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ビールと水〜㉑IPAとバートンの水

前回からの続き
前回はビールの銘醸地と言われる各地の水質とビアスタイルへの影響と、水質資料の落とし穴について触れました。今回は水質が実際のビアスタイルへ与えた影響としてIPAとバートンの水についてです。


バートン勃興の前提要件

OhBeer! O Hodgson, Guinness, Allsop, Bass! Names that should be on every infant' tongue!
「ホジソンとギネスとオールソップとバスの名前は、小さな子供でも知っている」

村上満 『ビール世界史紀行 ビール通のための15章』より

19世紀末にイギリスで流行した歌だそうです。オールソップとバスはバートンの有名なビール会社、ホジソンはこれらバートン勢にIPAの覇権を奪われたロンドンのブルワリー(ボウ醸造所)の創業家です。ギネスは説明不要ですね。
19世紀末にはバートンは世界のビールの中心地であり、バートンのIPAやペールエールは隆盛を誇りました。ビール醸造のために水を大量に汲み上げため、浅井戸が枯渇するほどだったそうです。このバートン勃興には水質の影響が大きかったと言われていますが、水質以外の前提条件もありました。水質の話に移る前にそれらを順番に見ていきましょう。

ホップの利用

実はイギリスでは長い間ホップに対する排斥運動があり、ヨーロッパの中でもホップを使い始めるのが遅い国でした。グルートの利権が強かったのが原因です。南ドイツでは12世紀頃からホップがグルートに取って代わられはじめていましたが、イギリスでは15世紀になってもホップの使用に対する規制があり、全面的に認めらるようになったのは17世紀の中頃です。
バートンの水質はホップの苦味を際立たせる効果があるので、ホップ時代の到来によってようやく真価が発揮されることになります。

コークス炉の利用

カルシウムイオンが豊富で残アルカリ度が低いバートンでは、淡色のビールが水質にマッチします。この淡色ビールの実現に不可欠なのがコークス炉で乾燥させた淡色麦芽。コークス炉は18世紀にイギリスで発明され、その後麦芽の乾燥にも使われはじめました。
これによってバートンの水質を活かせる淡色ビールの醸造が可能になりました。

政治的・経済的な要因

18世紀後半バートンのブルワリーはバートンエールと呼ばれるナッツ色の高アルコールビールをロシアやバルチック諸国に輸出をしてかなり潤っていたそうです。ところがナポレオンの妨害やロシアが高関税をかけてきたことにより、バルチック貿易を断念せざるを得なくなりました。そこでバートン勢が狙いをつけたのが、インド向けのIPA市場です。バートン勢は当時この市場で隆盛を誇っていたホジソンとガチガチに戦い、やがて蹴落としていくことになります。

技術の優位性

バートンのエールの高い品質の理由は水質だけではありません。バートン・ユニオン・システムに代表される当時の最先端の仕組みを運用していました。

アイシングラスによる清澄、比重計の利用、発酵槽のジャケット式冷却装置、これらはこの時代のイギリスではじまったそうです。淡色麦芽の製造を含め、当時の醸造技術の最先端はイギリスだったわけです。

ガラス容器

意外と見過ごされがちですが、ビールを飲む容器の変化もバートンのビールが勃興した理由の一つです。イギリスでは1845年にガラスに対する税金が撤廃され、それまでの陶器の器に代わってガラスの容器が普及しはじめました。これが淡色ビールの人気を加速させました。

バートン勃興と水質

バートンのブルワリーがバルチック貿易の代わりにインド向けのIPAの製造に注力し始めたのは19世紀の前半。その品質の高さから瞬く間に先行するホジソン(ボウ醸造所)を蹴落として、市場を席巻するようになりました。IPAがバートン勢の独壇場となった後も、バートンではその水質と技術を活かした軽い味わいのスタイルを繰り出し、これが今日のペールエールの原型になりました。「淡色のエール」を意味する「ペールエール」という言葉は18世紀からありましたが、現代にもつながるホップの効いたビアスタイルとしてのペールエールは実はIPAより後に確立したものだったのです。
他の地域のブルワリーもバートンのスタイルを真似たり、技術を参考にしたりしましたが、同じような味わいのビールを造ることはできなかったようです。

水質

このようなバートンの勃興は前述の前提条件が整ってかつ、水質が特異的だったことが要因と言われています。

バートンの水質(補正後)

改めてバートンの水質データ(前回の投稿の補正後データ)を見てみると、非常に高いカルシウムイオン濃度と非常に低い残アルカリ度が目に付きます。淡色麦芽を使っても適切なpHコントロールができ、良好な糖化と旺盛な発酵が期待できそうですね。硫酸イオンも突出して高いですが、ここは良し悪しありそうです。これだけ硫酸イオン濃度が高いとマウスフィールはかなりドライになるし、ホップの苦味もかなり引き立つのではないでしょうか。このあたりがもしかしたら、20世紀以降ピルスナーに人気を奪われてバートンのエールが凋落していった一因かもしれません。

次回へと続く

今回はバートンの水質とIPAについてでした。バートン勃興は水質の影響ばかりが注目されますが、実はその他の前提条件が揃うことも重要だということにも注目いただきたいです。次回はそのバートンのエールを蹴落として人気スタイルとなったピルスナーと水質について。
IPAの歴史が詳しく知りたい方は、今回の投稿の参考文献の一つである「ビールの放課後」第2号第3号がおすすめです。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

新しいビールの紹介です。今年もメルシャンさんの協力を得て摘房ぶどうでビールを造りました。Grapevine 2023。ベーススタイルはJuicy IPAです。

Grapevine 2023

続いてFUKUOKA Craftさんとのコラボ、HI NO DE。九州産かぼすをつかったHazy IPAです。

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