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明朗の胎動


 こんな私なのに、プロポーズをしてくれて、本当にありがとう。
 こんな夢のような夜景の中で豪華すぎるくらい素敵な食事、今まで味わったことがないよ。それに、吸い込まれそうにすきとおる爛々とした指輪。そしてなにより、想いのたくさん詰まった言葉で告白してくれて、涙が止まらないよ。本当にありがとう。ごめん、本当に止まらないや。
 あなたがたくさん想いを伝えてくれたから、私からも告白したいことがあるの。びっくりするかもしれないけど、思い切って話すね。
 私ね、私、実は、私。実は、想像妊娠で産まれた子なの。
 驚いたよね?うん、きっと絶対、すごく、驚いたと思う。ごめんね、こんなに素敵な時間なのに、驚かせてごめんね。でもね、本当なの。私にはパパがいないの。前に話した時、パパは蒸発した、って言ったけど、あれは嘘なの。本当は蒸発なんてしてないし死んでもいなくて、そもそも、パパなんていないの。ママはね、ひとりでに想像妊娠をしたの。ママは、一度も誰ともしたことはないから、それは確かなの。はじめてそれを聞かされた時は、まるでマリア様みたいだね、って笑ったよ。
 ママはね、ある人を想って妊娠したの。それはね、高校二年生の時の担任の先生。その人は生物の授業を担当していて、イモリに似てたから、イモリ、ってみんなから呼ばれてたんだって。ヤモリじゃなくてイモリ。ある日、カエルの解剖の授業で、男子たちが先生を「両生類が両生類の解剖をしてる」ってバカにしたとき、はじめて先生が怒鳴るところを見たんだって。なんて怒鳴ったかはよく覚えてないみたいだけど、怒鳴る姿と、そのあと静まり返った理科室で淡々とカエルを解剖する手つきを見て、ぎゅん、ってしたって言ってた。なんか、その気持ち、私もわかる気がする。
 放課後、たまらなくなって先生に会いに理科室に行ったら、先生は、俺のことずっと見てたの知ってたよ、って言ったの。言ったんだって。ごめん、なんか、その場にいたみたいに私はこの出来事のことを想ってるの。へんだよね、ごめんね。そのあと、何も言い出せずに立ち尽くしていたら、先生はおもむろに何か錠剤みたいなものを口に入れると、ママをとつぜん抱き寄せて、それを口移ししたの。ママはなにがおこったのか頭が追いつかなかったけど、とろけるような気持ちになって、先生のくちびるを甘く噛みながら、その錠剤を飲み込んだの。
 そこから記憶が飛んで、気がついたら病院にいたんだって。理科室でそのまま倒れこんだあと、先生が病院に運んでくれたみたい。先生とふたりきりになったのはそれきりだったけど、それからずっと先生のことが大好きで、先生のことを想うたびになにかがお腹の中でふくらんでいる感じがしたんだって。そして、そのうちだんたん、本当にお腹がふくらんできたの。
 四ヶ月くらい経ったある日、ママのママがそれに気づいちゃって、ママのパパが誰の子だ誰の子だって何度もママに訊いたけど、ママは誰とも何もしたことがないから、何度もそう伝えたのに、全然聞いてくれなくて、しまいにママのパパは、ママのお腹を思い切り蹴飛ばしたの。ママのママはそのあとママのパパの足に必死にしがみついてかばってくれたけど、そのとき蹴飛ばされた影響で、産まれた私はこんなになっちゃったんだってママ言ってた。ママはそのあと家を出て、ひとりで私のことを産んだの。ママのママは心配してお金を送ってくれてたみたいだけど、それでは全然足りなかったから、たくさん苦労して私を育ててくれたんだって。
 私ね、実は一度、堕ろしたことがあるの。あなたと出会って半年くらいだった。あなたは最初私に見向きもしなかったけど、私は出会ったときからあなたのことが好きだったの。はじめて出会ったときあなたは、エビを食べてた。みんながげらげら騒いでるなか、あなたはお店のはじっこで、たくさんエビを食べてたの。その姿を見て、なんだかいいなって思って、話しかけにいったら、あなた最初は少しめんどくさそうにして全然目も合わせてくれなかったけど、ふと音楽の話をしてくれて。覚えてるかな?私は音楽の話はよくわからなかったけど、だんだんと夢中になって話してくれて、その横顔は、そう、イモリ、イモリみたいだって!そう思ったの。そして、やっと目が合ったあなたの瞳、吸い込まれそうにすきとおってた!その瞳を見て私、ぎゅん、ってしたの。ママから妊娠したときの話を聞いて覚えたシンパシーのようなものを、確かにそのとき感じたの。
 それから半年間、毎日お腹の中でなにかがふくらんでいくのを感じて、それにすごく喜びを感じてたの。でも、お腹が実際にふくらんできていたのが、ある日ママにばれちゃって。ママは途轍もなく怒って、ママは今まで怒ったことなんて一度もなかったからものすごく怖くて、確か私もすごく暴れたりしたんだけどその時のことはほとんど覚えてなくて。ママは無理やり私を病院に連れて行って、堕ろしたんだって。
 私はあなたと顔を合わせる資格なんてないって、そう思ってたけど、しばらく仕事を休んでた私に、あなたが連絡をくれて。本当に嬉しかったな。会いに来てくれたときの、あなたの瞳、爛々としてすごく優しげだったな。それからだったよね、仲良くなったの。そのとき、私は気づいたの。私の想像は、私の願望は、実現するものなんだって。可笑しいこと言ってるって思うでしょ?でも、本当なの。だって、あなたから連絡がきたらどんなに救われるかって想像したときに、ちょうどあなたから連絡が来たんだもの。それに、私は想像だけで実際に子どもを孕んだし、子どもを堕ろさせたママだってそのとき私が死んじゃえばいいと思ったからその場でとつぜん死んじゃったんだもの!
 長く話しちゃってごめんね。せっかくの素敵な時間なのに。このお店、どうだったかな、気に入ってくれたかな。夢のような夜景、豪華すぎるくらい素敵な食事。これも全部、私が憧れて、あなたが選んでくれたものなのね。メインディッシュのお肉、すごく柔らかくておいしかったね。あれはね、私たちの子どもなの。あのとき堕ろした、あなたとの子。あなたとの子だよね?だって、あなたを想って妊娠したんだもの。夢中になって食べてるときのあなたの顔、エビを食べてたときの顔に似てて笑っちゃった。一緒に食べられて嬉しかったよ。あなたの伝えてくれた、想いのたくさん詰まった言葉、あれは間違いなくあなたのものだったよね。本当にありがとう。私は最高のプロポーズだと思ったよ。あなたにとってはどうだったかしら。あと、あなたがくれた婚約指輪、本当に最高だよ。私がずっとほしかったものなの。吸い込まれそうにすきとおる、爛々としたあなたの瞳。あなたのくれた残酷な言葉で、きっとこの子もたくましくすこやかに育つと思う。だって、さっきから何度もお腹の壁を蹴飛ばしてくれてるもの。ドッドッドッドッドッドッドッドッって、ものすごく激しく蹴飛ばしてくれてるよ。聞こえる?ふたりの、新しい命だよ。





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本作『明朗の胎動』は、『どうか秘密を花束に』というアンソロジーに寄稿した作品です。
(「文章・創作のサークル」発行)

アンソロジーは下記のイベントにて販売されるほか、

2022年5月29日(日) 第三十四回文学フリマ東京 12:00〜17:00
入場無料 東京流通センター(東京都)第一展示場
ブース【ア-31〜32】文章・創作のサークル

電子書籍でも販売されています。



出版に際してご尽力いただきました代表の織田麻さまをはじめ、
メンバーの皆さまにはこの場をお借りして感謝を申し上げます。




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