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レシート

鞄の中からスーパーで買い物したときのレシートが出てきました。
このスーパーでこの金額の買い物することないけどな、そう思い、何を買ったか見てみたのですよ。
思い出しました。

私を爆死させたあの方が流行り病に冒されたことがありましてね。
症状発症したその日、私は労働をしておりまして。夕方を過ぎた頃ですかね。LINEがありましてね。
文字ではなく、ボイスで。文字を打つのも一苦労とのことで。
か細く震える声。今でも覚えております。力の無い、弱々しい、消えてしまいそうな声。

食べ物や飲み物を買ってきてほしい。大変申し訳ないけれども、と。

休憩中に解熱剤もドラッグストアに買いに行きまして。
数日分の食料と飲料。お粥、ゼリー、うどん。スポーツドリンク。数千円分。

23時。労働が終わり、急いで向かう。あの方の家に23時10分までには着く。
直接手渡すことは避けて、玄関のドアに掛けてほしい。
私はドアノブに買ってきた物を掛け、玄関ドアをノックして階段をかけ下り、マンションの前の道路の向こう側へ渡る。あの方が窓を開ければ、姿が見える位置に立つ。

通話。窓が開く。顔が見える。泣いている。
号泣して嗚咽しながら通話。そんなに泣くほどしんどいのかと思い、訊ねてみるとそれだけではないようで。

「もう来ないのかと思った。我のことなど忘れて帰ってしまったのだと思うた」
そうおっしゃりながら号泣。そんなわけないでしょ、と私。いつもより急いで来たつもりでしたが。時間かかりましたかね、ごめんよ。
「たったの10分が何時間にも感じた。たぶんしんどいせいで。もう来てくれないんじゃないか、我のことなんてどうでもいいから帰ったのかなって。悲しかった」

「来るさ。大丈夫」

「そうだよね。ありがとう。買い物もしてきてくれてありがとう。いっぱい入ってる。ありがとう。さっき、これを取るのに玄関のドアを開けただろう?そしたら、貴様の匂いがした。目の前にいると思うぐらい、貴様の匂いが残ってた。抱き締めたいよ」

「じゃあ、早く元気にならなあきまへんなぁ」

「そうでんなぁ」

そんな日のことを思い出した。レシート1枚。

あの方はもう忘れているでしょうね。だって、私とのことを思い出したくもないのですもの。私とのことを嫌っているのですもの。

数千円の支払いをしたレシート。大事に持っておく。

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