見出し画像

死にたい夜の散文


失う

夜になると死にたくなるから寝るべきなのに夜型の人はどうすればいいんでしょうか

死にたいと何度も思った

大好きな人が死んだ。

いや正確には死んでないけどもう生きてるのか死んでるのか確かめることができなくなった

本当の死別と、生きてるのにもう会えないのとどちらが辛いのか私にはまだ分からないけど

翌日仕事に行けなくなるような大きな失恋もしたことがないから分からないけど

あの人は絶対に生きているはずなのにもう絶対に会えないのは半殺しの気分ですごくモヤモヤと辛い

日本嫌いの話


日本が嫌いだ

やっぱり好きになれない

昨日の夜も思ったけど「許可」されるものが少なすぎる

両性婚も認められないし電車で赤ちゃんが泣くことが認められないし就活で金髪はダメだし

認められないことが多い社会には認められるかそうでないかが曖昧なグレーゾーンも広い

自分が「認められない存在」ではないか
あるいはグレーゾーンに入っていないか

ちょくちょく確認しながら生きることはすごくつらい

確実に認められるゾーンがとても狭い

別に認められなくても、それでもいいと私は思ってるけど

でもある程度「認めてもらえるゾーンにいる人」じゃないと日本での社会生活は難しいと思う

やりたいことはできないし

やりたいことに出会っても、自分の他の部分が「認められ」なくてやりたいことに挑戦できなかったりする

疲労


疲れた時はアニメを見る

現実逃避がいちばんのエネルギーチャージ方法なのだ

お風呂にも入らずだらけてだらけまくる。そうするとちょっとずつ浮上することもある

疲れたときに休まずに頑張り続けると休んでも休んでも復活しないことがある。
そういう時は根気よくもっともっと休む。

自分のことをロボットか何かだと思ってた時もあったがやはり違う。

頑張ったらその分だけ負担がくるし心にもダメージが募っている

…しかしそのダメージの大きさには、いざ休みを取り始めてから初めて気づく。

自分ってこんなに疲れてたんだなと

自由を求め


日本にいると嫌なことが多くて、

でも嫌なことに囲まれる生活をしている自分を許容するしかない自分がいちばん嫌で、

嫌なことをする時は自我を消すようにしている

私の仕業ではない。

この嫌な作業は私ではなく誰か別のやつがやっているのだと思うことにした

毎回の場面で本当の私を出すと疲れてしまう

でも本当は、私は私のままでずーっと過ごしていたくて

もっともっとわがままにやりたいように今の私さえ気付かずに押し殺していた欲望を開放させ続けて生きていきたいのだ

これは理想だけど、私は一度そういう経験をした

アメリカにいた時は多くの時間、そうだった。不自由も多くて生活レベルは低かったのに何故か自由だった。

とてもやりたいように生きられた

やりたくないことをやっている時でも、これは自分のやりたいことにつながっていると本気で信じて

本気で自分を愛し自分を信じて毎日情熱的に生きることができていた

世界には同じ人間でも、過ごすとハッピーになれる場所と、過ごすだけで適応障害になる場所があるのだと私は学んだ。

みんなは気づいているのかな。知ってるけど諦めてるのかまだ知らないだけで知ればさらに辛くなるのだろうか。

自我が芽生えてからずっと病んでる件について


悪い人から自分を守るためなら、嘘をつくこともよくしていた。

でも色々問題が出たので、結局は正直に、でも最低限の話をすることが自分のためになると最近は気づいた

明日目覚めたくないし

もし私自身が気づくことなく死んでしまったらそれもいいかもしれない

何が辛いかって、私は明日死ぬんだと自覚するのがいちばん怖いのだ、

テキトーにザクっと何も知らないうちに誰にも知られないうちに死ねたらどうなのだろうか


こんなに死について考えてるのはやっぱり暇なのかそれとも普通に病んでるのか。

思えば私は人生ずーっと病んでいる。考えている。病まなかった時期はほぼない。

あるとすればすごく忙しい時。考える暇がないのだ

でもそういう時は、病まない代わりに気絶したり高熱がしょっちゅう出たりと体に不調が出る。

何にしても私は弱い方なのかも知れない
センシティブなんだと思う

でもその性質は変えられないし忘れることはできるけど

それは忙しさでしか忘れられなくて

でも忙しいと体が壊れて心も追いつかなくなって、結局抜け道がないからせめてやりたくないことはやりたくない

私は人が我慢できることが我慢できないように作られている。

そういうもんじゃん、そこは流しとけばいいじゃん、というのができない

すごく純粋に生きている

生きているだけでいろんなものが傷つく。何かと気づいて傷ついて失う。

だからせめて自分の好きなことして生きないと本当に生きていけないのだ

多分好きなことして生きよう信仰ではなくて、もうそうしないと身が持たない。

多分私はすごく弱いのだと思う

強くなりたかった。そういう人に何度も憧れた

でもなれないもんはなれない。

適性が違うしそもそも生まれた時からそういう適性が組み込まれてない

私はすごく弱い

それを認めたところで何にもならない
何も救われない
ただ沈むのみ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?