子どもの頃、みんなもきっと大好きな、あの空に城が浮いている映画が好きだった。
ただ、幼稚園児であった当時から、結婚するなら機械工見習いで鳩とラッパを愛する純朴な少年の方、ではなく、色メガネにスーツの無慈悲なおじさんの方がいいなと思って見ていたのだ。

そのため、主人公たちが発した滅びの言葉によって天空の城から振り落とされる彼を見ては、いつも密かに胸を痛めていた。
今思えば、あれが先々わたしがロクな恋愛ができないフラグだったと思う。

ということでわたしは今、中国・貴州省の僻地で、「天空の城」への道を探し求めている。

もちろん現代の情報社会において、その城がある山の名前も場所もわかっているのだが、問題は、そこへ自分が辿り着けるかどうか、今は危うい状況にあるということだ。

「梵净山」の観光難易度はウルトラC級？

天空の城があるのは、貴州省・銅仁市の梵净山という山らしい。
じゃあそこに行けばいいじゃんと思うかもしれないが、行き着くまでの難易度が非常に高いのである。

まず、入山チケットの購入制限がある。
事前にチケットが買えないまま無理矢理現地へ行き、門前払いされて泣いて帰ったなんて恐ろしいコメントがネット上で散見されるのだ。

しかし、わたしは数日前、運良くこの梵净山入山のチケットが購入できた。
ペットボトルは綺麗に水で濯いでラベルを剥がしてから捨てたり、たぶん、日頃の行いが良いからだろう。

ところで、中国の観光地の大半はオンラインでの事前予約制度を導入しているが、残念なことに外国籍の人間の身分証となるパスポートの番号では買えないものが多い。

それが、この天空の城がある梵净山に関しては、パスポート番号が有効で、「大衆点評」という口コミサイトを通して朝7:00の入場券が買えたのだ。

あーよかった。
そう思って前日の夜23:00に白タクを予約しようとしたところ、車で片道120〜180分、350元（7000円）と出てくる。

…

片道3時間？　なら5時間後出発？
何かの間違いだろうか。
とりあえず現実逃避で深夜に飯を食べてみる。

いや、やっぱりどう考えてもおかしい。
わたしの事前調べでは、銅仁駅近くのこのホテルから梵净山までは、70分だったはずだ。

そして、調べているうちに、どうやら天空の城へ行くには東門入場と西門入場の2パターンがあり、東門は銅仁鉄道駅から車で70分、西門は120〜180分かかることがわかった。

危ない、危ない…と思ってスマホで東門に買い換えようとしたら、なぜか東門のチケットは外国人のパスポートでは買えないのである。
いじめか。

仕方なく、地元の旅行会社を調べて連絡すると、明日の6時に買えるかどうかわかるから、それまで待ってという。
いずれにしても、往復6時間は非現実的だし、そろそろ金もないし、なんなら月曜日は12:30から定例会議があるため、西門入場のチケットはキャンセルすることにした。

そう、わたしの旅のコンセプトは「仕事をしながらバレずに一周」だから、会議をスキップするのは望ましくないのである。
とか言って、単にタクシー代が惜しいだけだったりする。

会議に間に合う時間帯のチケットが買えない

翌朝、旅行会社から、東門でおさえられるのは10:00のチケットだと連絡がきた。
山に入ったら最低2〜3時間は出られないそうなので、これでは無理だ。会議に間に合わない。
わたしは根が真面目なのだ。

つまり、天空の城とは縁がなかった。
地を這って泥臭く生きてきたわたしは天空人たちからお呼びの声がかからなかったのだろう。

と思ってあっさり諦めたら、旅行会社が現地でも直接チケットが買えそうな雰囲気を出してきた。
ただ、旅行会社も、わたしに10:00のチケットを売りつけて手数料の100元（2000円）が欲しい気持ちと、今でなく、10:00の入場なら要らない、諦めるというわたしに真実を伝えるかどうかで葛藤している様子だ。

わたしが夜中及び早朝この旅行会社に迷惑をかけたことは事実なのだから、いくら金がない身とはいえ1円も支払わないなんて図々しいことをするつもりはない。

そこでわたしはとりあえず現地へ行き、すぐに入場できるチケットが買えるか試してみたいと旅行会社に伝えた。
そして、もし自分で買えても、50元（1000円）を迷惑料として払うし、買えなかったら10:00のをお願いするか検討するし、いずれにしても、なんらかの形で費用は払うと約束した。

結局チケットは、その場で買えた

で、いちかばちかで1時間かけて東門に到着すると、すんなりその場でチケットが買えたのである。
※入山料120元（2400円）、ロープウェイ140元（2800円）
どうも、外国人は外国人枠で一日の受付可能人数の確保があるような雰囲気だった。

わーい。
しかも、ファストパスみたいに速攻で入れた。
※この時、気をよくして、観光会社に縁起の良い88.88元支払う

わたしの心の中では今、映画でみた、あのブルーの、飛行する能力を人に授ける石が光っている。

わたしは選ばれしもので、もしかすると祖先は天空人だったのかもしれない。

そういえばしんだおばあちゃんは昔、囲炉裏で川越名物の芋を焼きながら、謎の呪文を唱えていた気がする。
「ウンライグウセイライウン…（埼玉に伝わる雷を鎮めるお経）」

いざ、入山

入山するとまず、マイクロバスで25分、かなり危険な山道を進んでいく。
この時点でテンションは爆上がりに。

そしてロープウェイに乗車（15分）。
これが、絶叫しそうなくらいの絶景であった。

江西省の皆さんには申し訳ないが、数日前に行った山の感動は一瞬で更新されてしまったようだ。

もう、こんな山見たことないってレベルの自然美である。

ただ、とっても危ない。
チケットを買う時も、やたら保険に入るか聞かれたのを思い出す。
マイクロバスも危ないし、落石現場をまあまあ適当になおしてるのも気になるし、2500mの山の斜面を15分で急上昇するロープウェイだって、何か一つ間違いがあれば命はないだろう。
それでも、みんな、あの「天空の城」を一眼見たいのだ。

ロープウェイを降りると、今度は40分の登山がスタート。
大して活動していなかったけど、登山部部長だったという過去の事実だけを胸に自分を鼓舞して休まずに進む。
真面目なわたしは、どうしても会議の時間が気になるのだ。

野生の保護動物に遭遇する

そして、突然謎の鳥に出会う。
通称・娃娃鶏（ワーワージー/ベニジュケイ）という中国の国家指定保護動物2種に指定されている貴重な鳥だ。

こんなところにノコノコ出て来て、外国から来た鳥好きのおばさんの手に触れそうな場所でアホみたいな顔して立っているから国家指定保護動物になったんだということに気づくべきである。

さあ、お行き。
おばさんは「天空の城」へ呼ばれて、忙しいのだよ。

きのこ岩に到着

額にいやな脂汗をかきながら、「きのこ岩」というお菓子にありそうな名前の岩に到着した。

すると、ここから急に雲行きが怪しい。
霧で視界が見えないのだ。

でも、「父さんは龍の巣の中で天空の城を見た」って、石頭が取り柄の少年は映画で言っていた。

わたしも、最近ずっとLINE既読無視されてる娘のベビ子に「母さんは中国の山奥で天空の城を見た」と言いたい。

やがて、突然の大雨。
あれだけ山の下で買うように言われた雨ガッパを、200円惜しさに買わなかったことが悔やまれる。

そして、「なぜ開きもしないパソコンを持って来たんだ、バカバカ」と心の中で叫びながらナップザックを腹に抱えてMacBookを死守しながら先を目指す。

ついに見晴台に到着。
雨ガッパは山頂では2.5倍に値上がりしていたが、寒さで爪は紫色になり、凍えて死にそうなので仕方なく購入する。
運用するような資金はないが、株も売り買いの時期を見誤ると大損してしまうということを肝にめいじておこう。

そして、ついに天空の城と対面

対面。

はい、どうぞ。

えっと、もしもし…？

震えながら48元（960円）の山頂コーヒーを飲んで霧が晴れるのを待つ。

10分…20分…30分。

結局、「天空の城」は、微かにその輪郭を捉えることしかできなかった。

だけど、「母さんは確かに、濃霧の中に天空の城のようなものを見たんだよ！」

嘘つきなんかじゃないからね…。

こうして、悔しさと寒さに震えてホテルに戻ったわたしは、チェックアウトを延長してホテルで午後の会議に参加し、今日も無事、「バレずに」旅を続けている。