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冷蔵庫のプリン【第4話・改稿】

 冴島奈央子が男だって?吉澤は小田切の突拍子もない仮説にあきれ返っていた。
 大学を出て下道を通る。小田切の運転は荒い。小田切がイライラしているときは、なにも話しかけない方が無難だ。渋滞にもはまらず、車は署に着いた。終始二人は無言のままだった。

 一課に戻ると、パチンコ店で起きた殺人事件に仲間の刑事たちは駆り出されていた。小田切にも声はかかっていたが、知らぬ存ぜぬでマイペース。小田切はパチンコ店の事案には興味を示すことはなかった。
 
 合同本部への参加を促す吉澤の首根っこを引っ張って、会議室へと連れて行った。

「ちょ、ちょっと小田切さん」
「いいんだよ、コッチの事件の方がおもしろそうだろ」

小田切の判断基準は面白いかそうでないかだ。
「吉澤、今までのことをいったん整理しようか」
 小田切はホワイトボードに今までの仮説を書きまとめていった。マジックを持つ小田切の右手は、スラスラと滑らかに動く。まるで手に脳があるかのような意思を持った生き物のように。

仮説済み・【疑問一・どうして坂木優斗はいつも見慣れない方のプリンを食べたのか?】→プリンは坂木自身が買ったものだから

仮説済み・【疑問二・坂木優斗はタイミングよく襲われている前田徹を救助できたのか?】→通帳と印鑑を取りに帰ったから

仮説済み・【疑問三・そもそも冴島奈央子はなぜ前田徹を襲ったのか?】→襲っていない

仮説済み・【疑問四・冴島奈央子は坂木優斗が買った覚えのない生クリームの焼きプリンを置いたのか?】→坂木が買ったものだから・冴島は置いていない

そして疑問五、
【疑問五・冴島奈央子はなぜ前田徹に致命傷を与えなかったのか?】→前田徹はもう死んで山に遺棄されていたから。坂木の部屋には前田はいなかった。

 坂木の部屋に前田はいない!この事件の前提が根っこから崩れていった瞬間だった。小田切の妄想推理をまとめると

・前田徹は最初から山林に遺棄されていた
・冴島奈央子は護送されていない
・冴島奈央子は男だ
・冴島奈央子は剛堂大学に在籍していない
・病室にいたのは前田徹ではなく坂木優斗だ

 小田切がホワイトボードに書き連ねる。
「これって、坂木の部屋で起きた事件は、そもそもどうなってるんですか?」
 吉澤は訝しげな表情で、小田切に聞いた。

「坂木優斗は、冴島奈央子と共謀して救急車を呼んだ。坂木は冴島に襲われた形だ。あくまでも軽いけがをさせる程度にな。狂言だから」
 小田切の妄想は流暢だ。まるで舞台役者。何度もロングラン公演をしているかのように。

「それでどうなったんですか?」
吉澤がメモを取る手が止まった。
「救護隊が来たときには、坂木は前田として搬送された。冴島は坂木としてそのまま病室にだな」

 小田切は吉澤に説明しながら、ホワイトボードに人物の相関関係を書き始めた。得意げな小田切、ここで合いの手を入れては機嫌を損ねる、吉澤は短い付き合いながらも小田切の性格を汲み取っていた。

「冴島なんて女はそこにはいなかったから、そもそも護送はされていない」
 吉澤は小田切の妄想を聞きながら、再びペンを走らせた。

「だがな、病室にいた前田に扮した坂木がポイントだ。警察無線をあらかじめコントロールするプログラムを組んで、冴島が逃走したと流した」
「つまり、護送すらされていない冴島があたかも護送されて逃走したかのように思わせるためですね」
「あぁ、そうだ。この事件は坂木と冴島が二人で三人を演じていた」

 あらかじめ殺害されていた前田徹。それを襲われたようにすることで、発見を遅らせる。男性だったある男を「冴島奈央子」とすることで、女性の関与を思わせる。

 前田が山林で遺体で発見された時も、冴島奈央子の犯行のように思わせる。前田を殺害する動機は不明だとしても、坂木宅で襲ったという事実から任意ではしょっ引ける。しかし、冴島奈央子なんて人物はいない。そもそも、この事件は坂木優斗とある男が結託して、前田徹を殺害したというのが大筋の物語だろう。

だがどうしてもこの仮説には疑問が残る。
そもそもの話だ。
 【疑問六・前田徹はなぜ殺害されたのか?そして、だれに殺害されたのか?】

第5話

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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