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第1話・知らぬ間に強くなってるジャンヌ

僕たちが住むウッドバルト王国は、隣国サグ・ヴェーヌと数十年戦争が続いている。父さんもじいちゃんもこの戦争で死んでしまった。が、先日この国に来た高僧リブイングによって、復活・蘇生した。

 生き返ったじいちゃんは、元僧兵だった。僧と名のつくからには、ストイックに生きてきた。結婚は自由だったが、基本的に禁欲を重んじる生活だった。生き返ったじいちゃんは、タガが外れたみたいに酒と女遊びに全力を尽くしていた。そしてじいちゃんに再び死が訪れた。その日、僕はじいちゃんの部屋に呼び出された。

 かび臭い部屋、子供の頃からこの部屋は苦手だ。古い書物、読めない古代文字、そしてそこには見慣れない光る指輪があった。
「ジャンヌ、ワシの命はもうあと少しだ。こんな風に生き返るなんて思ってなかったぞ」

 じいちゃんは筋骨隆々きんこつりゅうりゅう、僧侶の中でも武闘派だ。僧侶といっても弱弱しいなんて思ってたら、大違い。戦闘じゃぁ前線に立って、メイスをガンガン振り回す。じいちゃんのメイン武器はトゲトゲが付いたハンマーだ。祈りの印が結ばれてる特別仕様。当たれば即死の大ダメージ武器。以前僕に譲るって言われたが、重すぎて持てやしない。父さんも断ってた。

「でさ、どうしたの?」
「そうだそうだ、お前に渡すものがあるこれじゃ。」
 じいちゃんは、さっきから気になっていた光る指輪を僕に渡した。

「ジャンヌ、この先まだまだサグ・ヴェーヌとの戦いも終わらんじゃろう。ワシやお前の父さんみたいに、戦地へ駆り出されることもあろう。」

 僕はうわの空でじいちゃんの話を聞いていた。僕はジャンヌという自分の名前が嫌いだ。女の子みたいだって、学校でもいじめられてきた。見た目もこの通り、華奢きゃしゃだ。代々続く僧侶一家だから、この先はきっと僧科専門の学校に進学するだろう。それ自体は、いいんだ。あの学校は、戦闘系の授業が多いって聞くし。

「ジャンヌ!聞いてるのか?」
「あ、うん。ごめん。で、戦地に駆り出されるってことね。うん、頑張るよ」
 じいちゃんは盛り上がった上腕二頭筋じょうわんにとうきんを振り上げて、人差し指を立てて横に振った。
「チッ、チッ、チッ!バカもん!!戦地で頑張ってはいかん。戦地では後衛、後ろ。場合によっては遠くから傍観してるんじゃ。お前のようなモヤシみたいな身体じゃと、戦闘参加しても自分に回復魔法かけて終わりじゃ」

 あながち、じいちゃんの言うことは間違ってない。自分が戦闘で役に立つとは思えない。
「で、この指輪じゃ。この指輪がお前を守ってくれる」
 じいちゃんは僕の右手親指に光る指輪をはめた。さっきまで煌々こうこうと光っていた指輪は、鈍くくすみはじめた。
「これは?」
「これは、【エクスペリエンスの指輪】といってな、戦地から100メートル程度離れていても、経験値が手に入る。味方が勝った時だけな」
「つまり、遠くで隠れていても、戦闘に参加したってことになるの?なんでそんな秘宝みたいなものがウチにあるの?」

 ジャンヌの祖父アルガンは、埃だらけの蔵書から、表紙に豪華な装飾が施された一冊を取り出した。古代文字だろうか、ジャンヌには読めなかった。

「これは、と書かれておる。我がガーディクス家に伝わる由緒正しき本じゃ。この本の、ここ。この指輪について記されておる」

僕には読めなかったが、この指輪に関するスキルについて見開きページで記されているようだった。古代文字は苦手だが、絵を見ると何かの獲得範囲が100メートルのように人物と円、上の矢印、を使って描かれていた。

 ガタガタと聖水の入ったボトルが揺れる。近くで地響きがするのが聞こえた。
「じいちゃん!」
「こりゃぁいかん。オーガーたちか?」
隣国サグ・ヴェーヌは巨大な身体を持つ魔人達の共和国だ。オーガーやタイタン、サイクロプロス、ヘカトンケイレス、まだ他にもいるだろう。

 揺れが激しい。外では爆発音もする。
「ジャンヌ、オヤジ!ここは危険だ!早く離れろ」
 ジャンヌの父、アルガンの息子、十二聖騎士じゅうにせいきしのひとりであるラルフォンが【厳然げねんの槍】を携えて走ってきた。
「サグ・ヴェーヌか?戦況はどうなんじゃ?」
 アルガンは【双璧そうへきのハンマー】に聖水をふりかけていた。頭からは湯気が立ち上るほど血気にあふれていた。

「五分五分ってとこだ。リブイング殿に蘇生・回復は任せているが、なんせ怪我人けがにんが多い。蘇生までは手が回らん」

 海岸線に打ち上げられた船で命を落としかけていたリブイング。漁師に助け出された彼は、自らの魔法により自分の回復、船にいた仲間の蘇生を行った。しかし四十八時間以上経った亡骸なきがらはその名の通り、亡き骸となる。蘇生には時間制限がある。
「蘇生にまで手が回らんってことは、下手したらそのまま生き返れないってこともあるな」
 父ラルフォンは静かな声でつぶやいた。

「ジャンヌ、オヤジここから離れるな」
「あぁ、ワシはジャンヌを護る」
 ラルフォンはジャンヌとアルガンに秘術【駕籠かごの鳥】をかけた。ラルフォンほどの達人になると詠唱えいしょうは速い。

 国中の僧兵たちが中央広場に集まる。ジャンヌたちの家からその様子が見えるほどに近い。他にもわずかだが、重装歩兵・長距離弓兵・龍騎士・聖騎士・ギガントハンターが武器を携えている。その後ろには、魔法使いが大地魔法の詠唱を始めている。巨人たちは大地から足が離れると途端に陣形が崩れる。地震系の魔法にはめっぽう弱い。
「ワシから離れるなよ!ジャンヌ」
「はい」

戦闘は熾烈しれつを極めた。先陣を切って来たのはなんとオークたちだった。巨人たちとは何の関係もない彼らは、地下迷宮から傭兵として雇われていたのだ。
 巨人たちとは違って機敏に動ける。ウッドバルトの城門裏から巨人の身体をつたって侵入し、城下街に火を放った。手持ちの槍で逃げる民間人をなぶり殺しにしていた。

 城内にいる十二聖騎士は父と父の弟子ロベルトだけ。他は皆国境付近の戦闘に駆り出されている。

 ジャンヌたちの隣家にも火の手があがった。
隣の家にはじいちゃんの幼なじみの老夫婦が住んでいた。
「ジャンヌ!すまん、ワシはアイツらを助けに行く!ここでじっとしてろ。動くなよ。そして指輪は外すな!」

 アルガンは【双璧のハンマー】を両手で持った。
「ジャンヌ!いざと言う時にはこれを使うんだ。アルガンから渡されたのは小さなダガーだった。
「これは【無情むじょうのナイフ】といってな、ナイフ自体が意思を持っているんじゃ。相手にとどめを刺すことに躊躇しなくなる。それはお前の意志というよりも、ナイフの意志かもしれんがな。死ぬなよ。隠れろ。戦うのは最後の最後だ」

 アルガンはそれだけを隣家へと走っていった。その姿はとても八十歳を過ぎているようには見えなかった。
「ナイフなんて、持たされても。これで戦えるわけないじゃないか。リーチが短いし」
 ジャンヌは不安になりながらも、書斎の大きなテーブルの下に隠れた。ジャンヌの指輪は鈍色のままであったが、なにか周囲の光を一定のリズムで吸収しているようでもあった。

 城門は破られ、中央広場でも戦闘が始まっている。侵入してきたオークたちは街中に火を放ち、暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くしている。城内にいる僧兵たちは回復魔法を強大に練り込んだ弓を放つ。

 矢が当たれば、身体の中に回復魔法効果が表れる。大きすぎる回復魔法を一度に受けてしまうと、クスリも毒になるというように、細胞の成長速度を早めすぎることとなり、老化現象が急速に進む。結果、身体機能が著しく衰え数分で死に至る。
 
 ジャンヌの家の近くでは、祖父アルガン以外にも戦闘が繰り広げられていた。それはジャンヌから100メートル以内の場所で行われていた。
 
 ゆっくりと確実に指輪はウッドバルト兵の勝利経験値を一緒に吸収していた。そして、ジャンヌの身体のなかに貯めこんでいった。

 戦闘は寄せ集めのサグ・ヴェーヌ軍が次第に劣勢となっていった。所詮《しょせん》は烏合《うごう》の衆の集まり、指揮系統の乱れにより、戦闘開始から一時間ほどサグ・ヴェーヌ軍たちはオークも含め撤退し始めていった。

 隣家でひとり戦っていたじいちゃんはどうなったのだろうか?ジャンヌは隠れていたテーブルから出て、立ち上がり、身体を伸ばした。書斎のドアが開いた、血なまぐさい臭いがする。アルガンの顔が見えた気がした。

 しかし、その安堵あんどは絶望へと変わる。逃げ遅れたオークたち三匹がこの書斎へと入ってきたのだ。アルガンの首を槍に刺したままで。

「まだ、人間のニオイがするな。このケガ、あのジジイにつけられた、このケガ!人間喰って回復しないとな」
「あぁ、子どもがいいな。まだ未成熟の子どもがよぉ」
「そうだ、ジジイじゃぁ、喰っても毒にしかならねぇ。ハハハ」
 ジャンヌは一瞬で状況を理解した。【無情のナイフ】をナイフカバーから取り出す。ナイフは蒼白く光っていた。

 ーー(光るなよ!居場所がわかるじゃないか!なんだよ、このナイフ!)
【無情のナイフ】は暗がりの書斎で光輝いた。

「あそこ、なんだ!光ってるな」
「おい、見てこいよ」
 リーダーのようなオークが命令する。
「いつも俺じゃぁないか。いつもいつも。」
「お前が最初に喰っていいからよぉ!」
 アルガンの首を槍に刺したオークが言った。
 
 下っ端のオークがおそるおそる蒼白く光る書棚の角に近づいてきた。ジャンヌは息を飲んだ。
「おぉ、なんか靴があるぜ」
注意深く下を見ながら歩いていた下っ端オークが大声で自分を鼓舞するように言い放つ。
 ジャンヌは身体を精一杯小さくして屈んでいた。そして、伸びあがる反動で両手でしっかりと持った【無情のナイフ】を突き上げた。
ナイフは下っ端オークの喉を切り裂いた。ジャンヌはそのまま、ナイフを左手に持ち替えた。

「うぉヴぉヴぉお!」
「いたぞ、人間だ!ガキだ!若い男だ!」
下っ端オークからは大量の血が吹き出る。だが若い人間を見つけたオークリーダーとその手下は仲間の怪我には関心が無かった。どうやってこの人間を生きたまま捕らえて、どう調理するかしか考えていなかった。

 このジャンヌのピンチの間も、【エクスペリエンスの指輪】はどこかで行われている戦闘の経験値を吸収し、ジャンヌの身体に送り続けていた。ジャンヌの僧兵のレベルは既に70を越えていた。

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