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【短編小説】ただ歩く(無頼ママチャリ2)#シロクマ文芸部

「盗んだ車はここに隠せ」

尻ポケットからこの廃倉庫の鍵とアキラさんの車の合鍵を取り出して俺に握らせると、「ーーーそれともうひとつ」とアニキが己の傍らに目を向けた。

そこには深緑色のシートに覆われた『何か』が。

そいつにスマホのライトをあてながらアニキがばさりとシートをめくる。
ーーーと、中から姿を現したのは可愛らしいピンク色のママチャリであった。

「なっーーーなんスか、このチャリンコは??」
「見りゃわかるだろ。ママチャリだ。こいつをアキラのベンツとすり替えてこい」


「ーーーーーーーーっっハア・・・・?」


しばし言葉を失い、ゼツボーの眼差しをアニキとママチャリとに注ぐ俺。

「冗談でしょ。アニキ気は確か?」
「俺はこの上もなく確かだし正常だ」

いやいや・・・・と俺は暗闇の中でかぶりをふる。

「どー考えたってマトモじゃない。疲れてんだよ、帰りましょう?」
「いーや、ダメだっ。これは命令だぞ、行ってこいッ!!」
「・・・・ねえアニキ、睡眠薬でも調達してきてやろうか?」

目を据わらせて繰り返すアニキに俺はそう提案してみた。ここんとこずっと眠れてないみたいだったから。
しかしそれにも断固として首を横に振ったアニキが、ママチャリのハンドルを握りしめて叫ぶ。

「~~~アキラを葬式に来させたくないんだっ。だって喪主は俺だぞ!? それなのになんであいつが葬式仕切ってんだよッッ。俺の手でオヤジを送り出してやりたかったのにーーー!!」

暗がりの中、肩を震わせてうつむくアニキに胸をえぐられる。

そうか。そういうことか。

わからなくもない。
だってアニキは組長のことが大好きだったから。

それに・・・・と、俺はアゴをさすりつつ考える。
いつもは一歩引いてるアキラさんが今回に限って初っ端からぐいぐい出張ってきて、アニキから喪主としての仕事もプライドも、余さずぜーんぶ綺麗に搔っ攫っていってしまったのだ。

どうしてだ。
いいじゃねえか、葬式ぐらいアニキに仕切らせてくれたって。

内心ちょっと面白くないなと思っていた俺は、不安げにこちらの顔色を窺っているアニキのほうへ向き直ると、暗がりの中でもわかるようにシッカリと首を縦に振ってみせた。

「わかりました。やりましょう」
「えっっ、いいの? ホントに?」
オドオドと狼狽える弱気なアニキにもう一度きっぱりと頷いてみせる。
「やろう、アニキ。アキラさんにイヤガラセしてやろうぜ」

喪主で、長男で、実家暮らしのアニキが、自宅でやる組長の葬儀をアキラさんに仕切られる屈辱。普段はなるたけ中立を心掛けている俺だが、今回ばかりはアニキの肩をもつことにした。

スマホのライトをかざして、俺はさっそくママチャリの見分をはじめる。
「アニキはもう帰っていいよ。最後の晩だぞ。組長のそばにいないと」
俺がそう言うと、アニキは「悪いな、護」と繰り返しながらあたふたと廃倉庫を後にしていった。

アニキが帰った後で、俺はチャリンコにいくつか改良を加えた。
ママチャリの真っ白なカゴを取り外し、幼女用の自転車からくすねてきたプリキュアのカゴをとりつける。ボディにも同じくプリキュアのステッカーをはりつけ、更にはブライダルカーの如くコカ・コーラの赤い缶をチャリンコの荷台にリボンで括りつけた。

アニキの気持ちを忖度し、これでもかってくらいママチャリを改悪した俺は、その夜、闇に紛れてアキラさんちのガレージに忍び込み、アニキの注文通りママチャリとアキラさんの白いベンツとをこっそりすり替えておいたのだ。


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