我慢の時間帯:日本がとるべき安全保障政策

はじめに

NATOと日本(韓国・オーストラリア・ニュージーランド)という「インド・太平洋諸国」との関係強化に関する「米国平和研究所(United States Institute of Peace)」のレポートが出たので、ざっと読んだ。レポートのサマリーによれば、ウクライナに侵攻したロシアと、NATOによる中国に対する安全保障上の意識の高まり、そして米中の戦略的競合による国際政治システムの構造変化というコンテクストを背景にして、NATO諸国とインド・太平洋諸国の関係強化局面にあるという。

さて、私は日本(韓国・オーストラリア・ニュージーランド)がNATOとの関係を強化すべきとは思わない。日本にとって、NATOとの接近は中露をさらに接近させ、地域の安全保障環境に悪影響をもたらすと思う。NATO側ではフランスが、NATOの連絡事務所の日本への設置に反対したし、報じられるところによれば日本外務省もそうした動きに反対であったということなので、心配はしていない。

とはいえ、ではどうすべきか。このnoteの記事では、対中国を念頭に、日本の安全保障政策のあるべき方向性について論じてみたい。

NATOと日本の関係強化は望ましくない

まず、私が日本とNATOとの関係強化を望ましくないとする理由として、日本(アジア・太平洋諸国)がNATOと関係を強化すれば、NATOと敵対関係にあるロシアは更に中国に接近することになり、NATO・日本・韓国 VS ロシア・中国という対立関係が固定化する。日本からすれば、中国との敵対関係が固定するだろう。

さらに、日本がNATOと連携を深めたところで、日本の安全保障環境が改善するとは思われない。英仏は遠く離れており、例えば台湾有事の際に実質的な抑止力として機能すると思われない。

従って、NATOとの関係強化は、中露を接近させ、日本の中露との関係を悪化させることで、地域の安全保障環境だけは悪化させる。

さらに、中国が直近で台湾有事を引き起こす恐れはほぼない。従って、予防戦争シナリオは現実的ではない。垂秀夫・前駐中国大使は言う。「台湾海峡の軍事バランスは中国に有利な方向に進んでいます。中国の立場から見れば、今年より来年、来年より再来年、もっと有利になっていく」「待てば待つほど有利ですから、すぐに何かをする理由があまりない」。ならば、日本は中国をいたずらに刺激すべきではない。

もっといえば、中国が本当に予防戦争を仕掛けてくる兆候があるならば、それを抑止するために残された道は、遠く離れたNATO諸国との関係強化ではなく、核武装でしかない。

日本のとるべき対中国・安全保障政策とは


もちろん、核武装は現状では極論である。では、日本のとるべき対中国・安全保障政策とは何か。私の考えでは、「我慢」による「台湾・国民党を通じた中国共産党の政治体制転換」である。中国の体制転換は、現状では荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、実はその見込みは確かにある。以下のような理由による。

①習近平の個人独裁体制は、上意下達の過程での「情報の歪曲」問題から統治効率が低い。

②単純に老衰という要因から、習近平体制は中期的(10年後~)に転換期を迎える。ポスト習近平をめぐる中共内部の政治闘争は、地域の安全保障環境を深刻に脅かす要因になりうるだろうが、同時に、ポスト習近平体制は、意外と日韓台に宥和的な存在になるかもしれない。

③経済が失速し、社会問題が深刻化するならば、中国が日本との関係改善を求めてくる可能性はある。

④更に、組織化された野党と中国共産党との間で、複数政党制に基づく(限定された)競争選挙を実施した方が、個人独裁体制より統治効率が高いと考えられるため、ポスト習近平体制はそうした複数政党・競争選挙制へと舵を切る可能性もある。

⑤そして、かつてのメキシコや台湾がそうであったように、複数政党制+限定された競争選挙という制度的組み合わせの下では、中長期的に選挙を通じた政権交代が実現する可能性が極めて高いと予測できる。

⑥中国が選挙を通じた政権交代が可能となる国家となれば、中国と台湾の間に戦争が勃発する可能性は大きく下がる。国際政治学の一つの「法則」として、経験的に、民主主義国家どうしの間で戦争はほぼ起きない(「民主主義の平和論democratic peace」)

⑦そもそも中国が「複数政党に基づく選挙制」への体制変動を達成できれば、例えば連邦国家の形成などを通じた、台湾と中国との政治的な統一を実現できる可能性が長期的には生まれてくる。その場合には、中台関係の安定が見込めるため、東アジア情勢はかなり安定するだろう。その状態は、日本にとって大きな利益となる。

実際、佐々木れな氏のツイートを見ると、中国系アメリカ人の研究者は、そういう方向で考えているのかな?と思われる。台湾の国民党を通じた中国の体制変動という路線は、現実的であるし、実現すれば日本にとって、世界にとって利益が大きいと思われる。

⑧また、選挙を通じて有権者の選好に反応しなければならない状況となれば、少なくとも中長期的には、中国の指導者といえども、「大砲か、バターか」の選択において、無際限に大砲を選択するのは難しくなる。選挙にさらされる政治家が内政に手一杯となるなら、東アジアは安全になると思えます。

この「大砲か、バターか」論に対しては、「アメリカという国家が、第二次世界大戦以降、大国としてどれだけの戦争をひきおこしてきたかを考えれば、選挙がブレーキになるとは考えづらい」というご批判もいただいた。しかし私としては、建国以来「選挙制」をとるアメリカは本来的に孤立主義への志向が強く、第二次世界大戦後のアメリカは確かに世界中に勢力を扶植しましたが、それは共産主義の脅威から資本主義を守るためだった。確かに冷戦終結後のアメリカでは「世界の警察」「民主化支援」などの傲慢な振舞いが目立ちましたが、今やアメリカは内向きの論理を強めている。このことは、やはり選挙制の下では「大砲かバターか」の選択においては、バターを選択するよう圧力がかかるということではないではないか。だとすれば中国にも同じ圧力がかかり、少なくとも無際限な軍備拡張は難しくなると思える。

さらに、競争選挙をするようになった中国は、さらに不安定になるという懸念があるというご意見も頂いた。確かに暴走の危険はある。ただ、私としては、個人独裁体制の権力継承の際に中共内で起きるであろう権力闘争・派閥闘争の方が怖い。他方、野党側がしっかり組織化されていれば、選挙による扇動のリスクはそれほど高くない。与野党共に執行部は基本的に保守的かつ現状維持政策を志向すると予測できる。

まとめ:何をなすべきか


結局のところ、台湾の体制変動を準備した蔣経国みたいな指導者が、ポスト習近平の中国に出てくれば、日本と東アジアは安定するということである。

問題は、日本から中国に働きかけても全て逆効果だろうということである。
ましてや、NATOとの関係強化などはあり得ない。①軍事的に日本の安全に資すると考えられないし、②中国との関係は悪化するし、③中台関係にも跳ね返って中台関係は悪化するだろうし、④中国の政治体制変動の可能性も大きく低下するし、⑤中露がさらに接近して、⑥ヨーロッパの戦争に東アジアが連動して、あるいは東アジアの戦争にヨーロッパが連動するようになって第三次世界大戦勃発の可能性は高まる。本当に、いいところが全くない。

もちろん、日本外務省はやらないと見込んでいるので、安心していられるのだが。

最後に、まとめ。日本は対中国・対台湾でどのような外交姿勢を取るべきか。私としては、「現状維持に徹し、中国を刺激しないために台湾防衛に深入りせず、可能な限り中国とは良好な関係を保ちつつ、時間が経って、ポスト習近平時代に現実化するだろう中国の体制変動のチャンスを待つ」となる。

ポスト習近平を見据えてしばらく見守るしかなく、日本にとって、待ちの時間、忍耐の時間となる。頑張りましょう。



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