食料がふんだんだったのは石油が安かったから

化学肥料と化学農薬の使用を減らそう、という、農水省のみどり戦略は、石油が利用できなくなる時代を見据えたものだと思う。
これまで化学肥料や化学農薬をふんだんに利用できたのは、石油が安かったから。しかし石油が高騰し、使いにくくなったら、化学肥料も化学農薬も作りにくくなる。

石油の埋蔵量自体はまだまだたくさんある。2020年の石油消費量の50年分あるという試算もある。それだけあればまだまだ大丈夫な気がする。しかしこれは少しカラクリがある。埋蔵量のうち、エネルギーとして役に立つ量がいくらあるのかハッキリしない点だ。

石油を採るために、それ以上のエネルギーを費やしては意味がない。採掘に必要なエネルギー以上に石油が取れなければ意味がない。採算ラインは3倍だという。採掘エネルギーの3倍の石油が採れないと、ガソリンなどに加工するエネルギーも確保できなくなり、エネルギー的に赤字になってしまうからだ。

かつては採掘エネルギーの200倍採れていた石油は、今や10倍を切ることも多いという。採掘の効率(EROI)はますます悪化し、やがて「石油を掘れば掘るほどエネルギーを失う」ようになってしまう。エネルギー的に赤字になるなら、掘るだけ損になる。そんな時代がいよいよ見えてきた。

ほんの数年前まで、シェール革命で当面石油枯渇の心配はなくなる、シェールでもダメなら新たな技術が解決するだろう、と楽観論が強かったのに、ここ数年、急に吹き飛んでしまい、脱炭素に後ろ向きだった中国やアメリカまで脱炭素に一気にカジを切った。世界が一気に。これはなぜなのか?

恐らく、世界の首脳たちは、石油がエネルギーとして使えなくなる時代が見え始めたことに気がついたのだろう。石油を掘れば掘るほどエネルギーを失う時代。石油がエネルギーとして使える前提の社会を続けたら、経済が突然死する恐れがあることを、世界の首脳たちが気づいたのだろう。

安い石油の時代が終われば、化学肥料や化学農薬をバンバン使うことは難しくなる。化学肥料や化学農薬が安く使える時代も、それとともに終焉する。そうなると、安価な化学肥料・化学農薬が使える前提の農業も、突然死する恐れがある。

みどり戦略は、そうした恐ろしいシナリオを、前向きな「環境対策のため」という表現にボカしたものであろうと推測する。なにせ、みどり戦略は、事前にそうした声の高まりも何もなかったのに突然現れた。世界の脱炭素への急激な舵切りと同時に現れた。恐らく、本音は石油がもう採れない、から来ている。

世界の食料生産の現状を見ると、化学肥料・化学農薬をやめるわけにいかない。特に化学肥料はなかなかやめられないだろう。今でこそヨーロッパは食料輸出をしているが、戦前はひどかった。食料が慢性的に不足し、アメリカなどから輸入しないとやっていけなかった。

ナチスがソ連に攻め入った大きな理由が、現在のウクライナに広がる黒土地帯を手に入れたい、というもの。ドイツは食料が慢性的に不足し、豊かな土壌である黒土地帯を手に入れたかったようだ。そのくらい、ヨーロッパは食料生産に苦しんでいた。

それだけ食料生産が貧弱だったヨーロッパが、軒並み食料自給率を向上させ、輸出するまでになったのは、化学肥料のおかげ。狭い面積でも大量の食料を生産できるようになった。これは画期的なことだった。有機農業しかなかった時代にはこうはいかなかった。肥料が決定的に不足していたからだ。

現在の有機農業は、化学肥料での栽培に負けないくらいの生産量を作ることも可能。ただしそれが可能なのは、ふんだんに有機肥料が手に入るからだ。もし農家全員が有機農業になれば、有機肥料は足りなくなる。あふれかえる有機肥料は、化学肥料で余分な食料や飼料を作ることで生まれる。

世界の人口を養い続けるには、化学肥料を一定量使い続ける必要があるだろう。それによって余分な食料や飼料を生産し、有機農業を支える、という構図が必要となる。化学肥料に頼らない有機農業を広げることで、肥料のムダを減らすことが大切だが、有機農業を支えるには化学肥料が一定量必要。

しかし、石油をエネルギーとして利用できない時代に入ると、化学肥料を製造することは難しくなりかねない。化学肥料のうち窒素肥料は、石油ではなく天然ガスや石炭のエネルギーで製造しているのだけど、石油エネルギーに頼れなくなると、しわ寄せがこれらのエネルギーにも押し寄せるだろう。

石油は、ガソリンやナフサ、プラスチックなどに加工する際に「コンビナート」という複雑な一大加工体系を通過する。莫大な量の石油をコンビナートで処理するから、安価に様々な化学品を製造することができた。石油がエネルギーとして役に立たなくなると、コンビナートは機能しなくなる。

その時、私達は今の技術体系を維持できるだろうか?様々な製品が石油を原料として製造されている。石油が利用しづらくなったとき、石油を前提とした生態系が一気に崩壊する恐れがある。化学肥料も、一緒に巻き添えになって生産が難しくなりかねない。少なくとも高価になる恐れがある。

みどり戦略は、石油に依存した技術生態系を、まだしも石油がエネルギーとして採れている今のうちに生態系を組み替えようとする試みだろう。あまり時間は残されていない恐れがある。必死になって生態系のシフトを急ぐ必要がある。

ここで重要なのは、生態系の組み替えのさい、仕事を失う人が出てくることだ。化学肥料メーカーは次の商売をどうしたらよいのか?シフトする時間的猶予も必要。改革は、人が生きていくためにするものなのだから、人を見捨ててはいけない。

これからは、有機農業を強化することで肥料のリサイクルを強めると同時に、それでは不足する食料・飼料・肥料を、化学肥料による食料生産で補う、という相互補完的な体系を作っていく必要がある。有機農業と、化学肥料を使用する慣行農業が手を取り合い、協力し合う必要がある。

農業は、人を飢えさせず、地球も壊さず、という2条件を成立させる隘路を狙っていくことが求められる。誰も飢えずに済む社会を、手を取り合って作って行けたらと願う。

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