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デルフト工科大学(TU Delft)の3つのデザイン修士プログラム紹介

こんにちは。オランダ・デルフト工科大学修士のDesign for Interactionコースに在籍しているShionです。今回の記事では、デルフト工科大学の3つの修士プログラムの教育内容についてシェアしたいと思います。デザイン留学を検討されている方に向けての内容になります。正直、ご本人が自分でネットで調べれば良いのでは?と思われてしまうかもしれませんが、大学のwebサイトでは限界があると思い、今回情報をまとめてみることにしました。おそらく色々な大学の修士プログラムを検討されている方はいるかと思いますが、先に結論を申し上げると、デルフトは、色々手を出したい人におすすめです。

沿革

本題に入る前に3つの修士プログラムが生まれるまでの同大学デザイン学部の沿革について話したいと思います。デルフト工科大学 Industrial Design Engineering (以下IDE) は1969年にIndustrial Form Givingという名前で、当時の建築学部内に設立されました(1971年に学部として独立)。当初の教育内容は、エンジニアに製品開発を教育するというもので、Human Factors、Aesthetics、Constructionの3分野を専門にする教授が教鞭に立ちました。

デザイン学部の一期生Norbert Roozenburgと彼の卒業プロジェクト.
出典: https://www.tudelft.nl/en/delft-outlook/articles/50-years-of-industrial-design-engineering


その後は、Problem-solving、Solution-buildingとしての工業デザインの教育が行われていったわけですが、80年代に入ってから、デザイン研究が本格化し始めます。Design methodologyに始まり、perception、management、manufacturingそして、Human Factorsなどです。心理学、マーケティング、機械工学などの出身者が同学部でPhDを志すようになります。ここでPhDを取得した人たちの中には現在のIDEの教授になってる人もたくさんいます。そして、2000年代に入ってからは、デザインバックグラウンドでPhDを志す学生の数も増え始め、彼らは産業界で得た経験をもとに研究をしたり、Reseach through Designと呼ばれる発展途上の分野を研究するようになります。

実験物理学を学んだ後にIDEでPhDを取得し、現在は同学部の名物教授になっているP.J. Stappers


2003年からは更なる変革を迎えます。デザインが対象とする領域の拡大に伴い、当時の修士学生の卒業研究プロジェクトがあまりにも多様化したため、3つの専攻に分けることになりました。それがこの記事で紹介するIntegrated Product Design(以下IPD)、Strategic Product Design(以下SPD)、そして、私が在籍するDesign for Interaction(以下DFI)です。ちなみに、実際に入学してみて分かったことですが、各プログラムで習う内容が異なるのは修士1年目のみで、2年目からは選択授業と卒業研究になるので自分の専攻コースとは異なるプロジェクトに取り組むことは容易にできます。私の場合、DFIに在籍していながら、選択科目でSPD関連の授業を取り、卒業研究ではIPD寄りの内容に取り組んでいます。

Integrated Product Design (IPD)


流体力学から導き出された独特の形状をした傘Senz°は3人のデルフト工科大学の学生によって開発された. 出典: https://www.senz.com/about-us/


Integrated Product Designコースは、工業デザインにおいて必要になるデザインの視点とエンジニアリングの視点を持って問題にアプローチし、モノづくりでイノヴェーションを起こそうとするコースです。最もクラシックなデザインを学べるコースであると言え、昔からのIDEが志向していた内容だと思います。ただ、近年はデジタルプロダクト系のプロジェクト(IoTなど)が授業に盛り込まれ、ハードウェアの特に機構が入ってくるようなエンジニアリングとデザインを両立させたモノづくりがしっかりと学べるかについては疑問が残ります。もし、ダイソンのようなデザインとハードのエンジニアリングの融合を目指しているなら修士2年目の半年間の卒業研究でそういったテーマを選ぶことで学べると思います。


IPDの学生はたいていPMBと言うワークショップで日々モノづくりをしています。こちらの動画でだいたいのイメージが掴めるのではと思います。

外部から入学してくる学生のバックグラウンドは、私の知る限り工業デザイン、機械工学、建築になります。内部進学してくるオランダの学生は大半がデザインだと感じます。余談ですが、オランダ人が同学部同コースを学ぶ動機として、デザインを学びたいというよりは、単純に手を動かしてモノづくりしたかったからと言う人を見かけます。そういう人は、たいていデルフト工科大学の機械工学部と同学部を比較して、後者の方が実際に物が作れるからと言う理由で入学を決めているようです。要するに「デザインを学びたい」とか「エンジニアリングを学びたい」と言うような線引きを彼らはしておらす、最初からどちらもやるつもりでいるわけです。こういうタイプの人は、自分で金属などを加工して筐体や機構を作り、マイコン(ArduinoやRaspberry Pi)を自分で組み込んで何でも作ってしまいます。デルフトでも少数派ですがこういった空恐ろしいと感じるようなスキルフルな人もたまにいます。

Strategic Product Design (SPD)


Reframing Studioが作成したレポート'Future Narrative for Water Safety'は水害のリスクと隣り合わせにあるオランダにおけるWater Managementにおいて「水と共生する」と言う新しい水との関係性を再考した.出典: https://reframingstudio.com/work/envisioning-flood-resillient-landscapes-with-value-for-society


高度デザイン人材育成ガイドラインにもちらっと登場するStrategic Product Designコースですが、大学のwebサイトには、企業や団体が、技術革新によって新しい機会が生まれ、またサステイナビリティーが叫ばれている昨今において繁栄できるためのストラテジーを作り出せる人材を養成します(SPDの友人曰く、サステイナビリティはいつも取り組んでいるテーマと言うわけでもないようです)。ストラテジーと聞くと、企業が競合に勝っていくためのビジネスの話だと捉えられがちで、確かに同コースにおいてもそれは正しい考え方なのですが、それ以外にも社会課題解決を目的とするソーシャルイノベーションのためのストラテジーも同コースでは推進しています。よく言われる話かもしれませんが、ストラテジーとタクティクスの違いを説明するとき、前者が情報収集と目標達成のための計画を意味するのに対して、後者は具体的なアクションを意味します。なので、たとえ対象が大企業のビジネスであろうと、スタートアップのソーシャルイノベーションであろうと、事前の計画という意味でストラテジーは必要になるわけです。SPDの友人に「SPDってどんなコース?」と聞くと、「君たちDFIやIPDが、デザインをする前と後について考えるコースだよ」と言っていました。周りのSPDの学生と話していて感じるのは、彼らはDecision Making Toolのようなものを作ることを学んでます。かなり砕いて言うと、ビジネスにおいてDecision Makingをする際に「〇〇はするべき」「〇〇はするべきではない」といった決まりごとを作り、クライアントがそれをもとにして意思決定を以降継続的にしていくことができるためのツールになります。ストラテジックデザイナーとして、人間中心設計がそのDecision Making Toolに反映されていることは言うまでもありません。

大学でSPDの学生はどんなプロジェクトに取り組んでいるかについてですが、飲料のブランディングをしていたり、ビジネスロードマップの作成をしていたりします。ただ、SPDにおいては事業の成功にフォーカスをしているので、必ずしもアウトプットにおいては個人的なこだわりがあるわけではありません。どんな風に解決しようというHOWよりもWHYの部分を一番大切にするコースだと思います。そのため、個人的には、最終的にデザインされる成果物のクオリティは他コースに比べると重要視されないように感じます。

どんな学生が入学してくるのかについてですが、デザイン、ビジネス、エンジニアリングになります。建築出身の人も私の代にはいました。SPDに関してはもう少し情報を収集して随時アップデートしていきたいと思います。

Design for Interaction (DFI)


テーブル表面にコンテンツをプロジェクションすることで、認知症患者をアクティブにし、周囲とのコミュニケーションを促すtovertafel. 出典https://www.bd.nl/schijndel/keezen-voor-tovertafel-bij-st-barbara-in-wijbosch~a8039a4a/


Design for Interactionコースは、世の中に存在する様々なインタラクション
に介入し、より良い状態に変化させるデザインを学ぶコースです。ここで言われるインタラクションとは、人と人、人と人工物、人と環境の間で発生するものを指します。そして、それを実行するために介入をしたいインタラクションが起こるコンテクスト(文脈)を徹底的に理解しようとします。どんなユーザーがいて、その人はどんな文化圏で生活をしていて、どんな社会的な規範が存在していて、、と色々な相互に影響し合う因子を1つ1つつぶさに追っていくようなアプローチだと自分は感じています。インタラクションのデザインと聞くと、スクリーン上のデザインだと思われがちですが、DFIではUIデザインだけでなくフィジカルなプロダクト(人工物)を通してインタラクションを変化させることも認められています。これが私が個人的に感じるDFIのユニークなところで、インタラクションを起点にして形作られたフィジカルプロダクトは、自ずとアートインターベンションのようなProvocative (挑発的)な装いになることがあります。具体的な例として、ある学生は交流イベントの参加者によりアクティブに他の参加者との交流を取ることを促すテーブルとコーヒーカップを製作しました。

出典: https://studiolab.ide.tudelft.nl/studiolab/exploringinteractions/asthata/


こういった自由な雰囲気のプロジェクト以外には、かなり真面目に既製品のUIのユーザビリティを改善するプロジェクトや、テクノロジーが人間の生活に及ぼす影響を思索するプロジェクトなどがあります(2023年時点)。


私が参加したオランダの路線検索アプリ9292のユーザビリティの課題を発見しソリューションを提案するプロジェクト



以上が3つのデザイン修士プログラムの紹介になります。実質、専攻コースの必修プロジェクトは1年目で終わるので、色々なデザイン分野に手を出してみたい人にはおすすめです。特にSPDとDFIは重なる部分も多いので、例えばSPDに籍を置きつつ、2年目にDFIの授業を取ってUI/UXを極めるといったことが可能かと思います。長くなってしまいました。ご覧いただきありがとうございました。

p.s.今回の執筆にあたって、IPDとSPDについて情報をくれたAkariとAkshayに感謝!

参照

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405872620300034

https://www.tudelft.nl/en/ide/about-ide/delft-design-history-1#:~:text=The%20faculty%20of%20Industrial%20Design,international%20teaching%20and%20research%20institution.

https://www.senz.com/about-us/

https://strategicdesignbook.com/

https://reframingstudio.com/work/envisioning-flood-resillient-landscapes-with-value-for-society

https://reframingstudio.com/work/envisioning-flood-resillient-landscapes-with-value-for-society

https://diopd.org/positive-design-in-tijdschrift-positieve-psychologie/

https://studiolab.ide.tudelft.nl/studiolab/exploringinteractions/


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