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まさに完璧な日|ヴィム・ヴェンダース監督『PERFECT DAYS』

憧れている人がおすすめしていたから、という理由で、予備知識もなしに『PERFECT DAYS』を観た。結果、自分史上1、2を争う素晴らしい映画だった。

映画は、人生への向き合い方を変えてしまう力を秘めているんだな、と改めて思わされるような。

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まず、一つひとつの音がいい。まるで耳元で聞いているかのような衣擦れ、ため息、東京の音。

冒頭は、役所広司さん演じるトイレ清掃員の「平山」が出勤の準備をする単調なシーンが続くが、カメラワークとライティングにキレがあって見飽きることがない。そもそも、役所さんの存在感が強烈で、何気ない動作に目を奪われる。

「平山」が車内でカセットテープを手にしていたので、前世紀の話かと思いきや、すぐにスカイツリーが登場して驚いた。カセットテープのみならず、古本や昔のカメラ、畳など、身の回りのものを大切に扱う描写が続く。

これぞ、「ていねいな暮らし」だな、と。「ていねいな暮らし」って、インテリアをシンプルかつおしゃれに整えたり、こだわって作られたものを多数所有したり、ということではなくて、ものや人や自然と丁寧に関係を築くことなんだと「平山」に言われた気がした。

そうやって大切に扱ってきたものの価値を誰かがわかってくれた時、その喜びをわずかな笑みだけで存分に表現する役所さん、すごい。反対に、それらがないがしろにされた時の憤りも、びんびん伝わってくる。無口なキャラクターで、ほぼ台詞がないのに、感情表現が豊かで面白い。

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「平山」は何気ない日々の中に幸せを見つけることが得意で、その様子が羨ましく思える。大量のものやことに囲まれている私は、幸せの受容体を失ってしまったかもしれない。そんな風に自省せずにはいられない。この映画に心動かされた人の多くが、同じ気持ちだったはずだ。

淡々と描かれる毎日のルーティンが安心感を与えてくれて、とても心地よい。休日のルーティンも好きだったな。平日には手を伸ばさない腕時計をはめて。フィルムを現像に出すとともに、できあがった写真を受け取って、新しいフィルムも買って。

でも、同じ毎日がループのように続くなんていうことはあり得ない。似ているようで、必ず違う。闖入者によって、いつもの予定が大きく狂うこともある。

ルーティンが崩れることにはポジティブな面もある。長いこと会っていなかった姪が訪ねてきたりと、普段とは違う幸せがもたらされたりもする。もちろん、ネガティブな崩れ方をすることもある。仕事に忙殺されて、生活がめちゃくちゃになって苛立つ感じはリアル。

そして、ルーティンにはいつか終わりが訪れる。お店のママの、どうして同じままではいられないんだろう、という言葉が刺さった。

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全編を通じて「平山」の生活は“PERFECT DAYS”に思えるものの、単に幸せなだけではなく、深い悲しみも湛えている。どこか、終わりの気配をはらんで。

ガンが見つかった男性が呟いた、何も知らないまま終わっちゃうんだなあ、という言葉もずっしりと残った。何も知らないまま終わっちゃうんだろうなあ、って私も常々思っている。人生はそんなもんなんだろう。

登場人物たちの涙の意味が説明されなかったりと、想像の余地を多分に残す作品だった。映像なのに、「読後感」という言葉がふさわしい余韻が残る。

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東京の公衆トイレっておしゃれだなーと思って観ていたら、そもそも「THE TOKYO TOILET」という公共トイレ設置のプロジェクトの一環で映画が作られたそう。プロデューサーの柳井康治さんはファーストリテイリングの取締役(そして、柳井正さんの息子)で、電通グループの高崎卓馬さんと組んで映画を作ったとのこと。

確かに、公共トイレを使うハードルをぐっと下げてくれるような映画でもあった。公共トイレのCMみたいな。

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「平山」がカセットテープで聴く劇中歌は、ルー・リードの「Perfect Day」が最高だった。

まさに完璧な日だ、って、毎日思いながら過ごしたい。やがて、何もかも終わってしまうのだから。

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