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【創作小説】『ペッパーミル・ザ・キャンディハウス』本文サンプル【BL】

<基本情報>

おまえのために、生きてやる。

最強の〈ペッパーミル〉は、〈キャンディハウス〉に住んでいる。
街に現れるモンスターを人知れず退治する四十路バディの、他愛もない日常。切なさも楽しさも、イチャイチャもバトルもあります。リバーシブル18禁。

『ペッパーミル・ザ・キャンディハウス』

 ◆

 この事務所は、もともとバーだったらしい。
 今は棚に酒瓶もグラスもなく、書類や備品が押し込まれている。長いバーカウンターは学校の課題を広げるのにちょうどいいから、ぼくは気に入っている。二階に与えられた私室よりも居心地がいいくらいだ。
 表通りから外れているこの立地も、往来が少なく勉強に集中できる。でも気を抜いていてはいけない。こんな薄曇りの夜はとくに……。
 カウンターの上にある黒電話が、けたたましく鳴った。夜の静寂をハンマーで割るような音で。
 驚きはするがいつものこと。ワンコールで受話器を取る。
「はい、〈キャンディハウス〉です」
 はじめはダイヤルの使い方もわからなかったこの黒電話は、本部との直通回線だ。まちがい電話もかかってこない。この時間の用件といえば、たったひとつ。
 応対をはじめたときから、静かだった上階に動きを感じていた。
 電話は家中どこにいても聞こえるから、事務所の人間は黒電話のベルだけで動きはじめるよう馴らされている。
 受話器を置くと同時に、奥から男が二人出てきた。
「おはよう、マカロン……今夜の〈チリペッパー〉のサイズは?」
 手にしたペーパーバックであくびを隠している男は、もう片手に仕事用のコートを掴んでいる。読書中に居眠りしていたのかもしれない。
「〈ハバネロ〉級ですが、お二人なら余裕ですね」
 コードネーム・カヌレ。ベテランの〈ペッパーミル〉だ。
 四十は過ぎているだろうが、実際のところは知らない。彫りの深い顔立ちは、笑うと目元に皺が刻まれて愛嬌が感じられた。
「余裕ってことはないかなあ……」
 困ったように呟くカヌレを押しのけ、もう一人の男が顔を見せた。
 カヌレより少し若い彼のコードネームは、ショコラ。趣味の音楽を聴いていたようで、首にはヘッドフォンが掛かっている。短髪のカヌレとは対照的に重めの前髪で片目を隠しているのは、顔に残る古い傷のせいらしい。
「場所は?」
 無愛想に状況を尋ねてくる彼に、電話で聞いた概況を説明しながらメモと車のキーを渡した。
「高層ビルじゃなくてよかったな。カヌレがいれば楽勝だ」
「勝手なこと言うんじゃないの」
 ショコラを小突きながら、カヌレは持っていた本を黒電話の横に置いた。ショコラもヘッドフォンを外してその上に置く。
「それじゃあ、行ってきます」
 強敵だというのに、カヌレはどこか機嫌が良さそうに見える。一方のショコラは普段どおりのローテンション。
「がんばってくるよ、カヌレが」
「おまえ、自分はなにもしない気か」
 言い合いながらも足早に出ていく二人を見送って、ぼくも課題に向きなおった。ここから先は、あの二人の仕事。
 緊急事態以外に任務中の〈ペッパーミル〉から連絡はない。送り出したあとは帰りを待つだけ。
 彼らから連絡を受けたことは、これまで一度もなかった。

 ◆

「〈ハバネロ〉なんて、ここしばらく出てなかったよなあ」
 マカロンから受け取ったメモを眺め、助手席のカヌレが呟く。ショコラは点滅する信号を追いながらハンドルを握っていた。
「『現役最強』にとっちゃあ、〈タバスコ〉とそんなに変わらねえだろ」
「変わるよ、中学生と大学生くらい歴然だよ」
「どっちもガキってことか」
「おまえはどうしてそういう……」
 大きなため息をついて、メモをショコラの胸ポケットにねじ込み、カヌレはコートのファスナーを口元まで上げた。
「まあ『最強』の〈ペッパーミル〉には、最強の女房役がいるからね」
「それ、セクハラか?」
「違うよ」
 雑談しているうちに着いたのは、九階建の雑居ビル。
 車から降りた二人は、作業用の黒いグローブをはめながら夜空を見上げた。
「過大申告を期待してたけど……アレはたしかに〈ハバネロ〉級だわ」
 四角いビルのシルエットから、巨大で不格好な瘤が突き出ている。街路樹などではない。七階と八階に跨がって、真横にくっついているのだ。よく見ると、細く伸びた節足のようなものでビルの壁を移動している。
 通称〈チリペッパー〉……本来ならば「こちら側」に存在してはならない。現れた以上は「実害」が出る前に消去する必要がある。
「こっちから行くか」
「いや、引きずり下ろそう」
 カヌレはなにも持っていない右手を、宙へ伸ばし掲げた。
 グローブの掌が鈍く光を放ったかと思うと、その手からひょろりと白っぽい蛇のような物体が現れる。握って振れば、それは光の鞭となった。
 振り上げた鞭はどこまでも伸び、はるか頭上にある細い脚の一本に絡みつく。
「落とすぞ」
 カヌレの張りつめた声に、ショコラも両手を広げながらかまえる。
「いつでもどうぞ……」
 光に捕まった〈チリペッパー〉は、他の足で必死に壁にしがみつこうとするが、カヌレに引きずられて少しずつ下へとずり落ちている。
「でかいだけあるな……」
 予想より抵抗が大きかったのか、カヌレが唇を舐めながら半笑いで呟く。
「手伝うか?」
「いや、あとちょっと……」
 言うそばから、瘤の部分が壁から離れて一気に垂直な壁をすべり落ちてきた。
「ぃよっし……!」
 勢いよく鞭を引いたカヌレの手から、次の瞬間その鞭が消える。いや、意図的に消したのだ。彼の武器は常に彼の意のままに出現する。
 鞭の代わりに握られているのは、日本刀のように湾曲した剣。手慣れた様子で剣をかまえ、カヌレは楽しそうな顔で落ちてきた〈チリペッパー〉に飛びかかっていく。
 こうなると彼の独壇場だ。太刀はカヌレが最も得意とする武器で、仕留められない獲物はない。
 ショコラは戦いから目を離さないようにしながら、あたりに気を配る。〈チリペッパー〉がなにかやらかす前なら問題ないが……。
「!」
 八階の非常階段に人影が見えた。
 出てきたのは、どうやら若い男だ。彼は煙草を取り出すでもなく、柵に足をかけて乗り越えようとしている。
「やっぱりか……」
 男が柵を離れて宙に身を投げた瞬間、ショコラの手から円盤のような形状の光が飛ぶ。
 盃にも似たその光は「盾」。
 直接〈チリペッパー〉を攻撃し消すことはできないが、敵の攻撃を弾き、あるいはこうして人間を受け止めることもできる。
 後ろから声が飛んだ。
「ショコラ、五階も!」
「見えてるよ!」
 もう一人、落ちてくる体を地上にぶつかる前に捉える。今度は中学生くらいの子供。ショコラは思わず舌打ちしていた。
 これが、本当の「実害」だ。
 「あちら側」からやってきた〈チリペッパー〉は、「こちら側」の人間と相性が悪い。運悪く、その「影響」を受けてしまう人間もいる。自分たち〈ペッパーミル〉の任務は、人命救助が主目的だった。
 盾で受け止めた体をゆっくり地面に下ろす。二人とも意識はない。外に出た時には、すでに自分の意志で動いてはいなかっただろう。しかし外傷もなさそうだ。ざっと検分を終えてショコラは息をつく。
 すぐ横でカヌレが電話を掛けていた。いつのまにか〈チリペッパー〉の始末は終わっていたらしい。
『はい、救急センターです』
「〈キャンディハウス〉の〈ペッパーミル〉です。〈クリームソーダ〉に繋いでください」
 一瞬の間のあとで、「了承しました」という声とともに相手が替わる。あとは被害状況を伝え、駆けつけた専門の救助隊に「被害者」を引き渡して任務完了。彼らを目覚めさせ、目覚めたあとのフォローをするのは救助隊の仕事だ。
 任務を終えた二人は急いで車に乗り込む。シートベルトを締めたカヌレが、苦しそうに襟元へ顔をうずめた。
「大丈夫かよ」
「ん……まだ余裕。安全運転で帰って」
「……了解」
 交通量の少ない夜道を、法定速度よりはいくらかオーバーしつつ車は駆け抜けていった。


続きは『ペッパーミル・ザ・キャンディハウス』でお楽しみください。

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