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最終日

 始まりました。余命一日の世界のみなさん。こう見えても私、予言者をやっておりましてね。もうだいぶベテランではあるのですが。今がこんにちはなのか、こんばんはなのかよくわかりませんが、とにかくまだ挨拶することはできるみたいです。こんな日には、さしずめさようならと言っておくのがふさわしいかもしれません。世界滅亡ラジオ第一回放送の今日は、明日に控えた世界の滅亡についてお話をしていこうと思います。最後までお付き合いください。とは言っても、私の声はどこにも届かないでしょうがね。今、ちょうど声を拡散するためのスピーカーを探しているところなんです、箱の中から。私の声は受信機の筐体に閉じ込められ、受信機はどこか、どこでもない平原にぽつんと置き忘れられていて、ここには何もない、誰もいない、みんな巣に帰っちまって、それでもまだ時間は続いているみたいです、時計はズレていてもう意味の分からない時刻ですけど。今も過去も未来もあっちこっちに行っちまって。それにしてもほんとうに何かが終わるなんてことができるのだろうか、たとえば一本のスピルバーグの映画が終わるように、ひと夏の甘く切ない腐りかけの果実のような恋が終わるように、終わりの終わりの終わりの最終ポイントに到達して、そこにおしまいのしるしをつけるなんて、やっぱりまだそのあとに何かが続いているからできることで、ほんとうにすべてが終わりなら、終わりは終わることができないんじゃないか、つまりですね、世界の終わりは自分で自分のケツを拭けるのかって話なんですがね、そんなこと考えてみたって始まりませんから、今はこの話は終わらせます。ところで、みなさん。みなさんは、明日という言葉のことをよく考えたことがありますか。この明日という言葉は今日で意味を失う、そんなこと言ったら、他のすべての言葉も意味を失うのに変わりはないではないかと明後日の声が聞こえてきそうだけど、そんなことはありえない。なぜって、明日世界が確実に滅びてしまうから、明後日は存在しない。だからしゃべらない。私はしゃべりますがね。明日になったら明日は今日になる。でも明日すら存在しないかもしれないじゃないか。それはすでに滅びてしまった後だろうから。それが起こるのは、今日と明日のあいだかもしれません。いずれにせよ、まもなく滅びます。そう考えるとなんだかすごく安心してきませんか、そう、ふわふわの猫の毛に顔を押しつけているみたいに。意外にぬいぐるみのようなやさしい匂いがするものですよ、猫というのは。私は考えてみたのですが、滅びることには滅びはじめというものがあるのでしょうか、それとも、いっきに滅び尽くすのだろうか。そして、明日とはつまり、いつのことなのだろうか? 明日は待っているのか、迎えに来るのか、覆いかぶさってくるのか、過ぎゆくのか、停止するのか、進行するのか、ぐいぐいに詰め寄ってくるのか、言いくるめようとしてくるのか、金を巻き上げようとしてくるのか、懇願してくるのか。これは難しい問題です。世界が誕生した瞬間、それは滅びはじめていたと言うことだってできるんですから。私ははじめ、世界は滅びやしないんじゃないかと思いましたよ。だってそうでしよう、そんなのっておかしいじゃないですか、オーソドックスじゃないことですし。だけど、世の中にはそういうこともあります。普通はですね、明日で世界が滅びますと突然言われて、ああそうですかとすんなり受け入れられるわけがありません。これは、言ってみれば絶対と絶対の戦いなのです。絶対滅びるわけなんてない、でも絶対に滅びるのです。どっちの絶対が勝つか、決着がつかずに延長戦までもつれ込むかもしれない、VARが判定を覆すかもしれない、多少のアディショナルタイムもあるに違いない、それでもとにかくまあ、滅びましょう、滅びましょう、滅びましょう。二度と始まらなくていいように、二度と終わらなくていいように、すべてなかったことにしましょう。これは一大事です。大事なときほど、人はくだらないことを考えてしまうものです。たとえば私は今、明日の後ろ姿を眺めている。それはとてもいい明日なんですよ。明日の持て余したボディラインが強調されるピチピチのタイトミニスタイルで腰がきゅっとくびれていてクネクネに尻を振りながらカルピスソーダをかき混ぜられそうな細くて馬鹿高いヒールを履いてグリングリンのロングヘアーを左右に揺らしてヨレヨレに向こうへ歩いていく。私は言わばその明日の後ろ姿を尾行しているわけですな。はは。降り注ぐ夏の陽光と日焼け止めクリームの匂い。私は股間にかゆみ止めクリームを塗りたくり、世界は滅びようとして燦々と輝いている。すみません、ちょっといいですか。私は明日の肩に触れると見せかけてそれは失礼だと思いなおし、ただ横から声をなげかけてみる。よかったら一緒に滅びませんか? お時間あれば、どうです、減るもんじゃないし、一回くらい。そうするとこんなふうに答えが返ってくる、は? うぜぇんだけど、向こう行ってくんない? とまあこんな具合になって、私はあいにく滅びゆく明日からさえも追放されるのさ。ちょっとそれってグッとこないですか? 追放された存在というのは、本人にとってはそれはいたって苦痛で各種困難に取り巻かれる出来事に違いないですけれども、はたから見ればいつだって魅力的に映るものですよ。今さっき、ちょっとばかりナンパな表現を使用してしまった気がしますけれど、どうしてそんなことになったのでしょうね、まったく、そんなふうに明日のことを扱うなんてどうかしているにもほどがあると思います。私の本意ではない。もうじき滅亡が到来するからといって、混乱しているのかもしれませんが、冷静にやらなければなりません。何しろ、世界が滅びることを今知っているのは、私と、それからこのラジオを聴いているリスナーのみなさんしかいませんのでね。知っているけど信じちゃいないって方ももちろんおありでしょうけれど、べつに私はただ予言をするだけであって、その予言したことを人に信じさせることが目的というわけじゃありませんから、それはよしとしまして、ところで、いかなる事象によって世界が滅びるのか、この問題に話を移しましょうか。&そろそろ改行しときましょうかね。
 なんだか立て続けにしゃべってばかりでいろいろと肝腎なことが抜け落ちてしまったり、余計なことを付け足してしまったり、お聞き苦しい点やよくわからない点もあるかと思いますが、トークのほうはそれほど自信をもってるわけではないんですよ、ですからまあ、適当に聴き流してもらっても大丈夫なのです。
 まず第一に、まず、世界が滅ぶということは、そこに世界がある、ということになるわけですな。はは。前提というやつです。いやこれはちょっとおかしい。デカルトだかトトカルチョだか知らないが疑った人もあったでしょう。そこに世界がある、あるのはいいとして、どこにあるんだ、おかしいぞ、どこを見渡したって世界なんてものはいっこうに見えてこない、あるにはありますよ、そこに何かはあります確実に、確実、と申しますとそれは疑わざるをえませんが、何かしらがあるに決まってる、だってこうして私がしゃべったりしゃべらなかったりするということは、音声があり、機能があり、空間があり、時間があるのです、そのどれともわからないが賭けてみるとすると、まあ、そうですね、空間はあるでしょう。ということは世界はあるんだ。ここまではいい。問題は、これは非常に大事な問題です。存在することと、滅びることは直結しているのかどうかということです。していませんこれは。
 Aがそこにある。Aが滅びる。べつです。なんの関連もない。存在があるから滅びもするんだろうという反論があるかもしれません。あぁそうですか、おっしゃるとおり、滅びるものは存在しています。だからといって、存在するものすべてが滅びると決まったわけじゃなし。いまだかつて、永遠に滅びなかったものを目撃した者がいない以上、すべてのものが滅びるとは言い切れないではありませんか。何を言ってるのかわからなくなってきましたね。でもこれでいいんですよ、こんな日に何かが上手に説明できたってなんの役にも立たない。ですから。ですから、私、もういろいろと放棄しておりましてですね。たとえば育児とか。あとは、人間とか。それと選挙ね。褒められたもんじゃないってのはわかってはいるんだが、なかなかね、育児も人間も辞めてるのに選挙だけ行くってったってあなた、なかなかそうもいきませんでしょう。
 というわけでしてね、いよいよ世界も滅亡に向かってのカウントダウン、というところまでやってきました。今さら滅亡もなにも、もうある意味で滅亡してるっしょ、なんていうやからもおりますですけどね、あなたがそんなことを言っているうちはまだ滅亡してませんし、そんなことを言っていられるのも今のうちって、ほらよく言うでしょう、あれですな。で、私は予言をしましてね、そんなこと言ってるやつは確実に滅びますよ、もうすぐです、真っ先に死にます。もう死んだかもしれない。いや、死んだな。死にました。そういう冷笑的なというか、揚げ足とり的なというか、そういうのはもう死にました。世界が滅びるより前に滅びました。笑えますね。
 あとね、もう死んだかもしれない人たちが一定程度いますのでね、それを発表したいと思います。まず、自民党の議員たちですね。あいつらは悪者ですからね、詐欺師の集団だ。それと金持ちの連中ですね。あいつらは自民党と組んで金を儲けることしか考えてないあんぽんたんにすぎませんからね、まあすべてではないにせよ、そんな連中の道連れになって金持ちも全員死にました。善人も含めてひとり残らずです。連帯責任というやつですよ、はっは。世界が終わるより先に終わってるってどういうことですか、え? どういうことなの? でも私の予言によると、いや予言ではなく確認、確認によると、そのようなことが現在進行しています。ですから、このラジオをお聴きのみなさんは、貧乏人か、そこそこの人たちということになりますですかね。どうです? 安心しましたか? なに、おれは金持ちだぞなんて怒りだす方は、まあ根っからの貧乏人でしょう、心が貧しいんだ、死にますよ。それからそれから、横柄な人間やガサツな人間や自己中な人間ももう死にました。たった今です。今死んだ。ほら。見えました? 私は見てしまいました。これも仕事のうちですからな、しかたないことです。
 そうなると、最後まで残っているのはどんな人間なんでしょう。というより、いつになったらカウントがゼロになるのでしょうね。知ってます? ははは、こっちが知りたいって? そりゃそうでしょう。早く教えろ、勿体ぶるな、このインチキ予言者め、死ね! とのご意見ご要望が多く寄せられているとの情報が入りました。ハガキですか、いや、あ、ツイッターですか、ほう、今どきね、ツイッターなんて古くさいですね、最新はハガキですよみなさん、ハガキ、できれば絵ハガキが好きだな、ご意見メッセージじゃんじゃん送ってください。番組はリスナーのみなさんに支えられていますんでね、感謝いたしております。
 にしても、つくづくイヤになりますよ、この仕事もね、長いんですけれど、もう何世紀か、なんだったか忘れましたけど、基本批判しかされないですからね。あいつ嘘つきじゃね、なんて言われてさ、幸い内閣総理大臣でも国会議員でもないから辞職はしませんし牢屋にも入りませんが、嘘つきと言われても嘘もホントもはじめからありゃしないんだ、なぜってもう終わりだからですよ。一巻の終わりです。さようなら。いつからやってるんでしょう、この番組。
 さて二巻の始まりです。もうたけなわですからね、二次会ですよここからは。さ、二次会行きましょう、行く人だけで。気分も変えてね。終電も終わったし。あらゆるものが終わっていくんです。われわれは乗り遅れた人類なんです。どうせなら、のらりくらりとやりましょう。いずれ結末は同じなんですからね。生に戻すんですか? 私はもう水割り一本ですよ、酎ハイでもいいんだけど、炭酸な気分でもないし、まあ水っぽいほうが、明日にも残らんし、どこかしら赤羽っぽいっすよねこのあたりは。え、じゃ、まあひとつ座りましょう、はい、生ひとつと、ぼく水割りでね、うん水割りの水割り、なんでやねん、水やないか、ただの水よそれは、え空気、そう空虚、あ空虚言うてもうた、空気、おい、なんやねん、おもろないねん空気とか、はよせえよもう、こわ、なんか怖いです、じゃあ乾杯しましょう、お聴きのみなさんもご一緒にね、もうこんな時間帯ですからなんでもありでしょ、飲みましょう、飲んで忘れましょう、ぱーっと、繰り出しましょうよ赤羽の路地に。ここはどこ? え、ああいや、ぼくね、そう最近は幡ヶ谷あたりによくね、その、うろついているんですよ、そうそう、そうそうそうそう、へー、あ、いや、溝の口、ほう、そおなんですね、って誰と話しているのかしら、もう寝ちゃいました? まだ終わっていませんよ。うん、二次会ね。なんだかくたびれてきちゃったよもう。やめにしましょうか。世界なんてほっとけばいいんだし、どのみちもう時間がないんですから、終わりですよ、おしまいです。絶望なさいます? お好きにどうぞ。おおいに結構なことですとも。私はサウナに入って整ってから迎えます。夢を見ているようだ。いちばんの貧乏人が誰かって、いえいえ、私でしたよそいつは、もううんざりだ、散漫となってきやがった。支離滅裂ですな。二次会ともなるとたいていこうなっちまうんです。終電で帰っとけばよかったんだ。もうね、みなさん滅亡のことなんてどうでもよろしくなってしまってますでしょう、よくない傾向ですよ、先ほどまであんなに真面目に論じようとしていたのに。考えてみますと、これが滅びの手口だったのかと思い知らされますな。いつの間にか忍び寄ってきていたんですよ、そうに違いない! こうして馬鹿なことをしゃべり散らしているあいだにですね、隙をうかがってたんですよ、あ、ほらまた死んだ。いや、おかしいですねえ、いっせいに死なずに、順繰りに死んでいくんです。
 今ですか? ええそれなんですよね問題は。タイムリミット迫る今、どうやってこのラジオを打ち切ろうかと考えているところでして。始めたはいいが、終わり方がわからない。むろん、勝手に終わるにまかせとけばいいのかもしれない。でもそれって、世界が滅亡するまでしゃべり続けなければならないみたいなことですよね。そう、たったひとりきりで。誰にも届くことのない声を、ひたすらお届けするんです。惨めですかね? ふぅ。思わずため息が出てしまいました。どうせ聞かれやしないでしょうがね。意味があるんでしょうか。え? 明日までなんだから我慢しろ、ですか。そうですか。ゴングでも鳴るんですかね。カウントダウンの末に。というわけで、そろそろみんな死んだかな。どうです、みなさん、死にましたか。あと残っているのは誰でしょう、よっぽどつまらん人間なんでしょうね、逆かな、聖人君子が一人、二人、三人もいらんか、はいはい、てことでね、撤収です、撤収、もうここには戻りません、いけない、サウナを忘れてました、こんなに長いことお付き合いいただいて……みなさんも少し休まれてはいかがです、その間に私もちょっとサウナに、では、そうですね、またのちほど、九十分くらいしたらなんとか、続きをやりましょう、(うん、三次会でしょ? あ、うん赤羽でいいでしょそりゃ、溝の口遠いだろどう考えても、あ、そそ、知ってる店あるからさ)それじゃちょっと、ちょっくら行ってきますんで……

 ……九十分後

 おまたせしました、余命いくばくも残されていない世界のみなさま、はいこんばんは。夜ですね、世界の夜です。ですからこんばんはなのですな。まったくこんな日に。あれほど宗教的で荘厳な気配のしていた世界の終末が、なんだかすっかり俗っぽくなってしまいました。もともと私、予言系ユーチューバーというのをやっていましてね、それは大変になんと言いますか、流行っていた時期もあったわけなんです。世紀末のたびに流行るんですよこれが。なんですが、私のほうが飽きてしまいまして、なんでかというと、あの、映像を映さなければならないでしょ、つくづく嫌だなあと、顔晒すの嫌ですよそりゃもちろん、おかしいじゃないですか予言者が顔出ししてたら。かといってモザイクかけたり、首から下だけ映してもね、それこそインチキになってしまう。だからやめました。すみません、アイコス吸ってもいいですか? ごめんなさいね。まだ一箱残っててね。生配信中なのに。でもね、酒も飲んだしね、サウナも入ったし、あとはなんだろうなあ〜。みなさん、何したいですか? 最後ですよ、いよいよ最終日なんだ、最後の一日に、するなら何します? 違法賭博します? みなさんの意見を聞いて、それで三次会どこにするか決めましょうか。天国で、とかは無しですからね、地獄も煉獄もごめんです。え? あ、赤羽って言ってた? 忘れてください忘れてください、いやあだいぶもうね、ここは何もないどこでもない場所なんでね、なのにショバ代がかかるんだ、昨日も取り立てが来てさ、「おい、予言者、今月の支払いどうなってんだ」ってこうまくしたてるわけですよ。そんなこと言われてもねえ、こっちはただ生きてるだけだからさ、払うもんもなにも、すっからかんなんすよ、だから殺しましたよ。仕方ないでしょう、どうせ今日明日中に死ぬんだからと思いましてね。いくらなんでも、世界最後の日に金を取り立てられたくなんかないですよ。どうやってやってやったか知りたいですか。ちょうど玄関にですね、前日SEIYUで買い物してそのまま畳まずに置いておいたエコバッグがあったですよ。それをこうして、かぶりましてね、ええ、自分がかぶったんです、すると「何やってんだ、ドアを開けやがれ」とうるさいわけです。私、うるさい人が苦手でしてね、大声出す人ね。もう死んでますけど。で、袋の中でしばらく考えました。こいつをどうやってやってやろうか。そこで閃いたんですな、はは。窓からですね、部屋の反対側の窓から外へ出て、あ、包丁持ってね、静かに外から玄関のほうへ回り込んだんです。笑えますよね。案の定、その間抜けは扉の中に私がいると思ってもうガンガンに喚いているわけです。なんだか悲しくなりましてね。そのままどこかに散歩でも行こうかと思いました。でも、こいつもこいつで自分がきっと悲しいだろうと。あんなんじゃ自律神経やられてますよとっくに。ですので行動したのです。ぼくとそいつのあいだにひろがる無限の悲しさを断ち切るために、ぼくはそいつの背中に包丁を突き立て、刺し込み、そして抜きました。「おい、そこにいるのはわかってんだぞ、ご近所にもご迷惑だろうがよ」驚いたことに、取り立て屋はまだしゃべってたんです。誰もいない玄関の内側に向かって。まるで今の私のように。ワイシャツの背中には血の染みがひろがって、見る間にそこらじゅう真っ赤になりました。そしてぼくは溢れくる悲しさにますます胸をしめつけられながら、もう一度包丁を彼の背中に突き刺しました。「おぅ、いい度胸してんじゃねえか、おれもなあ、暇なわけじゃねえんだよ、さっさとケリをつけようや、ドアを開けろってんだ」ぼくは頭にきてそいつの頭をガツンと殴りつけました。そこでようやく取り立て屋は後ろを振り返り、「なんだてめえは」と言いました。おかしくないですか? まったく世界が終わる前々日とは思えない出来事だ。「てめえこそなんだ」と私は言いました。「あ? こっちが先に聞いてんだ。てめえはなんだ」と彼が言いました。「あ? てめえに答える答えなんてねえよ。てめえはなんなんだよ」と私は言いました。「どいつもこいつもチッチッチッ」と彼は言いました。「チッチキチッチッチー」と私は言いました。「おれを怒らすんじゃねえよ、チッチッチッ」と彼は言いました。「ずっと怒ってんじゃねえかチッチキチッチが」「ぺっ」「ぴっ」「ひぃぃ」まだ聴きたいですか、こんなくだらない顛末を。私はあまりもうしゃべる気にはならないですね、思い出したら鬱になってきましたよ。意外だったのは、人を殺してもすぐにサイレンが鳴ったりしないことです、あれはドラマの中だけなんですね、場面が飛ぶというか、時間が切り取られて貼り合わされるんですかね、誰かが殺し、立ち去り、次のカットではサイレンです。実際にサイレンが聞こえたのは、もうずいぶん、ええと、さっきですね、さっきサウナに入っているときだ、おかげで落ち着きませんでしたよ。ロウリュを満喫してたのに、なんだか寒々しくなってきて、もう水風呂なんて入る気も起きない。だからそのまま上がってきました。
 さて、本日の第一回世界滅亡ラジオも、お別れの時間が迫ってまいりました。みなさん、思い思いのかたちでお過ごしのことと思います。除夜の鐘でも聞こえてきそうな感じだなぁ。お別れですね、いよいよね、なかなか実感もわかないでしょうけれど、ええ私もです、おしまいがきて、それで永遠にもうおしまいなんだ、そんなこと信じられますか? 私はいまだ信じちゃいませんよ正直なところ。そうなることを知ってはいますが、信じちゃいない。今までお付き合いどうもありがとうございました。リスナーのみなさまのおかげで、私、なんとかここまで来ることができました。あとは、もう沈黙して、静かに待ちましょう。けっきょくはそれがいちばんですよ、沈黙がね、むしろはじめから黙ってたほうがよかったんじゃなかろうかなんてことを思いますけれども、今さらですねこれは。さあ、ほんとうのさようならをしましょうね、といってもすぐにぷつんと切れてしまうわけじゃありませんよ、少しは続くはずです。沈黙が。無音の世界が。耳を傾けていただければ聴こえることでしょう、音にならない祈りが。そう、祈りますか。何を祈るのかわからないですが、じっとしているよりはましかもしれない。静かに、静かに、ふわふわの猫の毛に顔を埋めるみたいに。ゆっくり、ゆっくり、息を吐いて。二度と始まらなくていいように。二度と終わらなくていいように。二度と物語らなくていいように。猫の毛を吸って、吐いて、吸って……。すいません、マリファナ吸ってもいいですか?

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