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鬱の闇に吸い込まれそうになった私を浮上させてくれたのは小3女子とドラえもん。

愛媛県松山市にある小さな港町三津浜。
商店街から一本南の筋にひっそりと佇む茶舗。
そこは世界旅行が好きで、行った国々の珍な雑貨を買ってきては販売している店だけではなく、当たると評判のタロット占いで、保健室に駆け込んできた人たちの心の何がしを癒したり、その日の気分のスパイスで作るチャイを提供してみたり、唯一無二の洋服を作ってみたり、近所の子供らに懇願され駄菓子も売っている、コンセプトゼロの雑貨屋である。
そのコンセプトゼロの雑貨屋は、夕方になると西から東から子供たちがわちゃわちゃと集い始める。

三津浜商店街入り口には『三津浜商店街の風神雷神』と比喩されるお店がある。
「餃子のぶ」とイタリア料理店「FLOR」だ。
強烈な人柄&人格は天上天下唯我独尊であり、餃子の美味さ、パスタやピザやジェラートの絶品さは尊敬に値するほかない。

ある日、風神・のぶさんに
「中居君主演の『私は貝になりたい』をぜひみて欲しい!これ絶対見て!」と何の話の続きでこうなったかわからないが、25年前の映画を勧められた。
そんなに熱望するならと次の日、昼の日なかからiPad越しに『私は貝になりたい』を観た。


私も貝になりたなったやん…。

…。
…。
…。

悲痛がすぎる…。
そしてこんな出来事は(もしくはもっと酷い出来事が)戦前戦中戦後には嵐の海の如く溢れ、しかも知り得ることは氷山の一角なのであろうことに、映画鑑賞後の私の心は鬱の闇に真っ逆さまに吸い込まれていった。

もう無理だわ…
今日は何もできない…。
ご飯を食べる気力さえもない…。
もう寝る…。
のぶめ!なんちゅう映画を勧めてきたんじゃ…(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

まだ星も月もでていない、しかし心は家路に向かう空の色の頃、私は着の身着のままで布団に潜り込み、ちくちく痛む心を寝かしつけようとした。

するとっ‼︎
するとっ‼︎
するとだねっ‼︎

「キャンベルー!お母さんがいいって言ったから遊びに来たー‼︎あそぼー」つって。つって。
茶舗(チャポ)の駄菓子部門のお得意さま・こっちゃんが元気な声張りあげて2階にドカドカあがってきた。
18時の出来事。

小学一年の時から茶舗(チャポ)に通う、40歳年下のこっちゃん。
40も年が離れているとはいえ彼女から教えられることがこれまでにどれくらいあったろうか。彼女との会話の中で私は何度膝から崩れ落ち、心の反省文を幾度書いたことかしれない。
例えばある日。
300yenのお小遣いを持って駄菓子を買いに来たこっちゃん。
買いたいものを買った後、男の子が数人やって来て、「これ買いたいけどお金がもうないから買えないや…」と呟くと「どれが欲しいん?それ?私が買うてるからあげよ。」
またある日は、「地球グミ!2個買ったから一個あげる。」という風に、自分が食べたくって買ったものを惜しげもなくポイポイあげる。
私は彼女に問うたのだ。
「なんでそんなに買ったお菓子をあげれるん?しかも何回もやん。」
彼女はキョトンとした顔で答えた。
「つうか、なんであげんの?」
そんなこっちゃんは毎回お釣りが出るように買い、そのお釣りをイヌネコ保護募金の中に入れていく。

上の一例を読んで、どうか、膝から崩れ落ち、反省する大人が私だけじゃないことを祈る。

こんなこっちゃんと、この日は、この時は元気に遊ぶ自信がなく、だけど親承諾込みで夜遊びの為にうちに来るのは初めての体験の彼女のワクワクを無碍(むげ)にするわけにはいかず。
おとなしく且つ、楽しい夜にするには…。

「映画見る?」と呟いてみた。
そしてこう付け加えた。
「あの壁をスクリーンにして。」とお向かいの、江戸末期から建つ遠藤味噌醤油さんの蔵の壁を指さした。
「えっ!観るっ‼︎」

縫製のアトリエの窓の向こうは築150年の蔵の壁。

Amazonプライム御用達のわたくしめ。
映画見放題ってなことで、iPadなんかの画面で観るのは映画じゃない!といきり立ち、プロジェクターを買った。
さて、スクリーンをどうしようかと思った時、お向かいの遠藤さんの壁が目に入った。
ミシンの上にプロジェクターを設置し、150年前の蔵の壁に映し出し、夜な夜な映画を楽しんでいる。


向かって左が茶舗。の2階から蔵の壁に写してる。

こっちゃんが選んだのは『ドラえもん新・のび太の日本誕生』だった。
さすが小3。選ぶ映画が軽い。助かった。
加え、さすがの藤子不二雄。
ドラえもんの映画にハズレはなく、夢や希望を抱きつつも『現実』優先の錆びた大人の心に数滴の『涙』という油を差した。
あぁドラえもん。みんな思ってる。君に会いたいと。あぁドラえもん。ドラえもん…。

数時間前まで鬱の闇に吸い込まれていた私の心は、いきなり遊びに来たこっちゃんと観たドラえもんのおかげでまた再び浮上し、その夜、ちゃんとシャワーを浴びてパジャマに着替えて寝るという、いつもの営みができるまで浮上できていた。

普通(普通っていうか、普通、)こんなドンデン返しは起こらない。
普通(普通っていうか、普通、)映画を観て終わる。
普通(普通っていうか、普通、)鬱々となって寝て終わる。
普通(普通っていうか、普通、)夜に子供が遊びに来ない。

ありがとうこっちゃん。
ありがとうドラえもん。
ありがとうこっちゃん。
ありがとうドラえもん。

こんなオチ込みの『私は貝になりたい』。


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