんな飲み方だから、ともかくおいしいお酒が飲みたい。量を飲めないから。

三重に来て、「お酒の弱い人たちによる日本酒愛好会」に誘ってもらって、時折参加している。お酒に弱い人ばかりなので、みんな自分のペースで、手酌で飲むのがお約束。メンバーに一人二人、大酒飲みがいて、残ったお酒を持ち帰ってみんな平らげてくれる。弱い人は種類を飲める。ウィンウィン。

いろんなおいしい日本酒に出会ったけれど、阪神淡路大震災で出会ったあのお酒に匹敵するものにまだ出会えていない。でも、あの出会いがあったから、日本酒はとてもおいしい飲み物だと知ることができた。感謝にたえない。

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