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巡洋艦モスクワの水中文化遺産登録


こんな記事があります。

数週間前、チラッと見かけた海外の記事。私のツイッターで「巡洋艦モスクワがウクライナによって水中文化遺産に登録された」と書き込んだところ、プチプチバズっていました。それを受け、今回、毎日新聞さんが記事を書いてくれました。

なかなか「水中遺跡」や「水中文化遺産」という言葉をニュースでも見る機会の少ない日本で、突然のニュース。どのように捉えてよいのか難しいかと思います。ツイッターでは、なかなか語れないお話をしたいと思います。

基本、画像少なめです。

目次

 ①導入
 ②ウクライナの水中文化遺産とモスクワの撃沈
 ③外交のカード~国を守る外交手段
 ④問題点
 ⑤日本とのかかわりは?
 ⑥参考資料

導入

4月に沈没したロシアの黒海艦隊旗艦「モスクワ」について、ウクライナ政府が水中文化遺産に登録。交戦国の艦船を遺産登録するのは異例の行動といえる。ウクライナの狙いはどこにあるのか。

毎日新聞

多くの人の反応は、どういうこと? 面白いねウクライナ。 文化遺産としての利用って良いの? さすがウクライナ、目の付け所が斬新。 ロシアを煽ってない? などなど。

また、ウクライナ政府は、戦争終結後、ダイビングツアーを予定しているそうです。岸から数十キロ離れ、また、水深40mを超えているのに、「ちょっと潜れば見れるよ!」と書き込んだのは、とある役人の個人のSNSだそうです。確かに、皮肉・煽っているよう思えるかもしれません。それとも、国威発揚のツールとしての利用でしょうか。ロシアへの侮辱とも捉えられそうです。

数年前、プーチン氏は、クリミアにて水深15mの海底からアンフォラを引き揚げたり、潜水艇を使って水中遺跡の見学をしています(1)。それらの行為もからかっているのかもしれません。

しかし、本質はどうなんでしょうか? 

戦争状態にある国が、面白おかしく相手国を挑発するためだけに、このような大掛かりな仕掛けを用意するのでしょうか?

ウクライナの意図は?

日本国内に、今回のウクライナによる巡洋艦モスクワの水中文化遺産登録について、的確な意見・見解を示せる人はほとんどいません。今回の新聞記事も、毎日新聞の記者が私のツイートに目を止めたこと、水中文化遺産の法律に詳しい神戸大学の中田先生と繋がりがあったこと、そして、記者さんが数回のインタビューを実施してきちんとした記事として仕上げてくれたことなど幸運が重なり世に出ました。インタビューの内容、かなりディープなモノでした…。

書ききれないことが多く、しかも、かなり重要なことなんです。これだけで、本の1冊2冊は書けそうなぐらい、様々な議論が可能です。その触りだけでも知ってもらいたい。どこか論文でも書いて公表をした方が良いので、色々と検討中です。でも、論文を読まない人には出来るだけ早く情報を出したい…そう思い、今回、この記事を書いています。

なかなか聞きなれない単語やコンセプトが多いかと思います。そもそも、水中文化遺産保護条約やEEZ(排他的経済水域)など聞いたことはあっても漠然としたコンセプトしか持っていない読者も多いでしょう(2)。いろいろと詳しく書きたいのですが、それらを説明していると、かなり記事がなが~くなってしまうので、それらの解説は省きます。

参考となるリンクを記事の最後に載せておきますので、ご参照ください。読んでいる途中にリンクがたくさん入ると読むテンポが悪くなるので、最後にまとめてます。

流れとして…
    ①新聞記事を読む(有料記事なのがちょっと微妙)
    ②ネットで簡単に他の方々の意見を読む
    ③このNOTEの記事を読む
    ④参考資料に目を通す
    ⑤もう一度、記事を読んでみる
    ⑥当アカウントのフォローをする
    ⑦水中考古学についてSNSで拡散する
                      というのがベストですね…


ウクライナの水中文化遺産とモスクワの撃沈


「水中遺跡」は、多くの日本人にとって慣れ親しんだ言葉ではないため、今回のウクライナの行動は、突拍子もないことのように思えるかもしれません。しかし、世界の視点から見ると、それほど驚くことではありません。そもそも、多くの国で水中文化遺産について義務教育で当たり前に学んでいるので、「なるほど、そうきたか…」という感覚でしょう。

ウクライナは、ユネスコから見ると水中文化遺産の優等生です。水中文化遺産保護条約も、早い段階(2006年)に批准しています。国内法も整備していますし、大学などでも体系的に学べる体制を創ることに努力しています。私は、そこまでウクライナについては詳しくはないですが、海洋開発などに先立って遺跡探査を実施していると聞きます。

これまでにウクライナでは2,500件以上の水中遺跡を確認し、2,000件近い水中遺跡を保護しています。海岸線2800㎞ほどの国なので、他国と比べてそれほど多くも少なくもない…といったところ。大型の水中ロボットを駆使し、深い海の調査も実施しています。内水域や沿岸部では石器時代の住居跡などの遺跡、地中海から植民してきた人々のコロニー周辺の港・砦などの水没遺跡、ビザンツ帝国時代や近現代の沈没船などがあります。もちろん、戦争遺跡も文化遺産として登録されています。領海の外(EEZ)においても調査を実施しているようです(3)。

ちなみに、黒海は、ちょっと特殊な環境であり、深層水は無酸素層です。通常は、完全に埋没しないと残らない有機物も腐らずにそのまま残っています。ブルガリアなど積極的に黒海深淵の調査を実施していますが、ウクライナは経済的理由などからちょっぴり遅れを取っていたようです(4)。

ウクライナの歴史の中で黒海は外国との交流の口の一つ。海を持った国の誇り高き玄関口です。

今回の事件は、古来から続くウクライナと海との関係の歴史の中で、一つの事象として捉えることが出来ます。

さて、撃沈されたモスクワ。実はこの船、ソビエト時代にウクライナで造られました。つまり、ソビエト時代のくびきの象徴とも見れます。さらに、戦争中に旗艦が沈没したのは、ロシアにとっては約120年ぶりのことです。はい、そうです、日露戦争、日本海海戦以来と見てよいでしょう。日本がバルチック艦隊のスワロフやオスラービヤを撃沈させていますが、それらの船を失ったときと同等の歴史的な出来事と見てよいかと思います(5)。

ウクライナは、現在、大きな歴史の動きの中にあります。ウクライナの攻撃により敵の旗艦を沈没させた。これは、世代を超えて必ず語り継がれる出来事になります。誰も戦争をしたくない。だったら、この戦争を目に焼き付けるように覚えて次の世代に伝えていく。そのためには、戦争の痕跡を今から残しておかなければならない。そう考えたのでしょう。自分達の国を守った象徴です。そして、戦争に勝って平和のシンボルとなる。

戦争遺跡を残すことで歴史を伝え、ウクライナの国の象徴とし、次の平和な世代へと残していく。その決意の表れではないでしょうか?

外交のカード~国を守る外交手段

国を守る、つまりウクライナの持つ海域を守ることです。ウクライナは海に面した国。そして、現在、ロシアは海岸沿いに軍を進めています。下手をすると、ロシアに完全に海岸沿いの地域を占領されてしまう可能性もある…。

祖国の海も守らないといけない。ウクライナの海であるという主張をするためにも、ウクライナの水中文化遺産があることを示す必要がある。陸の上に古代の都市など文化遺産がある様に、海も確かにウクライナのモノであり文化遺産が存在する。海も陸も守る…そのように主張しているのではないでしょうか?

海の上の国境も、ロシアには引かせない。そのための政治的なカードに思えます。

所有権について
水中に存在する船舶などについて、ロシア側は、次のように言っています。

Russian Federation: ``Under international law of the sea all the 
sunken warships and government aircraft remain the property of their 
flag State. The Government of the Russian Federation retains ownership 
of any Russian sunken warship, including the warships of the Russian 
Empire and the Soviet Union, regardless the time they sank. These craft 
are considered places of special governmental protection and cannot be 
salvaged without special permission of the Government of the Russian 
Federation.'' Source: Communication from the Government of the Russian 
Federation, October 3, 2003.

ロシアの主張としては、沈没した時間にかかわらず、ロシアに所有権があり、ロシアの許可なしに引き上げは禁じるというもの(6)。

また、水中に存在する戦争遺跡・遺物などは、戦争のメモリアルとして丁重に扱うべき、というのが国際慣例になりつつあります。そう、ウクライナは、この流れに従ったとも言えます。戦争遺跡は、メモリアルとしてリスペクトするのが国際関係の常識ですよね、と。一度、文化遺産として指定されれば、それなりの重みが出てきます。ロシアもうかつには手を出せなくなります。

ちょっと文化遺産の政治利用について書いて見たいと思います。
ウクライナ側、今回かなりうまい手を打ったと言えます。もちろん、文化遺産を政治的に利用することに対してユネスコや世界の世論がどう動くか、危険な綱渡りとも言えます。しかし、文化遺産の政治利用は今に始まったことではありませんし、核をちらつかせる相手に対して、歴史的価値を掲げて戦っていると言えます。文化遺産をプラスの目的で利用しています。

実は、ロシアも水中文化遺産を政治利用しています。上述したプーチンさんの水中遺跡からアンフォラの引き揚げや潜水艇での遺跡見学。クリミア併合した後で行なっています。自分は、歴史や文化遺産も守る、半島の正当な統治者・過去から繋がる歴史の正当性を示す(嘘)ための演技だと見られます。それも、自らダイビングをしてアンフォラを引き揚げてくる!プーチン氏、ウクライナとロシアの歴史的繋がりを強調して、一つの国だと言っていますね。歴史・文化遺産の政治利用です。文化遺産のマイナス的利用です。

また、中国も水中文化遺産を利用しています。明の時代の鄭和の大航海が平和的であったとし、東南アジアやインド洋で調査を実施しています。ケニア沖での調査は特に知られています(興味のある人は、Ngomeni shipwreckで調べてみてください)。まあ、ただし、中国の場合は、自国を売り込むため・経済的に利用しているので、中国起源の沈没船があったからと言って隣国を併合するようなことはありません。いうなれば、中国の歴史的評価を高め現在の自国の利益のために利用する。どちらかと言えば、ニュートラル。プラス・マイナスのない利用方法だと、私は考えています(7)。

ちなみに、ちょっと脱線しますが、日本のEEZ内で中国起源の文物が発見された場合、管轄は中国にあります。え?と思われるかもしれませんが…。

日本は、EEZにおける水中文化遺産の規定が全く存在しないので、国として何も対応できない、保護・発掘・盗掘の想定すらない。一方、中国は、他国のEEZに対しても、自国に由来する文物については保護対策を実施する権利を主張しています。そのため、たとえば遣唐使船が日本のEEZ内で発見されたら、日本ではなく中国が調整国として調査を実施する可能性が出てきます。日本は調査を実施する法的根拠・体制・人材がない、中国には、どれもあります。

ロシアや中国による水中文化遺産の政治的利用…それらに比べると、自分たちの海を守るための手段。なかなか上手だと思います。

問題点

幾つか問題点があります。私は、法律の専門家ではないので、あまり引用して欲しくありません。現在、いろいろと調べていますので、正確な情報は、後にどこかでしっかりと書きたいと思います。ここでは現在、整理中の情報という扱いでお願い出来たらと思います。 

誰の管轄になるのか問題と100年基準に対する意見について書きたいと思います。また、ユネスコの見解も。

管轄の問題
さて、巡洋艦モスクワの所有権ですが、どうあがいても、ロシアです。つまり、ロシアの合意なしには、触れることはできません。領海内であれば、ウクライナ側に多少強い権限があります。触れることはできませんが、位置情報など相手国への情報の開示については「should」です。また、所有権がロシアにあっても、ロシアの船がウクライナ領海に入った時点で不法侵入になります。そのため、調査などを行なう場合には、必ず2国間の協議が必要となります。

ただし、これは領海内であった場合の話し。

今回、沈没した場所ですが、排他的経済水域内(EEZ)です。領海(12カイリ)そして、必要であれば接続水域(24カイリ)までは、国内法が適応され、他国もその法律を認めざるをえません。その外は、沿岸国(ウクライナ)が規制を掛けることは可能ですが、ロシアも航行が可能です。経済活動は、2国間で合意が必要ですが、基本は国連海洋法にある規定に沿って決められます。

EEZにおいては、ウクライナが資源や環境を適切に管理する義務を担いますが、国連海洋法ではだれが水中遺跡を管轄するか明確な指針はありません。水中文化遺産は、資源ではないと1950年代に定義されています…。観光資源とか言いますが、それはそれ。そのためにユネスコは水中文化遺産保護条約を設定し、領海外でも文化遺産を保護することに努めるよう指示しています。条約加盟国には、文化遺産の保護が求められています。発見された文化遺産に対して文化的繋がりのある国が調整国となり、どのように保護を進めるのか、数か国の合意の上で適切な対応が実施されるというのが、通常の流れです。
 
とはいえ、所有権が旗国にありますし、そもそもロシアはユネスコ条約を批准していません。そのため、ロシア側は「お構いなし」に引き上げを強行することもできるでしょう。EEZ内では、ウクライナ側が経済活動をある程度まで規制し管理する権限(および責任)があるため、引き上げという「経済活動」を制限する権利も主張するかもしれません。例えば、オイル漏れなどの環境汚染に対してはウクライナが責任を持つため、それを防ぐための処置や活動の権限はウクライナ側にあると言えます。

  ここら辺は、法律の専門家にお伺いください…。

ロシアがどのように動き、国際世論、法律の専門家がその判断をど裁くのか…。

さて、ウクライナ側は、文化遺産に登録した時点で「触る」つもりはありません。現状の変更せずに水中にて保管する、という立場でしょう。そして、きちんと戦争遺跡として敬意を払うと…。それは、先の文面の通り「ロシア側も望んでいること」、とウクライナ側は主張するでしょう。ロシア側としては、このウクライナの言い分に対して違法だとは言うことはできません。が、自分たちの所有権を主張すれば引き揚げは可能だと思います。しかし、大きな船ですので、莫大な資金が必要となります。もし、世論と予算が厳しい中で実施した場合、それほどの価値があるのか。

引き揚げに関しては、ロシアとウクライナの2国間の交渉が行われるのでしょうが、果たしてどのような道が示されるのか。国際法上、まだ軍艦についてどのように取り扱うべきか、明確な指針がない中での今回の動き。

ロシアにとっては面倒な事案です。

100年基準
ユネスコ水中文化遺産保護条約では、100年基準と呼ばれるものがあります。条約によれば、100年以上水没した文化的価値のある物・場所が水中文化遺産となります。多くの人は、どうもこの100年基準の考え方を捉え違えているようです。100年水没していた物は文化遺産になるけど、「100年経たないと文化遺産にならない」という解釈ではありません。国内法で別の基準を作って、それを適応しても問題がありません。

オーストラリアは、ユネスコ条約の批准を見据えて国内法を改正していますが、基準を75年とし、また、遺跡の保護をEEZ・大陸棚まで延長しています(8)。50年でも75年前のものも、その国・地域で歴史的価値があるとみなせば、文化遺産になります。それは、ユネスコ条約とは別に国内法でさらなる保護を加えているという考え方です。

ウクライナ国内の水中遺跡の中には、第2次大戦の遺跡が含まれています。今回の沈没は、歴史的価値があると判断されたのでしょう。また、EEZの調査も実施していることから、国内法と同様の保護がEEZにも適応されるという判断なのでしょう。ですが、それはあくまでウクライナの見解。ロシア側は、EEZ内においては、国連海洋法の規定を出してくるでしょう。

さて、気になるユネスコの見解…
ユネスコは、今回の件については、特に声明を出していません。また、それが問題か、というと、特に問題にはならないでしょう。よく、ユネスコが水中文化遺産であるかに審査をする機関であると誤解している人がいます。ユネスコには、そのような役割はありませんし、罰則規定などもありません。ユネスコが世界の水中文化遺産を判断しているわけでもありません。

ちなみに、ユネスコの条約が水中文化遺産の国際関係の中で重要な位置を占めていることは確かですが、ユネスコがすべてではありません。ユネスコと関係なしに水中文化遺産の保護を進めている国もあります。アメリカはそもそもユネスコとは、ほぼ無関係です。また、欧州評議会のヴァレッタ条約も、水中文化遺産の保護について言及しています (9)。ヴァレッタ条約は、20数か国で批准されているので、それらの国々では国際的な取組の中で水中遺跡保護を実施しています。また、国内法で水中文化遺産保護がきちんとできているので、わざわざユネスコ条約を批准するまでもない、という国もあります。北欧などがそのようです。

日本とのかかわりは?

さて、最後に日本との関りについて…ちょっぴり難しい話題です。

読む際の注意点ですが、日本の現状に対して批判的な内容です。これは、日本政府(内閣府など)に対して限定的なものですのでご了承ください。ここは、勘違いされると困ります。

おかしな話、日本で水中考古学に関わっている研究者は、世界的に活躍しており、論文なども海外で評価されています。そのため、諸外国では日本の水中遺跡研究は進んでいると思われている部分もあるのが事実です。常識的に考えると、研究者が優秀だと、それを支えている行政調査や基礎研究が盛んでおり、国の文化遺産保護体制も整っていると考えるでしょう。そのため、諸外国からわざわざ日本の現状を調べたりあれこれ言う人は、あまりいません。

さて、このモスクワ撃沈は、ロシア海軍にとって大打撃だったのですが、ここで触れておきたいのが、日露戦争の際のバルチック艦隊です。モスクワ撃沈は、日本海海戦以降ではロシア海軍最大の事件とも言えます。ここから、バルチック艦隊について書きますが、それは、今回のウクライナの行動が、たまたま対比できるから。実際には、バルチック艦隊以外にも、沢山の水中文化遺産が日本の周りにあり、外国と関連のある共有文化遺産もあります。ここで扱う内容は、それら共有文化遺産の多くに当てはめて考えることが出来ます。

日本海海戦で沈没した戦艦などの船舶は、今でも水中に眠ったままです。いくつかは、日本の領海内にあります。これらは、ロシアの所有権が認められていますが、現状の変更を伴わない限り、近づいても問題ありません。どんどん朽ちていっているため、記録を残すことが求められます。あと、数十年もすれば、完全に崩れてしまうことでしょう。歴史の消滅です。タイタニック号も沈没から100年以上経過しています。1980年代に確認されてから、現在までに劣化が進んでいることが確認されています。

日露戦争からもうすぐ120年、立派な水中文化遺産です。ロシアとの関係がどのように動くかわからないことを理由に何も行動を起こさない日本政府。歴史理解も進めるつもりはないようです。一方のウクライナは、沈没後、すぐに新しい遺跡を登録し、歴史遺産としてしっかりと後世に伝えていく決意を見せました。それを水中文化遺産の政治利用は良くないと考える人もいるようですが、遺跡の記録を残さずにただただ消滅するのを待つだけの日本よりかは、良い判断をしているのではないでしょうか?

「積極的に遺跡として登録・保護し後世に歴史を伝える」
「面倒だ、特に必要がないと考え、保護をせず歴史から消滅させる」
50年後、どちらが良しと判断されるでしょうか?

可能性は低いとはいえ、ロシアが突然、バルチック艦隊に対する日本の扱いに関して行動を起こす、何らかの形で抗議をしてくることもあるでしょう。「ロシアに所有権のある水中文化遺産に対して適切な保護措置を取らずに文化遺産の消滅の危機にさらしていることは、ロシアの歴史と国民に対する冒涜である」と。そのような抗議内容に対して、日本側から国際社会に通用する対抗策は出てくるのでしょうか?

120年前、日本とロシアは戦争状態でしたが、イルティッシュ号事件などのように、人々の助け合いの心を見ることができます。平和の象徴とも捉えることが出来ます(10)。朽ちていく船体を記録しお互いの歴史理解を深め、「我々は戦争メモリアルとしてリスペクトしている」と宣言することも可能でしょう。ロシアとの関係の改善のために水中文化遺産の平和的利用も考えられるのではないでしょうか?より良い歴史理解のため、合同調査を呼び掛けてもよいでしょう。

日本は、平和憲法(9条)を持っています。日本政府は、水中文化遺産を平和的に利用しても良いのではないでしょうか?海洋国家であり平和憲法を有する国であれば、当然のことでしょう。具体的にどうすれば良いのか、という提案は、ここではしません。戦争遺跡を記録し、現状を伝えること、敵味方関係なく、あるがままの歴史を提示する…。とりあえず、それがスタートラインかと思います。

残念ながら、そこまで考えつく政治家は、日本にはたったの一人も存在していないようです。諸外国ではすでに19世紀初頭から水中文化遺産を保護する法律があります(11)。一方、日本国内では水中遺跡の保護が未だ進んでいません。

文化庁は、今年3月に水中遺跡調査のハンドブックを発表しました(12)。文化庁としては、大きな一歩です。領海内で、水中遺跡が発見されれば、保護されることになるでしょう。自治体が積極的に水中遺跡の保護に取り組んでくれることでしょう、そのための調査マニュアル、「てびき」です。  

とはいえ、率先して水中遺跡を探すためには多少の予算が必要となること、また、海洋開発に際しての事前調査の体制が明確ではないこと、領海外(EEZ)に対しては規定が存在していないことが問題です。

ウクライナ政権は、あらゆる手段を行使しています。国と海と歴史、平和を守るために。

最後に敢えてバルチック艦隊について言及しました。しかし、これは、先程も述べましたが、すべての水中遺跡に対して言えることです。日本の領海・EEZ内にある他国との共有文化遺産として捉えることが出来る沈没船、このままでは歴史から消滅します。スペインのガレオン船、オランダの船、中国や朝鮮半島の船もあるでしょう。それらの文化遺産を守ることは海を持った国の義務であり、国の責任だと考えています。場合によっては、日本はその義務を果たさなかったとし、責任追及・国際問題へと発展することも十分あり得ます。

さて、太平洋戦争時代のモノすべて文化遺産であると仮定しましょう。今後、何の記録もないまま消滅するであろう文化遺産を純粋に重さ(トン数)のみで比べた場合、日本は世界最大の文化遺産破壊大国になります。

考えなくてはならないこと…
他国の領海・EEZにある戦争遺跡(日本の船舶)は保護されている
日本の領海・EEZにある戦争遺跡(日本・他国の船舶)は消滅の危機にある

日本の戦争遺跡は、日本以外の場所では調査が進み保護されています。

それ以前の時代の水中文化遺産も、破壊が進んでいます。ちなみに、水中遺跡で最も多いのは縄文時代の遺跡です。周知の水中遺跡件数を日本と他国で比べてみると、日本は数桁少ないことは良く知られた事実です。

少し話が飛びますが、内陸国のマリなどもユネスコ水中文化遺産保護を批准、モンゴル国も積極的に批准の準備を進めています。ちなみに、アラブ諸国の水中文化遺産の取り組みのレポートがあるので、ぜひご覧になってください(13)。世界でどのように水中遺跡が扱われているのかを知る良い例だと思います。日本では、ニュースキャスターが「水中考古学って初めて聞きました」と言い、海岸線1万kmをすでに調査なしに埋め立て、未だに海の文化遺産を守るための調査体制がほとんど整っていません(14)。

なぜこのような状況にあるのでしょうか?

最後に…

ウクライナによる巡洋艦モスクワの水中文化遺産の登録。我々も他人事として見ているだけではいけないでしょう。

水中文化遺産は、国際社会においては、マイナーな存在ではなく、様々なテーブルで話し合われるトピックであり、近年、ますます重要度を増しています。

海を持つ国として、国際社会の一員の最低限の心得とは何か、考えるキッカケとしてどうでしょうか?

参考資料

論文ではないので、リンクを貼っているだけです。
(1)プーチンのクリミアにおける水中文化遺産の政治利用(ニュース記事)

(2)ユネスコ水中文化遺産保護条約、排他的経済水域、国連海洋法(特に303条を参照)についてなど。

(3)ウクライナの水中文化遺産について

ウクライナー水中文化遺産レポート

https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000189944

ウクライナの文化遺産行政・体制について

https://rm.coe.int/ukraine-comus-heritage-assessment-report-english-version/168071bcb0

(4)黒海の沈没船ニュース!

(5)日露戦争について。『坂の上の雲』は必読!歴史検証も必要ですが。

(6)水中の戦争遺跡について日本やロシアなどがアメリカと意見を交わしています。

(7)日中における水中文化遺産の保護および保全に関する制度的研究―関連する国際法および国内法の比較検討を通じて (PDF) 
白亜寧さんの博士論文。東京海洋大学 

https://oacis.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=1897&item_no=1&attribute_id=20&file_no=1&page_id=13&block_id=21

Ngomeni shipwreck


(8)オーストラリアの水中文化遺産保護に関する法律。75年を過ぎるとすべて保護対象となります。大陸棚まで含みます。

(9)ユネスコ以外の取り組みについて

アメリカの水中文化遺産保護の体制・法律について
https://www.culturalheritagelaw.org/resources/Documents/Underwater%20Cultural%20Heritage%20Law%20Study.pdf

欧州評議会・バレッタ条約(簡易訳・抜粋)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/suichu_iseki/h27_09/pdf/shiryo_5.pdf

(10)イルティッシュ号について

(11)ギリシャの水中文化遺産について

(12)文化庁 水中遺跡ハンドブック (PDF)

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/93679701_01.pdf

(13)アラブ諸国の水中文化遺産の取り組み

(14)文化遺産の破戒について…ちょっと前に書いたブログ記事です。


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