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タイムカプセル

 夜の学校って怖いんだよね。何でだろう。昼間の喧騒とのギャップなのかもしれない。見慣れたところがしん、と静まりかえって異質な空間になっている怖さ。俺は小学校のとき同級生だった宮内に呼び出されて校庭にきた。俺達の通っていた小学校だ。夜の闇に桜が白く浮かびあがっている。

 久し振りに見た宮内は、相変わらず細面の女のような顔をしていた。たまたまfacebookで最近繋がったんだ。こいつはこの春から医大生らしい。たしか中学や高校もいいところの私立に行った筈だ。この町で一番でかい個人病院の一人息子。なんでこんなしけた公立の小学校に通っていたのかな。

 まあ、その辺の事情は俺はよく知らない。そもそもそこまで仲がいいわけでもなかったし。宮内は口を開いた。茶色がかった髪に、すこし武骨なくらいの黒縁の眼鏡。

「久し振りだね、高橋くん」
「ああ」
「タイムカプセル埋めたの覚えてる?」
「あー、なんかクラスでやったよな、そんなの」
「あの桜の木の下だ」
「そうだっけ。なんか俺らが二十歳になったら掘り出すんだっけ? 2年先だな」
「僕は個人的にもタイムカプセルを埋めた。校舎裏の椿の木の下だ」
「ふーん?」
「何を埋めたと思う?」
「? さあ」
「僕の人生初の手術の成功の証だ」
「手術?」
「そのタイムカプセルの中には北川さんの子どもがはいっている」
「は? 北川? 5年のとき転校したよな。夏休み明けにはいなかった」
「北川さんと、実のお兄さんとの子どもだよ」

 こいつは何を言ってるんだ? 昔からどこかおかしな奴だったけど。

「僕は北川さんに泣いて頼まれた。誰にも知られないで堕胎したいって」
「…………」
「取り出した子どもは奇形だった。見る?」
「…………いや、いいよ」
「何か懐かしくなってね、誰かに話したくなった」
「……何かすこし肌寒いよな。帰るか」

 俺と宮内は別れた。相変わらず、何か読めないやつだ。北川といえば結構可愛かった女子だ。恋ではないけどどこかに淡い憧憬めいたものを持っていたかもしれない。やや大人びていて、物憂げな顔。

 俺は振り返ってフェンス越しの学校を眺めた。やっぱり夜の校舎はどこか怖い。白い桜と、校舎裏の赤い椿と、結局生まれることのないまま埋められた、タイムカプセルの子ども。


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