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【短編】手のミイラ

私は充分に生きた。

運も有り誰もが羨むであろう人生をおくり、
そして今 その最期の時を静かに迎える為に
都会の喧騒を離れた小高い丘に建てた屋敷に居る。
そして私の他に誰も居なかった。

辺りは静まり返り、闇に包まれつつある。
「逢魔が時だったな、確か。」
古いトランクはホコリに塗れており、ナンバーロックは固くやや硬化していた。
歳のせいか見難いので部屋の灯りを少し明るくしなければならなかった。
「なんてことだ!雰囲気が台無しだ。」

少し憤慨しながらトランクを開けると更に傷んだキャラコの様な安物で巻かれた少し大きな、しかし軽い〝なにか〟が出てきた。

油紙をほどく程にすえた臭いが鼻を突き、めくるたびにその何かの毛が空中に舞った。それは強い獣臭をはらみ、5本の突起の頂点には硬い爪が王冠の様に掲げられていた。
手のミイラ、誰もがそう思うだろう。

そういえば思い出すのはw.wウイリアム原作のホラー〝猿の手〟の話だ。

3つの願いを叶える猿の手のミイラを手に入れた老夫婦は愛する息子の為にもと「大金」を願う。
そしてその願いは簡単に叶う。
息子が働く工場で事故死しその保険金が払われるということで。
しばらく呆然と暮らすが猿の手に2つめの願いを叫ぶ。
「息子を生き返らせて!」
またもや猿の手はビクンと動き、外は雨に包まれる…

沈黙…

やがてドアを叩かれる…湿り気を含んた何かが…
ビチャ

ビチャ!っと息子だったであろう何かがその声でうめく様に母親を呼ぶのだ!

「…かぁサァ…ン…たぁダァあいまァァ…」
「…あけッテェェ!」

最後の願いは
「息子を墓に返してっ!」

そして静寂…という話だが、いくつかの疑問が浮かぶ。

猿の手のミイラはもちろん地獄や悪魔の関係者が製作したものなのはわかる。
人間に悪意を伝えるもので、神に祈る我等を神ごと貶めるものだ。

しかしその効力は確かなものなのも理解できるし、犠牲になるものがなければとも思う。

何故なら猿の手は老夫婦の血を奪う訳でもなく、交換条件に〝命を差し出せ〟何て無い。

上手く使えば出し抜けるかも知れない。

最初に言ったが私はもうこの世に未練は無い。
家族も居ないし贅沢も極めた。
あるとすれば人類愛!私の愛で苦しむ人々を救済して死にたいのだ。

そして安いと言えない金銭を長年費やしてコレを手に入れたのだ。

世界各国に人をやり、あるジプシーの老婆から買い付けた。老婆は
「…パワーアップバージョンだよケッケッケ!」と笑って言ったそうだ。

そして本物である事も証明されている。
ある死刑囚に1つ願いを叶えさせたのだ。
〝願いは愛する妻のもとで暮らしたい〟だった。
結果、妻と不倫相手を殺して死刑囚に戻った。
確信出来た。
この呪具は本物で私には手が出せない仕様となっている。
しかし私には失うものは無く、財産にもう興味は無いのだ。

窓の外は辛気臭い雨がボソボソ降り出し稲光が時折爆ぜる(最高のシチュエーションだ、いざ!)

猿の手を掲げ私は叫んだ!

「この世から貧困を無くしたまえ!」

ビクンと手が蠢くと同時に雷鳴が嘶く、聞き届けられたであろう願いに私は感無量だった。
しかしこんな人里離れた場所では実感が沸かなかった。
(…しまったな、確認できんではないか)
熊の様に部屋内をうろついていると…

トントン…ノックの音がした。
「…誰かね?」

「スイマセン、ご説明に伺わせて頂きました」
とりあえずコイツに外の様子を聞こう。そう思った。
ドアを開けると大柄な男が立っていた。
「…どちら様でしたかな?」隠居の私に用があるヤツなどろくなもんではないだろう。
筋肉質でパンパンのスーツの先は手首から無かった。
「今お使い頂いたそちらは私のいわば〝端末〟でして、賜りました願いのご説明と謝罪に越させて貰いました次第です。申し遅れました私悪魔と呼ばれております、今後お見知りおきを。」
と頭を下げた。

慇懃無礼な悪魔に私は言った。
「貧困すらなくせないなんて何とも頼りない」
悪魔は更に頭をを下げながら、
「いえ、言い訳させて頂くと世界にお金をばら撒くなど可能でございますが、巨大なインフレが起きて総ての人間が希望を無くしてしまいます。」

「それが悪魔の目的なのではないのか?神の力を失望させて悪魔の徒にしたいのだろう?」

「…それではダメなのです、貴方様のような少数の成功者が羨望の眼差しを受けて欲を刺激して悪魔を増やさないと、徒ではダメなのです。」

はぁ〜なんてことだ…

「ではこの世の病気を無くすのも…」
悪魔は頭を下げながら
「申し訳ありません、医療や製薬会社などは資本主義にとても相性良く経済奴隷のピラミッドを作って羨望感や渇望を生み出すのにうってつけなんですよ、申し訳ありません。」

「しかし今回は特別にプランをご用意させて頂きました!それなら貧困も病気もありません!」

瞬間、視界が暗転しその刹那、開眼すると…

静寂…。

(病気も貧困も無い世界です、貴方しか人間はいない世界なら可能ですよ。あっとそれから言い忘れてましたがそれは〝猿の手〟では御座いません。私の手です。返して頂きますね。)
頭のなかに響く夢でなかった証拠、いや、私の頭は狂ったのだ!

人気の全く無い屋敷の辺りに獣の咆哮が響く。(私はゴリラの悪魔!人間はいないがゴリラはいっぱい居るので寂しくは無いでしょうな!)

病気にならない身体、恐らく腹も減らず自殺も出来ない。
何度死んでも蘇るかも知れない…
屋敷目指して近づく咆哮に私は絶望した。








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