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善、正しいとは何か?

皆さんは「自分の考えは正しい」と思うから投稿をしているのでしょう? では「正しいとは何ですか?」「正しいとはどのような意味なのですか?」と聞かれたら、誰か答えられますか? 誰も答えることはできないでしょう。

つまり私たちは「正しい」の意味を本当は知らないのです。正しいの意味を知らずに「自分の考えは正しい」と思って投稿をしているのです。これはやはり矛盾と言えるのではないでしょうか。

ですから私たちはまず「正しいとは何か?」を知らなければ何も始まらないのです。勿論、ここでは「正しい」とは科学的、数学的な正しいではなく、「道徳的に正しい」を「正しい」と言っています。つまり科学的、数学的問題ではなく、社会的問題について「正しい」と言うことです。そして問題ですから答えは付き物です。ですから私たちが一般的に言う「正しい」とは「正しい(答え、結論)」と言うことなのです。

「(道徳的に)正しい」を「善」と言います。それではその「善、(道徳的に)正しい」の意味を探究してみましょう。善、正しいとは何かを選択することです。「これが善い、こちらが正しい(答え、結論である)」と選択することです。それでは次に「何故それが善い、正しいと選択できるのか?」と考えてみましょう。それは何かの目的、根拠があり、それと合致するから「これが善い、こちらが正しい」と選択するのです。

つまり善い、正しいと選択できるのは何かの目的があり、それに適う、合致するから「これが善い、正しい」と言えるのです。では私たちが善い、正しいと選択する目的とはいったい何でしょうか。何を目的として「これが善い(答えである)」と選択しているのでしょうか? 勿論それがみんなにとって最も価値があり、一番みんなの為になるから、それに合致するものを「善い、正しい(答え、結論)」として選ぶのです。つまり「みんなの為」と言う目的があってその目的に適う、合致するから「これが一番善い、正しい(答え)」と選択するのです。

つまり「善、正しい」とは「みんなの為」になる、適うから、と言うことなのです。つまり皆さんが何となく使っている「善、正しい」の意味は「最もみんなの為になる、適うから」と言うことです。正しい政治とはみんなの為になる政治です。正しい行いとはみんなの為になる行いです。このように(道徳的に)正しいとは「みんなの為になること」だったのです。

あなたが「自分の考えは正しい」と考えた時、その意味は「自分の考えはみんなの為になる、だから正しい」と言う事なのです。「あの人の行いは正しい」の意味は「あの人の行いはみんなの為になる、だから正しい」と言うことです。

皆さん、これでやっと「善、正しいとは何か?」が理解できたのです。「これが善い、これが正しい」と選択するのは「みんなの為」と言う最高の目的があり、その目的に適う、合致するから「これが善い、これが正しい」と私たちは選択しているのです。つまり善、正しいとは「みんなの為になる事」だったのです。つまり善の定義は「みんなの為になる事」、悪の定義は「みんなの為にならない事」となるのです。これで善悪の定義が出来たのです。

私たちは潜在意識的には「善、正しい」とは何を知っているのです。ですからほとんどの皆さんは共通して「世界が平和でみんなが幸せであればいいのに」と考えます。私たちの最高の目的は「みんなの安心・幸せ」であり、この目的に適う、合致することを「正しい、善である」と感じているのです。つまり善とは本能的なものであり、その本能的善を基にして私たちは理性で法律やルールを作っているのです。

善、正しいとは何か?とは善、正しいの本当に意味とは何か?ということなのです。ですから善、正しいの意味は「みんなの為になる事」です。「みんなの為」になる、適うことがすべて正しい(答え)と言うことなのです。何故ならば「みんなの為にならない答え」など正しい答えとは言えないからです。正しい答えは常に「みんなの為」になる、適う、合致する答なのです。つまりこの「みんなの為」こそが絶対善なのです。絶対善である「みんなの為」に合致する答は当然に正しいと言えるのです。




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