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今の捉え方の違いが 理解を遠ざけるのかもね

ルノルマンのグランタブローをする時
男性のカード 女性のカードの配置から
未来 過去の捉え方の話をよくします。

女性の方が過去を引きずり未来を見ていて
男性の方が未来を見すぎて 過去を置き去りにする。
そんな配置ですよねって言う話だ。

カードの配置だけの話で実際がそうかどうかは構わない。
デッキによっては逆もあるから…。

ふっとこの記事を読んで思ったことがあった。
時代が違う。
それはどういう事だろうか?

仕事をしていて 一つのルールやフローを作り上げた時は それまでの経緯や その意味を知ってる人達が取り扱うからいいが
それが 作った人から離れれば離れるほど
経緯も 意味もわからなくなる 
わからなくなった人が 無駄と感じた部分を削ぎ落とす。

時代に合わないが理由になったりするのかもしれないが
実はそのフローやルールの中では 
ほんの小さな意味でも その後 自分達から先に携わる人のために作られた 一手間だったりする事を 経緯を知らなければ簡単に排除している結果になる。

見えている未来 
見えている過去
見えている流れが理解できない。

あーある意味で 鬼滅の炭治郎が見える
隙の糸を 切る行為を そういう人たちはしてる自覚がなく
時代遅れみたいな扱いをする感じだ。

時代が違うのではなく
時代が今につながっていて その流れを切りたいか
その流れを生かし 繋ぐかは
これからの時代を生きる人間が決めればいいが
流れをうまく使った上で 未来と過去の流れをうまく融合させて チョイスしたいものだ…。

時代が違うと ばっさり切り捨ててしまう事は
りんごの皮を長く一本で切ろうとチャレンジしていたはずなのに そのチャレンジを忘れて途中から
皮の剥き方を変えるようなものかもしれない。

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