部下のパフォーマンスを落とす関係性、部下のパフォーマンスを最大化する関係性

関係性から考えるものの見方(社会構成主義)、たぶん第13弾。
賢すぎる人(自分の賢さを隠そうとしない人)のもとではなぜか人が育たない。そのリーダーの能力以下の人間ばかりになる。そして「うちには人材がいない」と嘆くことになる。なぜそうなるだろうのか?

「上司の下手ゴルフ」をイメージするとわかりやすいかもしれない。上司がゴルフに自信満々だった場合、部下はそれより上手いところを見せるわけにいかないと考える。「どうだ!」と自慢する上司に「とてもかないません」とお上手を言い、上司に勝たないように気をつけてプレーする。

孔明は不世出の天才として評価されることが多い。しかし天才だったからこそ、蜀から人材を消してしまったように思う。
蜀を攻めた時、劉備は「こんなにも人材がいるとは」と驚いている。しかし劉備が死に、孔明が国を仕切るようになると、孔明は「人材がいない」と嘆くようになった。

孔明が蜀から人材を消してしまった原因と思われる事件がある。「泣いて馬謖を斬る」事件。孔明は馬謖の才能を愛し、自分の後継者として育てようと考えていた。
馬謖にある場所を攻めさせようとした時、孔明は「山の上に陣地を築いてはならぬ」と口酸っぱく注意した。

馬謖はそれが面白くなかったらしい。自分を買ってくれてるという割には細かく指示をされたことに反発し、逆に山上に陣地を築いた。すると敵軍に囲まれ、ふもとの水源に近寄れなくなった。水を飲めなくなった軍は戦えなくなり、大敗した。孔明は命令違反した馬謖を斬らざるを得なくなった。

もし孔明が馬謖に細々と指示を出すのではなく、「この山上に陣地を築いたらどうなると思う?」と問いかけていたら、結果は全然違っていたのではないか。馬謖が優秀ならば、水源を敵に押さえられたら終わりだと気づいたろう。もし気づかなくても「水源はどこだろう?」と問いかければよいこと。

そうして本人に考えさせ、本人が自分の力で気づいたと思わせ、自分からどうした方がよいかを提案させる。そうすれば馬謖は自分のアイディアだから喜んでその通りにしただろう。孔明が全部指示したから、馬謖は反発したくなったのだろう。しかし馬謖が斬られたこんな件があったら。

部下は「指示に従わなければ斬られるんだ」と考えずにはいられないだろう。以後、孔明が指示を出したら、その通りに動く指示待ち人間ばかりになってしまうだろう。
実際、そのことが窺えるエピソードが残っている。ライバルの司馬懿のもとに孔明から使いが来た。司馬懿は孔明の様子を尋ねた。すると。

「小さな刑まで部下任せにせず、全部自分で決裁されておられます」としゃべった。部下に任せればよさそうなことまで孔明は事細かく指示を出さざるを得なくなっていた。
指示通りにしなければ罰する。しかも指示が細かい。こうなると指示に従うのに必死で、自分の頭で考える余裕はなくなるだろう。

孔明は、自分が一番賢いと思っていたのだろう。そして部下の賢さを疑っていたのだろう。自分の判断が最善だと考えていたから、そして部下にその通りにさせるのが最善だと考えていたから事細かく指示を出し、その通りにさせたのだろう。しかしこれでは部下は自分で考えなくなる。

考えなくなれば工夫はしなくなり、工夫しなければ臨機応変の能力は失われる。考えることはみんな孔明にお任せの「アウトソーシング」になり、部下は能力を低下させてしまう。「自分が一番賢い」という「関係性」で接したから、部下は「能力を示さない」という反応になったのだろう。

他方、孔明の主君だった劉備はどうだったか。劉備は孔明のような知略はない。なのに孔明の上に立ち、しかも孔明は心から劉備に心服していた。劉備は関羽や張飛、趙雲のような武芸はない。なのにこれら豪傑たちは劉備に心から心服していた。なぜなのか?劉備は、部下の能力に心から驚いたからだろう。

それを窺わせるエピソードが横山光輝「三国志」で描かれている。曹操軍百万に囲まれた時、趙雲は任されていた劉備の奥方と子どもを見失った。なんとか見つけた時、奥方は深手を負い、逃げるにしても足手まといだと自分から井戸に飛び込んで自殺した。
趙雲は赤子を抱いて大軍を突っ切り、逃げのびた。

趙雲は劉備に赤ん坊を渡した。ここで劉備は、自分の妻を守りきれなかったことを理由に趙雲を責めることもできた。何なら罰することも可能だったろう。息子の無事をひたすら喜び、趙雲をさっさと下がらせることもできた。しかし劉備のとった次の行動は。

自分の息子をさっさと別の部下に預け、趙雲に「危険な目にあわせて済まなかった」と謝ることだった。「お前を失ってしまったら、私はどうすればよいのだろう」と。趙雲を責めるどころか、自分の身をひたすら案じてくれた。そのことに趙雲は感激し、以後、獅子奮迅の活躍を続ける。

劉備は、「私の至らぬところを埋めてくれてありがとう」という関係性で部下に臨んだ。部下が少し活躍を見せただけで劉備は驚き、喜んだ。部下はそれが嬉しくて、もっと劉備のために働こうと考えるように。劉備は部下が能動的に動いてくれたことに驚き、喜ぶという関係性で部下に臨んだ。

そういう関係性で臨むと、劉備よりはるかに能力の高かった孔明や豪傑たちが心服し、それぞれが自分の頭で必死に、劉備のためになることは何かを考え、行動した。劉備は、自分の至らなさを隠さず、むしろ部下に積極的に補ってもらい、それに驚くという形で部下の力を引き出した。

優れたリーダーのことをアジアでは「器が大きい」という。器の内側は空虚。その空虚を部下に埋めてもらう。優れた才能たちでその空虚を埋める。だから「器」といい、特に優れた部下たちを動かすリーダーを「大器」と呼んだのだろう。空虚が部下の活躍の余地を生んだのだろう。

リーダーとして優れるには、逆説的だが賢すぎてはいけないのだろう。むしろ「抜けている」方がよい。そして抜けた部分を部下が補ってくれた時「よく気づいてくれた!よく埋めてくれた!」と、その奇跡に驚き、喜ぶとよいのだろう。すると部下は上司の抜けてるところを常に埋めようと企む。

また驚いてくれると思うから。喜んでくれると思うから。
大山巌は若い頃、才気煥発な切れ者だった。しかし人の上に立つようになってからはヌーボーとした風貌をまとうようになり、部下のパフォーマンスに驚くように。「おかげで私は何もしなくてもことが進む」と喜んだ。

しかし大山は何もしていないのではない。部下の承認欲求を満たすという、人の上に立つ人間にしかできないことを完全にこなしていた。それが嬉しいから部下はイキイキと活躍した。
これを賢い上司は提供できない。自分の賢さを誇る上司は、部下の考えがみな甘く見える。自分の答えが最善と信じる。

それが部下に伝わるから部下は考えることがバカらしくなる。どうせ何を言っても「俺の案の方が」と言うのだろう、だったら提案するのもバカらしい、考えるのももったいない、上司の言うままに動いた方が気が楽だ、になってしまう。

下手に上司の思考不足を補ったら、上司は自分がバカにされた気分になって嫌がるだろう。だとしたら上司の案がダメだと分かっていてもロボットのように従った方がマシ、となる。賢い(つもりの)上司を担ぐ集団は、上司の能力以下でしか動かなくなる。

しかし自分のいたらなさを自覚し、部下がそれを補ってくれることに驚き、喜ぶ上司なら、その上司の能力を超えるパフォーマンスを部下たちが発揮する。集団全体の能力は、上司が自分の抜けてるところ、「空虚」を示し、それを部下に埋めてもらうとき、最大化するのだろう。

部下が工夫し、努力し、苦労をいとわない様子に驚き、喜ぶという関係性を示した時、その集団のパフォーマンスは最大化する。上司の見せる関係性いかんで、その集団の能力が決まってしまうのだろう。

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