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女性同士の付き合いについて思うこと。想像力と精神的自立の話。

女性だからといって、女性の会話や集まりにスムーズに適合できるわけじゃない。
よくある「わたし、中身が男だから」とか「自称サバサバ」ということを言いたいわけでもない。以下、女性同士の付き合いにおいてわたしが最近思うことを。


まず感じるのは、どうでもいい話題(自分が全く興味がないもの)に乗っかって、わーきゃーするのが苦手だ。
だけどこういう際の女性というのはそもそも話の解決などは求めてなくて、ただ自分の気持ちを吐露したいだけだったりする。単にスッキリしたいだけというかね。わたしって、〜な人なの!今日こんなことがあったの!というのを言いたいだけのこともあるしね。


とはいえ現実世界(対面)でこういうトークをすることは、全く気にならない。SNSやブログなんかでそういう投稿をしているのを眺める分にも構わない。なぜならブログは一種の個人メディアであるし(もちろんこのnoteも)、SNSは不特定多数への発信であるから。そして双方ともに、読む人に自由が与えられている。


しかし、そういう話がLINEなどで個人相手にじゃんじゃん繰り広げられるとなると、全く話は違ってくる。そしてわたしは、こういうのが苦手だ。最近つくづくそう思う。



これといった目的や結論を必要としない話は、
自分のブログかSNSにでも書いてくれ。



そう思ってしまう。
(こういうところが実にドライだと、自分でも思う)


自分の日常や感情を相手に伝えるのが良くない、という意味ではないのです。
それによって少なからず、自分が相手の時間をいただいているという感覚があるのかな?ということ。


辛辣な言い方かもしれませんが、自分の友人を暇つぶしや承認欲求の相手、もしくは都合のいい無料カウンセラーにしてない?ということ。
この言い分が世の全ての女性にあてはまるわけじゃない、というのはもちろん分かっています。暇な時に友人から連絡来たらうれしい!日常の出来事を延々としゃべりたい!シェアしたい!そうされるのも大好き!という女性もたくさんいます。


だけど、世の中にはそう感じない女性もいるのだということ。
ここに対する想像力を働かせてみては?ということを言いたいのです。


そしてこの考えは冒頭でも言ったように、サバサバしてるだとか中身は男だとか、そういう次元に端を発しているのではありません。



想像力の話であり、精神的自立の話です。




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