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暗黒日記Z #29 「きのこ」

ART-SCHOOLがずっと嫌いだった。嫌いというと少し違うか、苦手だった。演奏は好きだったけど、ボーカルだけがどうも聴いていてしっくり来なかった。率直に言ってしまえば「いや、下手過ぎるだろ!」と思っていた。たぶんあのバンドの曲を初めて聴いた時、10人中7人は同じように感じると思う。私が彼等の音楽に出会ったのはいつだったか、恐らく高校生くらいの頃だったとは思う。きっと初期のほうの曲を聴いてみたのだと思うが、演奏に関しては、特にそのくらいの年代の心には見事に真っ直ぐ突き刺さるものになっていたので、それだけにボーカルが残念すぎるな、と何とも言えないやるせなさのようなものを感じた。

そんな中でも「革命家は夢を観る」という曲だけは辛うじて普通に好きだと思えた。あの曲はラッパーの環ROYがフィーチャリングされているということもあり、ボーカリゼーション(こんな言葉を使う権利は私には無いが目を瞑ってちょうだいな)もその他のものと比べると、歌い上げるようなタイプではなかったから違って聴こえたのだろう。しかしだからと言ってバンドがお気に入りになることはなく、アルバムを買ったりもせず、つい先週か先々週あたりまで距離を置いたままになっていた。

それがこの間、Twitterでふと名前が目に留まったことから久しぶりに聴いてみようと思った。今なら好きになれるのじゃないかとなんとなく考えた。結構そういうことはよくしている、音楽に限らず。一度触れてみてピンと来なかったものでも、時を置いて改めて向き合えば好きになれるのではないかという期待を、私はすべての「現状自分が嫌いなもの」に対して抱いて……いないこともない。どうしても好きになれないものは厳然として存在する。トマトとか。無理でしょ。あれを好きになるのはどう頑張っても無理でしょ。ケチャップという素晴らしい存在のマテリアルとして以上の価値をヤツに見出すことは出来ない。言わば金のようなものだ。金が生み出す幸福のことを私は心底愛しているが金そのもののことはあまり好きじゃなく何なら憎んでさえいる。この論理はそのまま「人間」にも当てはまる、とか言い出すとまたぞろ怨念深い文章が組み上がってしまうので深入りはしないでおく。

そんなこんなで、軽い気持ちで何年かぶりに私はしっかりART-SCHOOLを聴いてみた。確かSpotifyのアーティストページにある人気曲ランキングベスト5みたいなものを上から順に聴いたような気がする。ほんの少し前のことなのにその辺ももう定かじゃない。本当に私の記憶力はどうなっているのか。一度精密な検査を受けたほうが良いなこれは。まあそれは良いとして、久しぶりにART-SCHOOLと、木下理樹の声と正面から向き合ってみたのである。

結果、試みは功を奏した。好きだと思った。良いと感じた。かなりもう、手放しで「最高じゃん!」と拍手したくなるくらい良かった。どの曲を、いつの作品を聴いてみても、それぞれに良さが見出せた。かなり時代によって木下理樹の声は違っている。どうやらポリープを発症していた時期があるらしく、その頃の声は確かにひどくしゃがれていた。『BABY ACID BABY』というアルバムあたりがちょうど大変な時期だったらしいが、その時期のものですら、今の私は良いと思えた。

聴く音楽の幅が広がっていったことで受け入れられるようになったんだろうか。それが一番の理由な気もするが、もっと深い部分にも理由はあるのかもしれない。ART-SCHOOLの音楽は、暗い。そりゃもう暗い。ずっとひたすら失った純粋性や少年性、無垢さ、もしくはストレートにいなくなってしまった誰かのこと、そんなようなものについてばかり歌っている。喪失と絶望を鳴らすバンド。私には彼等がそういう存在に思える。だからなのではないだろうか。もはや若者と呼べるのかすらあやしくなってきた今の私に、ART-SCHOOLの音楽はこの上なくちょうど良かったのだ。据わりが良いというか、多感な時期の子供たちが「これは自分のことを歌ってくれている」と勘違いしてしまうあれのアラサーバージョンを体験したのだと思う。そう考えるとこんな風に意気込んで語っているのも恥ずかしいことのような気がしてきたが、忍ぶに値する恥なのは間違いないのでもう少し続ける。

好きになってから、木下理樹のインタビューをたくさん読んだ。彼は2015年にメジャーレーベルを離れて自主レーベルである「Warszawa-Label」を立ち上げているので、その時のインタビューが検索するとたくさん引っかかった。読んでみると、どの記事内でもかつての自分のような子供たちに生き方を示すことが使命のようなものだと感じているという風に語っていた。決まり決まったものではない、こういう生き方もあるんだよ、と教えてあげたい、と。正社員時代の私が聞いたら泣いてしまいそうで、学生時代の私が聞いたら勇気をもらえそうな言葉だ。今の私が聞いたら……自分のやっていることはそんなに間違ってもいないのかもしれないな、と少し思えたりした。

久しぶりの再会を果たして、見事に大ファンになって、最近では毎日ART-SCHOOLを聴いている。整っているようで何かが決定的に欠けている、不恰好ながら美しい彼等の音楽をこのタイミングで好きになれたことは本当に幸運だったと思う。昔の自分に、よく遠ざけておいてくれたと感謝を述べたいくらいである。きみが一旦苦手に思ってくれたから、今こうして私は最高の楽しみ方ができているのだから。ありがとう自分。ありがとう木下理樹。ありがとうART-SCHOOL。ありがとう。ありがとう、生きとし生けるすべての生命よ……。ありがとう、ありがとう、ありがとう……。

美味しいコーヒーになってください……。

ED 6
「またこれかよ」

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ドカーン!!!!!!!!!!!

え?

終わり?

うん、終わり。

なんかごめんね。

ごめんついでにごめん、これも、ごめん、なるべく公式以外の動画は貼らないようにしようとは思ってるんだけど、ごめん、これ良すぎてさ。こんなに危うい音楽があるか。危うくて美しい音楽が。木下理樹の歌っている様が、見てると本当に「大丈夫か……?」ってなる。音程取れるか……? そんなに叫んで喉潰れないか……? っていうか佇まいからして、え、ちゃんと食べてるか……? ぐっすり眠れてるか……? っていう、お節介な親戚の人にならざるを得ない。でも他にないよこんなの。美しすぎ。

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