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YA【月はそこにいる】(1月号)


©️白川美古都


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 月ノ島中学校には発足二年目の雅楽部がある。
 杉山玲子は発足当初に入部した一人だ。きっかけは、音楽担当の小川和香子先生に熱心に勧誘されたことだ。
 和香子先生は歌うことが苦手だった玲子を勇気づけてくれて、合唱コンクールで、玲子達のクラスを金賞に導いてくれた。
 金賞も嬉しかったけれど、もっと嬉しかったのは、松岡美智という唯一無二の親友ができたことだ。

 美智とは一緒に入部した雅楽部で活動して、文化祭では演奏会もした。
 玲子は琴、美智は三味線を練習している。そして、三ヶ月後の卒業生を送る会で、在校生への御礼の演奏する予定だ。
 玲子が足早に部室に向かうと、聞き慣れない笛の音が聞こえてきた。
 篠笛だろうか、竹の柔らかな音色が廊下まで響いて来る。
(上手だなぁ)
「こんにちは! ワカコ先生!」
 玲子は部室のドアを開けた。
 現在、篠笛を演奏できる部員はいない。全ての雅楽の楽器を演奏できるのは、和香子先生だけだ。
 そもそも、なぜ雅楽部ができたかと言うと、先生の実家が神社で、神楽という神様に贈る歌を習って育ったからだ。
 日本の伝統と、音楽の楽しさをみんなに伝えたいと、和香子先生は熱く語った。初めに、玲子が挑戦した楽器は篠笛だった。
 しかし、息が長く続かなくて琴に変更した。
「えっ? だ、誰?」
「あっ、どうも……」
 畳の部屋の隅に、見知らぬ男子生徒が正座している。
 その手には、篠笛。
 ということは今演奏していたのは彼だ。

「新入部生の五木詩音です」
「杉山です。あのぅ、何年生ですか?」
「三年生です……」
 二人の間に沈黙が流れた。
(あっ……、)
 三年生の三学期に転校してきたという男子だ。
 受験と卒業の差し迫った時期の転校生に、みんな驚きはしたが興味を示さなかった。
 玲子もその一人だ。
 でも、雅楽部に在籍したのなら話は別だ。
 三年生は一応引退しているが、それぞれ受験勉強優先で、息抜き程度に活動している。
「は、はじめまして。その篠笛は……」
 玲子が尋ねると、詩音は恥ずかしそうにうつむいた。サラサラの黒髪が、色白の額にかかる。
 詩音はとても整った顔をしている。鼻筋が通り唇は薄い。体格は細めの筋肉質で正座が美しい。
(こういう男子を美形っていうんだろうな)
 玲子は思わず見とれてしまった。

「これは、祖父の形見です」
 詩音はそう言って、篠笛を手拭いでなでるように拭いた。
「じゃあ、篠笛をお爺さんに習ったんだ。すごく上手でびっくりしちゃった。私も篠笛に挑戦したんだけど、息が続かずに音を出すのがやっとで」
 玲子は話しながら頬が赤くなるのを感じた。
「ワ、ワカコ先生にアヒルの唇をするようにアドバイスしてもらったんだよ。でも、アヒルって、唇じゃなくてクチバシだよね。ア、ハハハ……」
 何を言っているのだろう。
 少し間を置いて、詩音はやさしく笑った。
「杉山さんって面白いですね。短い間ですが、よろしくお願いします」
詩音と視線が合う。
 胸がドキドキする。耳のはしが熱くなる。


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「それで、イツキくんの吹く篠笛の音色はね、三日月が星の無い夜空に浮かんでいるような、ちょっとさみしくて、とてもやさしい音色なんだよ」
 先程から、玲子は美智に熱心に詩音のことを語っている。
「そう、雨が降りそうだね」
 美智は廊下の窓から、空の雲を眺める。
 玲子の話を聞き流している。いつもなら、どんな些細な話でも真剣に聞いてくれるのに。

 二人は放課後、雅楽部が活動している畳の教室に向かって歩いている。
 今日、投票で、卒業式で演奏する曲目を決める。
 曲目は予め二つに絞られている。
 和香子先生が演奏に合格点をくれた荒城の月か、さくらのどちらかだ。
「しかも、吹いていたのが荒城の月でね、楽譜を見ずに、目を閉じて、想いを込めて吹いていたの。すごくない?」
 玲子は興奮を抑えられなかった。
 すると、美智は明らかに不機嫌になった。
「そもそも、誰が彼の在籍を認めたの? 元部長のあたしが聞いてないんだけど」
「えっ……、ワカコ先生だと思うけど」
 玲子は口ごもった。黙って部室まで歩くと、詩音の篠笛の音が聞こえてきた。


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 一年生と二年生の部員が、詩音を取り囲んで座っていた。
 詩音が吹いているのは、先日と同じ荒城の月だ。四番まで吹き終えると、部員達から拍手が沸き起こった。
 詩音は困ったように照れて頭に手をやった。
と、突然、
「篠笛が得意なのはよくわかったけどさ、まず、挨拶とか無いわけ?」
 美智が正座している詩音の前に立った。
「すみません。イツキです。冬休みの間に、自然に囲まれた中学校から、街中のこの中学校に転校してきました。引っ越してからは、住宅街に住んでいるので、篠笛を吹くことができなくて、校庭で吹いていたら、ワカコ先生が部に誘ってくださいました」
 詩音は軽く頭を下げると、紫色の手拭いで篠笛をなでた。
「そっか、こっちで吹いていると騒音で近所迷惑になっちゃうもんね」
 次々と同情の声と、よろしくと、あたたかい声が詩音にかけられる。

 ところが、美智だけは違っていた。
「ワカコ先生から聞いていると思うけど、雅楽は礼儀作法が大切なの」
「あ、はい、それは、すみませんでした」
「新人は部室の掃除からよ」
 美智が本当に怒っているというよりもイライラしていた。ただその苛立ちの感情を詩音にぶつけていた。
 それから、
「帰る、レイコ、行くよ!」
 玲子は美智に腕をつかまれて引っ張られた。
(痛い、痛いよ、どうかしたの?)
 なんだか怖くて声にならない。
 やっとの思いで、
「はなしてって、帰るから」
 玲子が口にすると、美智はなぜか涙目になっていた。
「ごめん」
 美智はつぶやくと、
「レイコも、ああゆう男子が好きなの?」
 真っ直ぐに見つめて尋ねてきた。
「は? 好きっていやだな、そんな……」
 玲子は自分でもわかるほど、好きという言葉に反応してしまった。
 美智の瞳に悲しみが広がった。それに気づかないほど、玲子の心は詩音のことでいっぱいだった。


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 翌日、部活に行く前に生徒相談室の前の廊下で、玲子は美智をこっそりと待っていた。
 美智が和香子先生と話をしているのだ。
 それにしても長い。時折、声がもれてくる。気になって、ドアにもたれるように耳を近づけた。
「卒業式で演奏するのは、さくらにしてください。荒城の月だけは、絶対に嫌です。それなら、あたしは演奏を辞退します」
「松岡さん、落ち着きましょうか」
「あたしは、雅楽部の発足当時から部長でした。最後の曲目くらい選ばせてもらってもいいと思います」
「でも、みんなで決めることになったでしょう?」
 議論は平行線が続いている。

 興奮している美智と、冷静な和香子先生。
「荒城の月を演奏したくない理由は、何?」
「そ、それは……、卒業式だから、さくらのがいいかと……」
 珍しく美智が口ごもった。
 カタン
 椅子を立つ音がした。
「本当の理由を聞かせてもらえるかしら?」
 優しい和香子先生の声に、美智は豪快に泣き出した。

「あたし、自分の気持ちがわからない。レイコがイツキ君の話をするとイライラして、レイコがイツキ君の演奏する荒城の月をほめればほめるほど、絶対に演奏してやるもんかって腹が立って……」
 和香子先生は、美智の背中をさすってるのだろうか。
「レイコが好きなのに、そんなのダメな気がするし、レイコへの好きの気持ちがどういうものなのかわからなくて……」
 美智の告白に、玲子は硬まった。
 息を止めてドアから離れる。
(え? 好き? どの好きのこと?)
 随分と時間が経っていたようだ。
 窓の向こうは薄暗い。薄っぺらな月が、顔をのぞかせいる。
 カタン
 もう一つの椅子の音が響いて、玲子は我に返った。
(ヤバイ、このままだとドアが開いて、美智と和香子先生が出てくる!)

 次の瞬間、下駄箱に向かって走っていた。
 一人で帰りたい。
 息が切れるほど走って、校庭に飛び出した。
 冷たい風が吹きつける。交差点を曲がる。
 ここまで来れば、今日は、美智と顔を合わせることはない。
 でも、明日から、どんな顔をすればいいのだろう。
 玲子は月を眺めた。深呼吸をすると、薄っぺらな月の輪郭がひかった気がした。
 いつもと変わらずに、月はそこにいる。

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〜創作日記〜
これはLGBTのLをテーマにしました。
愛知県教育振興会さんは、私の書きたいというテーマに本当に柔軟に対処してくださり、いつも感謝しています。
これからは、今まで避けられていたテーマを、私は書きたいですね(感謝

イラスト:hellokeiko様

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。